第5話
「まじかよ……」
サキに続いて、モミジ。
そんな偶然があるのだろうか。
他にも何人かの女性と付き合ってきて、ヨウタ自身も彼女たちとの睦み合いの記録を持っているとはいえ……。
ヨウタは自分の縁がデータを呼び込んだことに、得体の知れない不気味さを感じていた。
ただ、冷静になってよく見ると、このパソコンの中には、モミジ以外の女もたくさん残されている。
これこそがこの男の趣味と言わんばかりの数の多さだ。
ハードディスク内の画像で表情検索をしてみると、どうやら30人強の女性との情事が残されていた。
その事実に、途端に可笑しさが湧いてきた。
なんてことはない。
俺と付き合う女がろくでもないだけじゃないか。
ヨウタは、ひとしきり笑い続けると、これらの画像をどのように活かそうかと思考する余裕が生まれた。
確かモミジは、少し前に結婚したって聞いたな。
老舗旅館の女将になったという情報は、同じ大学だったサトルから聞いたんだ。
そう言えば、サトルもモミジのことが好きで、どっちが先に落とすかなんて張りあったっけ。
ヨウタは、さほど好きでもなかったモミジと付き合うきっかけを思い出し、サトルに対する詫びを感じ苦笑した。
「それじゃ、モミジ関連の画像は、サトルに委ねるとするか」
当時の罪滅ぼしのつもりで口に出た着想は、なかなか悪くないんじゃないかと、サトルが喜ぶ顔を思い浮かべた。
今ならもう、笑って鑑賞できるだろう。
プリントアウトされるモミジの裸身は、今更ながら、魅力的に思えた。
これをどんな使い方をするかはサトルの自由だ。
ヨウタは引き続き、サトルが持ち込んだパソコンやスマホを解析し続けた。
いくつか面白い画像や情報は得られたが、サキやモミジの情報を見つけた時のような昂揚感は得られなかった。
知り合いの、特に深く知り合った相手の個人情報というヤツは、ヨウタにとって、どうやら禁断の果実と呼べるほどの存在になった。
そうやってデータを整理しているとヨウタのスマホに着信のコールが鳴る。
発信者はユミだ。
着信用のスライダを指で滑らせ「もしもし」と告げる。
『あ、わたし。今晩遊びに行ってもいい?』
「おう、いいよ。ついでに食材も頼む」
ユミが遊びに来るということは、そういうことだ。
夕飯を作ってもらい、朝まで過ごす。
ヨウタは、週に何度か訪れる彼女との逢瀬を、ずいぶんと楽しみにしてる自分を感じていた。
他愛のない会話を終え、沈黙したスマホを持ちながら、これまで付き合ってきた女と比べていることに気付く。
サキやモミジ……。
〝俺と付き合う女がろくでもないだけじゃないか〟
先ほど感じた着想を思い出し、ユミと比べる。
ユミは、違う。
前途有望な大学生だった頃や、まっとうな社会人である時じゃなく、データ回収なんて、仕事とも呼べない毎日を過ごしているときに出会った女。
もちろん彼女にはパソコン関連の自営業などと適当にごまかしてはいるが、恐らく、ヨウタの自堕落な姿を見せつけ、その上で好意を寄せてくれた女。
虚勢も張らず、自然体の俺を認めてくれるというのは、ヨウタが思っている以上に、彼の自己肯定感を埋めてくれていた。
これ以上幻滅なんてされるはずがない。
彼女だけは俺を裏切らない。
そんなヨウタの視線の先には、壊れて引き取ってきたユミのスマホ。
裏切らない確信があるなら、確認する必要なんかない。
じゃあ、俺はなんでこの壊れたスマホを後生大事に取っておくんだ?
長い葛藤の後、ヨウタは壊れたユミのスマホを解析用のパソコンにつなぐ。
深く知り合った相手の個人情報。
禁断の果実。
その味を知らなければ良かった。
知らなければ、それを一生、眺めて生きていられた。
食べてしまえば、もう同じ果実はどこにも存在しない。
一瞬の幸福を得て永劫の絶望を知る。
禁断の果実とはそういうものだ。
それがどんな味だったとしても。
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