第7話

 大学時代、好きだった人を、親友だと思っていた男に取られた。

 あいつは、彼女のことを別に好きでもなんでもなかった。

 ただ、オレとゲームでもしたつもりだったのだろう。


 親友と好きな女性の二人を失ったオレは、その頃から歪んでしまったんだと思う。

 信用、愛情、友情、信頼、人間関係に於けるポジティブな言葉と現実を理解できないまま歳を重ね、オレの目的はただ、あいつを、ヨウタを絶望の淵に、誰も信じられない境地に落としてやる、それだけに収束していった。


 一流企業に就職したヨウタは、ずいぶんとハイスペックな女を手に入れ、大学時代に遊びで付き合っていたモミジは簡単に捨てられた。

 意外にも長く続いた関係だったから、ヨウタは本気で彼女のことを愛していたのかもしれないという希望は、見事に裏切られた。


 捨てられ、自暴自棄になったかつての想い人は、その後自分を責めるかのように、自らを汚す道を選んでしまった。


 それでも、オレはずっと、モミジのそばに寄り添った。

 知り合いの老舗旅館の御曹司に見初められるころには、いろんなことを忘れ、これからの幸せを喜んでいると思っていた。


 ヨウタとも奇妙な縁が続いていた。

 ハイスペックな女に捨てられ、一流企業も辞めて、フラフラしているところを、オレの仕事に誘ったのは、自分の目的のために、そばに置いたほうがやりやすいという判断だった。

 リサイクル業を嫌がるプライドの高さは、データ抽出という禁忌に触れることであっさりと瓦解した。

 ヤツは嵌り、またそういった興味を助長するように促した。


 気を付けたのは、記録を残さない事。

 納品の履歴も金銭の授受も、全て手渡しで行った。

 電話によるやりとりすら残さなかった。

 個人データがどこかの端末に残るという恐怖を植え付け、それを掌握するものが勝者であるかのように誘導した。


 ヨウタはいつしか、一人前のハッカーを気取っていた。


 そんな日常の情報をモミジと共有していたオレは、モミジと一度だけ夜を共にした。

 彼女は、オレに願いを託す。

 それは身を切る覚悟。

 自分を犠牲にして、囮にして、ヨウタが強請るために近寄ってきたところを断罪する。

 老舗旅館の女将と言う後ろ盾を確保したからこその決意だったのだろう。


 オレがヨウタと一緒に仕事して、どんな目的でそれをしているかは、それまでの交流で伝えていたが、彼女はそれに対し特にどんな反応も示さなかった。

 その鏡面のような心情の下には、思った以上に長きに渡る想念が渦巻いていたようだ。


 オレは彼女の想いに応えることを決めた。


 まず最初に、ヨウタのパソコンを壊した。

 データのサルベージなどの技術はそもそもオレが教えたんだ。

 ヨウタのパソコンからデータを引っ張るなんて簡単だった。


 ヨウタのパソコンの中には、昔の女のデータが膨大に眠っていた。

 モミジの画像も、ハイスペックな女、古島崎サキの画像も。


 業績不良に陥っていた、古島崎サキの父親に接触し、中古のパソコンを高値で引き取る過程で、彼女が使っていたと思われるノートパソコンも入手した。

 面白そうなデータは何も残されていなかったが、ヨウタのパソコンのデータに残されていた、古島崎サキのパーソナルデータや画像を入れ、一般的な消去処理をしてヨウタに渡す。

 すぐに食いつき、元々は自分のパソコンに眠っていた画像をネタに、古島崎サキを強請った。

 まさか50万も現金で渡されるとは思わなかったが、それだけヨウタにとって心地よい出来事だったんだろう。


 次に、モミジから提供されたデータを元に、架空の人物のパソコンを作り上げた。

 正直なところ、その段階でも気乗りはしなかった。

 モミジは自らを犠牲にして、幸せな未来を反故にしてヨウタを断罪しようとしたが、果たしてそんな必要があるのだろうか。

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