第三章

 ダンタリオン一番機機長であるアイネが訓練開始の準備が完了したのを伝えに教官室に入ると、我らが訓練教官は「動く彫像ゴーレムの作り方」という本を読んでいた。

「あの⋯⋯ムラサメ教官?」

「なんですか?」

「そのいかがわしすぎる題名の本はどこで売ってるんですか?」

「近くの古本屋ですよ」

 大丈夫なのだろうかこの国の書籍体系は。

「まあ、わたし以外のお客さんてばフードを被って杖を持ってる人たちばかりなので、普通の古本屋じゃないのかも知れませんけど」

「⋯⋯それって魔道書店とか言いません?」

「うーん、そうかも知れませんね」

 アイネも生まれてこのかた魔法なんてものは信じていなかったのだが、目の前に「機械神を破壊する程の火の使い手」がいる訳であり、最近は「自分の知らない世界のどこかに魔法が使えるくらいの者はいる」と、少しは思うようにしている。自機ダンタリオンの四番機機長も普段は砂鉄入りの掲示板で会話を行っているのだが、あれは機械技術ではなくて魔術の類だったりするのだろうか?

「教官は火の力が仕えるから、魔法使いみたいなものなんですか?」

 そしてあえて、目の前にいる火の能力者に訊いてみた。

「呪文とか唱えるわけじゃないですからね、わたしの場合」

 リュウガはそういって本を畳んで置くと相手に向き直った。

「基本的に『火』というものは何かを燃やして成り立つものです。それは分かりますよね?」

「まあそうですよね」

 火とはまず火打石など使って火花を起こし何かに引火させて始めて「火」と呼ばれる状態になる。そして引火した物が燃えてなくなれば火も消える。火とはそういうもの。

「だから何もない状態から火を作り出すというのは結構大変なんですよ」

 リュウガはそういいながら手の平を上にしながら右手をかざした。

「何もないところから火を作ろうとするならば、まずはこうやって周辺の空気を電磁誘導で集めてですね」

 そう説明するリュウガの手のひらに小さな竜巻の様なものが現れた。それは球状になるにつれて徐々に大きくなり高速で回転し始める。

「どんなものでも大量に集めて凝縮すれば個体に近い触媒として使えるようになります」

「でもそれだとちょっとでも気を抜くと揮発しません?」

「そこで重力制御を使います」

 まるで予め用意された調理途中の料理を出すかのように、リュウガが第二の力を出す。

「重力壁で周囲を覆い分散を抑制します。重力制御の力が加わるので生成中のこれも自由に動かせるようになります」

 手の平の高速回転体が徐々に浮き始める。

「この世界は空気のもつ摩擦熱によって守られています。岩石が星の海から降ってきたとしても、普通は空気の持つ摩擦熱によって燃やし尽くされ除去されます。そしてそれにはこの星が持つ重力で地面まで引き寄せる要素も不可欠です」

「星の海から降る岩石?」

「流れ星のことですよ」

 手の平の上の回転体が赤く発光し始める。

「星の海から降る岩石を燃やし尽くせるほどの力を持つ空気を電磁誘導で凝縮し、重力制御で覆われた壁に当て続けると、摩擦熱の逆が起きます」

 手の平の回転体は一瞬跳ねるような動きを見せると、次の瞬間には炎を噴き出す火球となった。

「燃えた!」

 彼女が思ったことをそのまま口する。しかし今はなにも飾らないそれが最高の誉め言葉だろう。

「空気、凝縮、摩擦熱。この三つに電磁誘導と重力制御が加われば火を作り出すことは可能です」

 その文言はとてつもなく矛盾していると思うのだが、このリュウガ・ムラサメという人間が火の能力者であるのは間違いないのは理解できた。

「えーと消すときはどうするんですか? やっぱり自然に消えるまで燃えっぱなしですか?」

「そんなことはないですよ、はい」

 リュウガがそういうと手の平の火球は徐々に小さくなり、程なくして完全に消えた。

「今は電磁誘導で重力の壁を突き破り中に空気を送るということをしています。だからそれを止めれば燃えるための触媒がなくなって直ぐに消えます」

「はあ⋯⋯あのムラサメ教官」

「なんですか?」

「火の玉を作る前の段階の電磁誘導と重力制御を上手く使えば、水の流れとかも変えられそうですよね」

「あー、そうかもしれませんね⋯⋯でも」

「でも?」

「わたし、この二つの力を独立で使うの苦手なんですよ、火を起こすことは得意でも」

「⋯⋯あの、火の玉を作るよりもその前の二つの力をもっと使えるようにする練習をしたほうが、色々と平和的な使い道があるのでは⋯⋯」

「でもわたし紅蓮の死神ですし」

「それ、答えになってないですよ」


『なんで歩くだけでボルトが飛んでフレームが歪むのよ!? しかも毎回!』

『ていし停止! 歩行停止よ!』

 拡声器から流れてきた足部担当者の悲鳴を聞き、全体操作担当となっている一番機機長アイネが歩行を止める。他の脚部担当からも不具合が発見されたのかざわつきが聞こえる。

 機体の停止を待って大操作室で操作卓に着いている各部担当者達が応急修理に入る。分離している時は直接いじれるのだが、人型合体時は修理用人形を遠隔で動かして処置しなければならないのがもどかしい。

「これって自動人形オートマータたちはどうやって対処してるんですか?」

 隣に立って計器の確認などをしているリュウガに訊いた。ここはダンタリオン頭部内にある主操作室であり、本日は歩行訓練のみということでリュウガも此方へ乗り込み直接指導している。

「壊れそうな場所を予め把握しておいて部品が飛びそうになったら寸前で手で押さえるとか、部品が歪んでも数体がかりで曲げて直すとか」

「⋯⋯人間業じゃないですよね」

「まあ人間じゃないですし」

「⋯⋯しかも機械神は動いたまま修理してますよね」

「まあ自動人形は頑丈ですし」

 計器の間にある拡声器のみならず、操作室後方に開いた通路からも小さく悲鳴が聞こえてくる。主操作室と大操作室の間には連絡通路が設けられており、全体操作を担当するものも隔離されている訳ではない。

「敵の攻撃が直撃した時とかどうなるんですか?」

 歩行するだけでもこれだけの騒動になるのだから、実戦の中で動く機械神の内部はどうなっているのだろう。基本的には戦闘兵器ではないと謳っていても攻撃を受ける時は受ける。

「各部には個別に重力制御装置が付いてますから、直撃を受ける直前に重力を強く変動させて衝撃を緩和させる、ということをしてますね」

「⋯⋯それってちょっとでも操作がズレたら過重力に引き裂かれて周辺一帯が重力場に押し潰されてしまうのでは?」

「まあ自動人形のやることですし」

「⋯⋯」

 そんなものの代わりなど自分達に出来るものかと、アイネは改めて呆れてしまう。

 機械神という艦船クラスの雄大な大型機械には、艦船同様内部に常駐して修理や調整をするものが必要である。しかし通常の艦船のようにそれを人間にやらせては内壁に叩き付けられ肉塊と化す。四肢の末端に居る者の惨状など想像に難くない。

 その為機械神の中には、振り回される手足の中に居ても押し潰されない頑丈さをもつ自動人形が配されている。

 機械仕掛けの彼女達は修理、調整に加え、護衛戦闘、部品新造、更には今後必要とされる機械設計までやってのける。

 部品新造、機械設計はともかくとして、それ以外を人間で行えというのがダンタリオンという準機械神型機動兵器の主旨。

 人間では無理だから高性能の機械仕掛けの人形を用意したのに再度人間に任せようとする、矛盾を通り越した無謀に、ダンタリオンも失敗作だったのではと考える者もいる。

 自動人形が新設計するものは基本的には自分達の代替品を作り出すことに関連する。言わば無茶な要求の具現化を目的としたものであり、実は失敗作も多い。

 ダンタリオンの場合も、移動式動力供給所としての利用が盛り込まれていることから、最初から準機械神型兵器としての長期運用は考慮していないのでは? と判断されてしまうのも仕方ない。

『だからお尻を押すなエッチ!』

『修理用人形押してエッチなんかあるかあ! レンチ入らないのよもうちょっとどきなさい!』

『もっと甘いものを控えれば修理用人形も狭い隙間に入れるのでは?』

『そんなことあるかあ!』

 拡声器や通路の奥から聞こえる悲鳴や怒号が止まらない。数歩歩くだけで毎回これである。

「あの⋯⋯飛んで移動するのは駄目なのですか」

 流石にこれではどうにもならないと思いそう進言してみる。機械神も機械使徒も重力制御により浮揚しての移動は可能であり、平時では地面を陥没させないように低空を移動することは多い。

「それだと攻撃を受けたときに踏ん張りがきかないですよ」

 そう、今は平時ではなく模擬訓練中なのである。

 何かの攻撃を食らい倒れそうになっても、地面に脚を突いていれば足の裏を転倒に抗する為の支点に利用出来る。空中にいれば墜落という運動が転倒の間に追加されることになる。

「もうあとは、慣れるしかないですね」

 計器や映像盤を再確認していたリュウガが呟く。

「慣れる!? 自動人形たちが数千年かけてやっていることを、私たちが、今!?」

 それがあまりにも無理難題過ぎて、アイネは思わず声が裏返った。応急修理が終わり再び歩き出せても、また同じ繰り返しになる。それをどう慣れろと?

「今はまだこんな状態ですけど」

 計器から目を離し、操作席へと座る後進に視線を落とす。

「数百数千の時が流れた時代では、このダンタリオンの様な多人数で動かす人型機械が標準となっているのかも知れません。そうすれば機械神も自動人形も必要とされる時が来るまでずっと眠ったまま。そしてそれが一番幸せな状態なんです、人間にとっても機械神と自動人形にとっても」

「⋯⋯」

 その言葉を聞いてアイネの心の中の陰りが薄れる。このリュウガ・ムラサメという人物は本当に何者なんだろうと思う。

 見た目は自分たちより少し歳上くらいにしか見えないのに、もう数百年以上は生きているような息吹きの重さを感じる。教官のことは、狂った科学者か魔法使いが作った生物兵器なんじゃないかと思う時もある。そしてそれが当たってそうで怖い。

 機械使徒操士候補生だった頃に「こっちの方が面白そうだから」という理由で機械使徒の番外機という新機軸機の募集に応募したのだが、習熟訓練を担当する教官として彼女が紹介され、その時からの付き合いである。

 当時から謎めいたヒトだなとは思っていたが、時間が経つに連れて謎は解明されず深くなるばかり。

「今の時代ではわたしたち人間は機械神と自動人形に頼らなければ生きていけません。でもそれが続けられなくなった時のために、用意されたものだとしたら」

 このリュウガ・ムラサメという人物は本当に何者なんだろう?

「それの最初の礎と考えたら、少しはやる気は出ませんか?」


 ――◇ ◇ ◇――


 黒龍師団の副塔施設の上層階をリュウナが歩いていると、何かを抱えて運んでいる自動人形オートマータとすれ違ったーーが

「ちょっとキュアじゃない! なに他の自動人形のフリして通りすぎようとしてんのよ!」

「なんだバレてしまったか。今回は見つからずにいけるとおもったのだがな」

「そんなことあるわけないでしょ、何年一緒に暮らしていると思っているのよ」

 キュアと他の自動人形は全くの同型なのだが、リュウナはその中から見つけ出してしまうのである。本人は駆動音が少し違うからそれで分かると説明するが、無意識の内に体から電磁誘導や重力制御が放出されていて、それを電探や逆探代わりに使っているのでは、とキュアは考察している。姉の使う火の力は妹には無いと思われていたが、その片鱗となるものは垣間見れるのである。

「で、なによその趣味の悪い物?」

 キュアが持っている円筒形の硝子管の中身を見たリュウナが言う。その中には液体に浸かった人の腕と思しきものが納められている。

「これは生物型人形の試作部品だ」

「生物型人形?」

「我ら自動人形の代替品創造の探究の一つ」

「またその話?」

「またその話だ。我らにはこれと機械神の常態維持の二つしかやることがないからな」

 しかしその二つに振り回されて黒龍師団という組織が動き、人間の生活基盤が一つ形勢されているのだから皮肉なものだとリュウナは思う。

「これは自動人形の体を生物的に作ったら代替品が出来るのでは、という可能性の具現化だ」

「自動人形の体をその腕みたいので全部作るということ?」

「いや、首から下だけ生体部品で作り、頭部は我らの頭部と同じ様なものを作り薄皮を被せる」

「それだと頭の重さに負けて首が折れちゃうんじゃないの?」

「そのために頑丈なお前たちの体は参考にさせてもらっている」

 リュウナも姉のリュウガも幼少時からその類の身体の検査を受けている。毎回裸に剥かれるが、キュアたち女性型の機械が相手なのが一応の救いか。

「お前の側にも、頭の中だけが自動人形と同様の、生きた人形がいるかもしれないぞ」

「やめてよ怖いから」

 自動人形には人間のような倫理観は無いので、目的達成の為には手段を選ばない。リュウナは、その自動人形が保護者役であったので良く分かるだけに恐怖だ。

「趣味が悪いといえばさ」

 話を変えようとしてリュウナが通路に設けられた窓から外を見る。遠くの方を巨大な裸身の女性が銃の様なものを抱えて歩いている。身長としては機械神より少し低く、機械使徒と同じくらいか。

「あれも十分趣味が悪いよね」

「仕方なかろう、提案に沿って建造したまでだ」

「その提案をしたのはキュア本人でしょ?」

「企業秘密だ」

 黒龍師団は企業じゃないと心の中で指摘する。

 あの女巨人は八十米級自動人形と呼ばれる、自動人形の形状複製品を機械神クラスまで拡大したものであり、代替品創造の探究に基づき作られたものの一種だ。

 体積が大きくなれば比例して容量も大きくなり、元となる自動人形と同じ作業が出来る程に様々なものが詰め込める、という考えで建造されたのだが、人間では思い付いても実行しようとは考えない常軌を逸したもの。

「もしあの八十米級自動人形とかいうのが成功例になったらあの大きさで機械神も作り直すの?」

「まあそうなるな」

 拡大型自動人形はこの八十米級だけではなく、三米級、十米級、二十米級、四十米級と段階を経て試作製造されてきた最大級のものが本型なのである。一応はこの大きさを限界の大きさと捉えているらしい。

「今の機械神でも一つの都市が動いているのようなものでしょ。そんなことになったら国とか地域が丸ごと動くようになる様なものじゃない」

 あの八十米級自動人形に合わせて機械神を再建造したならば、ただ歩くだけでどれだけの被害を周囲に及ぼすのだろう。想像するだけでも嫌になる。

「現状の機械神ですら一つの異世界が移動しているようなものだからな。大きさそのものはあまり関係ないのだ」

 その機械神の常態維持をするのが自動人形の役目であるのだが「自動人形の様なもの」を作ることは、現時点でも可能なのである。

 機械神の失われた部品を作り直すことは出来ないがそれ以外の用途、機体を守護する戦闘兵器や機械神と人間の関係を仲介する疎通機としての機能を持たせるだけならば現状でも製造可能で、ダンタリオンの中で操作される作業用人形もその一種になる。

 しかしそれはあくまで「自動人形の様なもの」でしかなく、自動人形そのものを作れなければ意味がない。

 そのような経緯があるので「失敗作」と揶揄されても、思い付いた物は何でも作っているのである。

「まあわたしはいまだにその機械神を動かせないんだから別に関係ないんだけどさ」

 溜め息混じりにリュウナが言う。

「今度はさ、その自動人形の代替品創造の探究の一貫でさ、誰でも機械神が動かせる遠隔操縦装置とか作ってよ」

「その提案は却下だ」

「まあそういうとは思ったけどさ、でさ、あのご自慢の八十米級自動人形が持ってるでっかい鉄砲はなんなの?」

「三十一吋対機械神銃だ」

 巨大な人型機械女性が持っているから分からないが、重列車砲や要塞砲級の大きさ。

「それで三十一吋対機械神銃ってなんなのよ」

「機械神の装甲を傷付けられる威力の物を、人間が持つ技術だけで具現化出来る最小単位のもの」

 黒龍師団では、通常型軌道を並列二車線に渡って走行移動する重列車砲である三十一吋列車砲が吐き出す八十糎砲弾を、自動人形が持つ超越技術オーバーテクノロジーを使わずに人間が持つ技術力だけで作れる最大威力のものとしており、機械神に対抗できる数少ない存在の一つと捉えている。

 音速を越えて飛翔する重量七瓲もある砲弾は機体を貫通させるには至らないが、装甲をへこませるには十分な威力がある。「機械神の装甲を傷付けられるのは機械神か機械使徒」という自動人形が定めた概念に食い込める数少ない武装兵器。

 しかし運用には四千人前後の人員が必要でありこれは水上戦艦二隻分に匹敵する人数。これにより機械神に人の力のみで対向するのは現実的ではないという概念も生まれてしまう。

 この三十一吋対機械神銃――対神銃は、人間だけで作れる対機械神武装を、機械使徒の手持ち式にしたもの。機械使徒自体も将来的には人の持つ技術だけで建造できる様にと機械神の機能を徹底的に簡略化したものであり、この二つが揃えば機械神への抑止力となる筈なのだが

「本当にあんな鉄砲で機械神が止められるの?」

 普通の人間では乗りこなせないプルフラスを動かしているリュウナから見れば、疑問に思ってしまうのは当然で

「使い方次第だな」

 自動人形であるキュアからすれば、必要の可能性があるものをただ用意しただけに過ぎない。自動人形なら三十一吋列車砲も対神銃も機械神相手に効果的に使えるだろうが、その用法の再現は人間には無理かも知れない。

「⋯⋯まあ、いいか。仕事じゃまして悪かったね」

 一通り聞き飽きたリュウナはその場を後にした。

 キュアもその場を後にすると直ぐに他の自動人形と見分けがつかなくなる。


 ――◇ ◇ ◇――


「向こうの掘り出し具合はどこまで進んでいる?」

 観測基地へと到着した副長はさっそく訊いた。

「上面がほぼ露出した様です」

 基地を取りまとめる隊長が報告する。

 丘を一つ越えた向こうで大規模な発掘が行われていた。ここ一帯はどこの国にも属さない無主地であるので黒龍師団は気象観測用の基地を仮設したと公表しているが、この施設はその発掘が行われている場所の監視目的が実態である。

「実物は見に行けるか?」

「経路を確保してあります」

 副長は隊長の案内により仮設基地を出ると発掘場所近くへと向かった。

「やはり擬神機の一部の再利用品の様です」

 木々に囲まれちょうど良い隠れ場所となっているその場所へと到着した副長は隊長と別れると、その場で監視を続けている隊員の一人に説明を受けた。

 世界の各地には、火の星からこの大地を強制整地するのを目的に、擬神機の投下が行われている。しかし完全な状態で大地にやって来るのは稀で、この星を覆う空気の外層に突入時の被害を回避できない擬神機が殆どで、数日から数年程度稼働した後は、大抵の機が稼働不能になる。それが世界中に、遺跡や遺物となって点在している。発見した者の中にはそれを利用して別の機械建造へと転用する者もいた。これから確認に行く発掘物もその系統の物であるらしい。

「あれが脱出船か」

 地面が大きく掘り返され、その中には横に長い直方体が埋まっていた。

「そのようです」

 直方体の先端――船首だろうその場所には擬神機の胸部と同じ様な物が付いている。その後ろが箱のように伸び、船尾であろう場所には擬神機の腰部側面と脹脛後部に付く推進機と同じ形のものが四基設置されている。頑丈そうではあるが、いかにも急造品といった趣の巨船。

「あれは飛ぶのか?」

「いえ、水に浮かぶのが限度でしょう。水没からの脱出船と考えればそれで十分です」

「そもそもあれは使い物になるのか、この時代でも?」

「おそらく無理です。偵察に行った者が大きな破口を見つけました」

 作業員に偽装して隊員の何人かが発掘場所内を偵察している。その際に船体側面に大きな穴が空いているのを見つけていた。

「鉄板で塞ぐなどの応急処置が行われていますが、どこまで持つか」

 擬神機の部品を利用した船体以外の錆び付き具合を見て、水に浮いた途端に船腹から折れてしまうのではないかと、監視を続ける隊員は推測する。

「世界は再び水没する」という言葉を信じてその対応策や脱出手段、回避方法を対策している救世組織は、いつの時代にも一定の数はいる。それを金策や人心掌握に使うのは、権力を欲する者にとっては手段の一つだからだ。だが、大抵は狂信的組織活動として見られ、一般の民衆からは避けられる存在となる。

 しかし残された文献に従いこの土地を堀り始めた組織の一つが、水災からの脱出に使われたであろうこの遺物を堀り当ててしまった。

 今までは彼らを避けていた者も、実績を作ったことにより賛同者が増え、今では救世組織の中でも大きな集団の一つとなっている。

「お前は、また世界は水没すると思うか?」

「分かりません⋯⋯というしかないですね」

 副長の問に、発掘作業が続く巨船を見ながら隊員が答える。

「あの脱出船にしても千年後の再利用を考えたものでは無いですからね」

 副長が知りたいのは水災が繰り返し起こっているのか? ということである。

 あの脱出用の巨船がただ一度の水災にだけ使うのが前提ならば、千年後に再び世界が水没することなど知りも考えもせず、その時だけ助かる強度で良いし、それだけで造るのも限界だろう。そして水が引けば自分たちを救ってくれた希望の船を捨て、大地に再び生活を築く。

 役目を終えて乗り捨てられた廃船を、起こるかどうかも分からない千年周期の水没の為に、子孫が掘り出している。それならばこの監視作業は意味のあることなのだろうか。

「それと責任感のない、使われる側の人間からの意見で申し訳ありませんが」

 隊員は一言置くと、次の言葉を続けた。

「私は黒龍師団という機械神の回収と管理を行う組織で、その組織のために働いているんです。だから水没が起こったとしても私も含めた黒龍師団で働く者と家族を、いざとなったら機械神が助けてくれますよね?」


「ここで良い、降ろしてくれ」

 自機の駐機場所まで送迎してもらっていた副長は、大地に踞る八本脚の機械の塊が見えてくると着陸を促した。「見送りご苦労」と告げ、ここまで運んでもらった偵察飛行船を仮設基地へ返す。

 副長はそのまま機械の塊へと歩いていく。機械神三号機・ガンガグラーマ。副長――黒龍師団副師団長の乗機である。発掘場所の者たちを刺激しないようにと、離れた場所に待機させておいた。

 本機は、試作機としての一号機、実験機としての二号機を経て蓄積された情報から有効な要素を残し不要な要素を削ぎ落とした機械神の完成機。これ以降に建造された機体の基準となったもの。

 飾り気の全く無い機体形状であり、様々な巨大増加装備も考えられたが軽快さを優先して見送られた。

 一号機二号機に見られる分離機能の継承としては胴体、両腕、下半身の動力炉を搭載する四つの部位へ分かれるという必要最小限に留め、これが後続機にも標準となる。本機は機体設計に置き一貫して、万能よりも確実性を高めた正に基準機として就役、黒龍師団に回収後は副長の乗機として長らく使われている。

 そしてどのような経緯からか、この三号機の建造情報片は火の星に流れ、擬神機を完成させる土台となる。機械神三号機と擬神機は内部構造には大きな差異があるが、形状的には頭部が違うくらいで殆ど同一の意匠なのである。それだけ完成度が高い設計であるということの現れだろうか。

 前二機で分離時に個別機体の腕部や脚部として装備されていた可動部位は、副腕や副脚として補助作業用に残されている。副脚を展開することにより多脚形態へと変形も可能で隠蔽しての行動などに使われ、今はその姿で主の帰りを待っていた。副長は足部の出入扉ハッチから中に入っていく。

 内部通路や昇降機を使い主操作室に辿り着くと、副長は多脚型から人型への変形操作を開始する。

 八本展開された脚部の後ろ二本だけで三号機が立ち上がろうとする。二本だけで支えることになった一対の脚部は前方へと半回転し人型での主脚となる。残った六本の内、大型の二本が腰の側面に収納固定され、小形の四本は腰部前面と後面にそれぞれ一対ずつ収まり、下半身が人型の形を取り戻す。

 それと同時に収納されていた主腕と頭部も展開、三号機は機械神としての姿を表す。

 重力制御機が起動、鐘楼ほどもある巨体を浮かせると、帰還するべく高度を上げた。

「⋯⋯」

 その場を飛び去る前に副長は発掘場所の方向へ顔を向けた。あの隊員は今も発掘場所の監視を続けているだろう。

 いざとなったら機械神が助けてくれる。

 確かに黒龍師団で働く者は、その考えはほぼ全員が持っているだろう。それが無いのは機械神そのものの操り手である機械神操士だけなのかも知れない。

 そしてその過度な余裕が、本質に気付くのを遅らせているのかも知れない。

「とにかく、痕跡のありそうな場所を一つずつしらみ潰しにしていくしかないな」

 副長は愛機を高空まで上昇させると帰還するべく本国に向けて速力を上げた。


 ――◇ ◇ ◇――


「ちょっと見てもらえます?」

 教官執務室に報告に入ってきた一番機機長アイネにリュウガが言う。

「はい?」

 一瞬思考が止まったような顔のアイネをよそに、リュウガは手の平で器を作るようにするとそこに水差しの水を少しあける。次の瞬間、小さな水面に赤い光が灯ったと思うと水が爆発した勢いで一瞬で蒸発する。だが水蒸気となったそれは霧散する気配を見せず広げた手の上に留まった。

「雲!?」

 アイネが思わず声を上げる。そう、それは小さいが正に雲だ。

「か、かわいい⋯⋯」

 その大きさに普段は滅多に使わない言葉まで出てしまう。リュウガの手の平の上に浮かぶのは、普段は空で目にするものと縮尺以外は変わらないように見える。

「あなたにいわれてから火を起こす以外にも何かできなきゃなと思って色々練習していたら雲ができました」

 練習したからって出来るようになるのはあなただけですと、アイネは思わず心の中で指摘してしまう。しかし紅蓮の死神は紅蓮の炎を作り出せるだけではないのがようやく証明された。大成果の様な気もしてくる。

「しかもこれ、電磁誘導と重力制御を止めてもしばらくは浮いているんですよ」

 構造的には本物と同じものが作れているらしい。

「でもこれってなんに使えば良いんですかね?」

 リュウガが手の平の雲に少し息をかけると、空気に乗って漂い始める。それは壁際まで行くとそこで風に溶けるように消えた。

 降雨の力の無い小規模な雲であれば、リュウガのような異能の者でなくとも作ることは可能である。山頂などの気圧も気温も低い場所で焚き火などを焚いて煙を作り出せば、その煙が核となって雲が形成される。昔から雨乞いなどの儀式に用いられる技術。

「さあ?」

 アイネも機械使徒操士候補生であった時代の講義で、雲の構造や製作法は習っている。機械使徒も雲海を航行する飛行機械の一種であるので知識として必要だからだ。

 だからこそ自分にも、リュウガの新技の使い道は直ぐに思い付かない。

「そうそう、この雲を作る前に、もう一つできるようになったことがあるんですよ」

 そう言いながら水差しの水を今度は机の上にあけるとそれに手をかざす。すると水が動きだし、リュウガが手の平を上にするとその上に載るように動き、水の球となって浮かんだ。

「これを基本にして雲を作りました」

「教官⋯⋯そっちの方がすごくないですか?」

 人造の雲は実際の雲と同じだけあって自力で浮き形状を維持していたが、こちらはリュウガが作った重力場で囲われ浮遊している。

 しかしこれも使用用途が思い付かない。水を一纏めにしたいだけならバケツで十分である。用途が思い付かないので、これを派生させて雲を作ったというのもあるのだが。

「じゃあこれを今後の課題にしましょうみなさんの」

「⋯⋯へ?」

 あまりにも想像を飛び越えた言葉に、思わず行儀の悪い返事になってしまった。

 ダンタリオンも機械使徒であって準機械神級の機体。もちろん重力制御も機械神と同等に使える。ということで

「ダンタリオンを使ってこの水の球を作れるようになりましょう」

 訓練用の練習素材という用途を思い付いたらしい。

「そんなの無理ですよーっ!」

「それでは雲にします?」

「そっちの方が無理ですよ!」

 電磁誘導と重力制御で火球を作り、その力で水を蒸発させて雲の形に仕上げるなんて、世界でも出来るのはリュウガただ一人だろうとアイネは強く思う。

「じゃあ先生のわたしでも出来たんですから、水の球くらいなら生徒のみなさんも出来ますよ」

「だからそれを無理っていうんですよーっ!?」


「あんたが提案したんだってねこの訓練?」

「⋯⋯まぁ、電磁誘導と重力制御を使えるようになる方が平和的っていったのは私だから、そうなるか、ナ?」

「そんな可愛いくいったってごまかせないわよあれは」

 右下腕担当の七番機機長であるシエミが映像盤に映るものを一番機機長であるアイネに指摘する。硝子の向こうに見えるダンタリオンの右腕は内側に向かうように歪み、潰れていた。

 大操作室でそれを見てしまった彼女は、次の瞬間には連絡通路を駆け主操作室に怒鳴り込みに来ていた。

「じゃあ今度は左腕で」

「こらあっ!」

 危険を察知して遅れてやって来た左下腕担当の八番機機長のエヴァルに後ろから殴られた。

『みなさん、こういう風にやるんですよ』

 映像盤の中の十三号機が動く。

 右の手の平を上にかざし、その上に正方形の水の塊が浮いていた。重力制御で平面を作ってそれを六枚組み合わせた方が作り易かったらしく、ダンタリオン乗員にも進めている。

「なんで教官は機体越しにあっさり出来てるのよ。生身で出来てただけでしょ重力制御」

「主操作席にも機体各部の重力変動装置の制御機は付いてるんだけどさ」

「⋯⋯それで?」

「それを自分が元々持ってる重力制御の力で釦とか操作桿を動かしたら、結構簡単に出来たってさ」

「その人間業じゃないことを、人間の私たちにやれってか?」

「⋯⋯そうなんじゃないかな」

「やっぱりこの惨事の元凶はお前か」

『みなさん』

 シエミがアイネの首を絞めようかと思ったとき、再び拡声器から教官の声が流れてきた。

『交換用の腕はたくさんもらってきましたので、いくらでも壊して大丈夫ですよ』

 リュウガが事も無げに言う。

 十三号機は輸送機型の九号機用の予備部品である大型格納庫も装着しているので、その中に大量に放り込んであるのだろう。

『足りなければ十三号機の腕も貸しますよ?』

「さすが紅蓮の死神、血も涙もない」

「機械神を破壊した女だけあって、機体が壊れるなんてへっちゃらなんだろうね」

 七番機機長シエミ八番機機長エヴァルが力を落とすように言う。

 機械神や機械使徒にとっては下腕などは機体を構成する部品の一部でしかないが、下腕部担当の分離機の彼女たちにしてみれば普段の生活の場でもあったのである。それが一瞬にして使い物にならなくなったならば気落ちするのは仕方ない⋯⋯が

「あの隙間に挟んでおいたお菓子とか全部つぶれちゃったじゃない、どうしてくれるのよ?」

「その心配か! 気落ちして損したわ!」

「私も八番機の中から今のうちに隠しお菓子取ってきて良い?」

「だめ! 次は左腕でやります!」

「あー私のお菓子がー」

 機械神の各部には重力変動装置が付いており、自重を軽減させるのに普段は使われているが、それだけに用途が決まっている訳ではない。自動人形は砲弾などの直撃を受けた際にそれを拡散させて被害を最小限に留めるという離れ業に使っている。

 今回の訓練はそれを使用して液体である水を封じ込め水塊を作ってみようという目標。

 機械神一号機を元にして作られたダンタリオンには特に各部に個別の動力炉が備えられており直接的に力の伝達が行えるということで、まずは右下腕担当の七番機が乗員総出で動かしたのだが誤差修正が出来ず過重力で腕が押し潰されるという結果になる。続いた左下腕担当の八番機もほぼ同じ結果に終わった。

 そして成功の兆しも見えぬまま訓練は続行される。機械神を預かる自動人形としてもあまり前例のない、自分たちも思いつかないであろうことだったので「機械神の機能の解明を人がするにはちょうど良い機会なのではないか?」と、キュアからもお墨付きをもらってしまっていた。交換用として作り置きされていた機械神用の下腕も、ダンタリオン用に改造され複数支給される。

 そして訓練日程も変わった。今までは日帰りで行っていたものを、訓練場である孤島で一晩野営をし二日目に帰還することになった。空母形態の十三号機が分離したダンタリオンを運び、到着後人型への変形を行い二日かけて訓練した後、再び空母へ変形、再分離したダンタリオンを積んで帰投する。十三号機が何らかの理由で変形しない場合は一日で帰ってくる。

 そのように様々な変化を加えて訓練の日々は進んだ。

「重力変動数値ズレてる! 0・2修正!」

「了解!」

「正方形が歪んでる! 右辺第一頂点角度修正5度!」

「わかってるわよ!」

 女の子たちの叫び声が大操作室の一角で集中して起こっている。右下腕担当の乗員たちが、今までの失敗やそれで得た経験を糧にして、出来ないと決め付けていたものをなんとか実現させようとしている。

 いきなり重力制御で箱状の物を作るのは無理と判断し、教官から進められた六枚の平面を作ってそれを立方体にする内の、まずは面の一枚を完成させるのを目標と定めた。

 ダンタリオンは今、右手を海面に向かって翳している。右下腕を司る彼女たちの努力により、海面下には重力制御で作られた正方形が出来上がりつつある。それを水上に上昇させれば正方形型に水が流れ落ちることになる筈だ。

「よし、今度は成功させるわよ?」

 右下腕担当機の機長が周りを見回しながら言う。ここは大操作室の中だとしても周囲にいるのは七番機で苦楽を共にした友。

「今度? これからも、でしょ?」

「その言葉を待ってたわ、浮上!」

 右下腕担当機の乗員たちの操作が一斉に慌ただしくなる。空気の流れや波の隆起、この星そのものの重力の動き、目まぐるしく変わる周囲の環境に合わせ制御器機の数値を変えていく。

 ゆっくりと海面が盛り上がってくる。そして

「海が浮いてきた!」

 何かが海から顔を出すように正方形に水面が突出すると、端から海水が流れ落ちる。重力制御で作られた見えない板が海水を掬い上げた。

「重力変動値、急激に低下するわ! 数値ゼロ!」

 しかしそれは一瞬のことで見えない重力の板は、計器の数値からも見えなくなり消えた。だが。

「でき、た?」

 七番機乗員の一人が恐る恐る訊く。直ぐに消えてはしまったが重力制御で障壁を形成し水を持ち上げたのは確か。

「成功よ! 決まってるじゃない!」

「やったあ!」

 七番機乗員たちの歓喜の声。それが伝播し大操作室に喚声が爆発しようとした瞬間

『まだよ』

 主操作室の一番機機長アイネの声が拡声器から流れる。

『確かに成功よ。でも喜ぶのはもう少しまって』

 冷静な声。まるでこの大操作室の中が見えているかのよう。

『次は彼女たちの番だから』

 そう指摘されて一気に冷静な気持ちになる一同。七番機乗員席の対面となる者たちを見る。他の者の喜びの声など耳に入らないかのように、必死な顔で最終調整をしている。

「ありがと全体操作担当。少しだけど緊張がやわらいだよ」

 計器を見張りながら左下腕担当機の八番機機長エヴァルが言う。今度は彼女たちの番。

『お礼なら成功で返してよ』

「またまたむずかしいお礼だなあ。でもね」

 計器から一瞬目を離し、壁越しに主操作室を見る。

「今日はなんだかそのお返しができそうな気分だよ、ね、みんな?」

「うん!」

 機長の問いに他の八番機乗員も力強く応えた。

「さあ行くよ! 重力変動装置起動!」


「重力で面を作るときの大まかな数値ってもう分かった?」

 その夜。孤島の一角に立てられた仮設テントの一つに機長が集まり会議ミーティングが行われていた。アイネがシエミとエヴァルに訊く。

「大まかな数字は出たわよ。でも周りの環境が変化するんだから、本当に大まかな数値でしかないわよ」

「これを六面揃えて水を囲えるようになるのはまだまだ先だと思うけど」

 二人が揃えて答える。

「じゃあそれを他の機長にも教えて」

「ん? どうするのよ?」

一番機うちと腰の二番機以外にも重力面を作ってもらう」

「ちょっとまってそれには私ら肩組も入ってるってワケ!?」

 いきなりの一番機機長の提案に、右肩担当の三番機機長であるミクが声を上げる。隣にいた左肩の四番機機長のフィーアも驚いた顔。

「そうよ、六面作るんだから他にいないでしょ?」

 肩部とは、通常の機械神では動力炉の一つを積んでおり、機動や戦闘でも動きの要となる部位である。機械神は通常四基の動力で動くため、機械神一号機とほぼ同型のダンタリオンも16基積まれた炉のうち、同じ場所にある胸部腰部両肩部の4つの炉を回して平常は動いている。

「やりたくないっていってるんじゃない、私ら肩組も入れたらダンタリオンそのものの出力が足らなくなるからいってるのよ!」

「じゃあ二番機うちでなんとかするよ」

 あまりにも軽い声で腰部担当の二番機機長のニコから代案が上がる。

「腰の炉を臨界点ギリギリまで上げれば、肩二つの無いぶんには足りるよ」

「⋯⋯焼け付くわよ、炉が」

 教官の十三号機も昔、12基積んでいる動力炉を全部焼き切れさせたことがあるのを聞いたことはある。そして全ての炉を交換することになった話も。それはリュウガを手に入れる為に無人で動いた十三号機がやったことだがダンタリオンの乗員はそこまでは知らない。

 しかしリュウガ・ムラサメも十三号機も黒龍師団にとっては重用だからそれは許されるだろうが、訓練生が訓練機の炉を頻繁に焼け付けさせることになったら、簡単に解雇処分となってしまうのではないだろうか?

「えっとね、これからはね、炉を全開出力で回さないといけない場面って結構出てくると思うんよ。だから今からそれぐらいできるようになっておかないと、ダンタリオンの乗員を続けていく意味ってあんまりないなーって思うんよ。それにね」

「それに?」

「みんなして面白そうなことしてるっていうに、二番機うちだけ未参加ってのは許せないよ?」

「あんた⋯⋯」

 直接重力面を作り出すのには加われない自分たちが全力で支援してやるから、お前たちも全力でやれということ。

「それだけの覚悟があるんだったら任せられるわ」

 ミクが半ば呆れたようにいい、フィーアも自分も了承するように頷いた。

「で、全体担当、計画は?」

 促された全体操作担当であるアイネが説明を始める。

 肩部担当機、上腕担当機、大腿部担当機、脛上部担当機、脛下部担当機、足部担当機の六機が一面ずつの重力面を作り、下腕部担当機がそれを組み合わせ正立方体へと組み上げる。腰部担当機は肩部の代わりに低下した出力を補填。

「私たち一番機はいつも通り全体操作と全体補助。以上よ」

 アイネはそう締め括った。

「無理ではないけど⋯⋯無茶よね」

 確かに今まで培ってきた技術と経験を踏まえて考えた、最良であり唯一の計画案であるとは思う。しかしそれが実行できるかどうかは別の話だ。机上の空論であるならば幾らでも考え付ける。

「今までどんだけ無茶ばっかりしてきたと思ってんのよ私たち?」

「そうよ、ただ歩くだけでも無茶、それがダンタリオン」

 だが、目の前にそそり立つ壁を乗り越えるのではなく、ぶち壊しながらここまで進んできたような彼女たちである。ダンタリオンを動かす度に奇跡を具現しているような気分だろう。

「いっちょやるかー、潰れたお菓子の恨みも晴らしてないしね」

「まだ根に持ってたか」

「あたりまえじゃん、甘いものの怨みはこわいゾ」

「しょっぱいお菓子だったらどうなってたのかしら?」

「というわけでみんな、なんか異論とか、ある?」

 アイネが全員を見回す。みんな無言で見つめ返してくる。無言は肯定。全員異論なしだ。

「じゃあ反対もないみたいだからこれで解散にしよう、疲れたわ」

「そうよね、今後のことを考えたら早く休んだ方が良いね」

 全員同意件らしくみんな一斉に立ち上がると、ぞろぞろと自分の寝床へと戻った。

 一つの目標を全員の決意とした彼女たち。

 今後起こることを考えれば、彼女たちの戦いは今この瞬間から始まっていたのだろう。


 翌日、訓練二日目。

『まずは、右半分からお願い』

「了解よ」

 拡声器から流れてきた一番機機長アイネの声に三番機機長ミクが応える。序列としては機体右半身組での一番上となってしまったため彼女が代表となる。

 右肩部担当三番機、右上腕部担当五番機、右大腿部担当九番機、右脛上部担当十一番機、右脛下部担当十三番機、右足部担当十五番機。六機の分離機に搭載された動力炉が震え、直結された重力制御器が重力場を変動させ始める。

 苦労の末得られた数値に従い重力面が形成され、最初は不定形だったが、各機乗員の努力により角を直角にした正方形となる。それは目には見えないが、機器が表示する数字は確かにそこにあり、六面の重力場が形成されたことを表示している。

「よし、私たちの出番ね」

 七番機機長シエミが促し七番機乗員が操作に入る。計器の数値として現れる六面の重力場を一つずつ手繰り寄せ一ヶ所に集める。最も繊細さが要求される作業が始まる。

「五番機の炉が超過運転になってる! 少し落として!」

「仕方ないじゃない! うちの機が一番小さいのよ! 熱がこもりやすいの!」

『二番機、全体出力が足らない、もっと出せる?』

「今やってるよ。あと目盛り二つくらいは上げられるよ。少し待つよ」

 角度や位置を調整し、目まぐるしく変わる周囲の環境に合わせ、操作桿を取り回し、釦を連打する。今は参加になっていない左半身担当の者たちも、各機の動力炉を暖気運転させて不測の事態に備えている。

 そして全員団結の努力が実ったか七番機の操作卓に現れる重力変動の数値は、重力場で作られた正立方体が形成されつつあるのを表示しているが、そこで、一番機と三番機の接合が外れた。

「え」

 呆然とする一番機機長が見ている映像盤の中でダンタリオンの右腕が落下、地響きを立てて地面に落ちた。何が起こったか分からない。完成直前だった重力場の正立方体も消滅する。呆然としていると機体中央から大きな音がした次の瞬間、主操作室も大操作室も大きく傾いだ。今度は一番機と二番機を繋いでいた腰の間接が外れ、上半身が滑り落ちようとしていた。待機していた左半身の乗員たちが重力制御器を動かし落下を食い止めようとしたが間に合わず、上半身は地面に落ちた。乗員の全員が大きく揺さぶられ、ある者は床や壁に叩き付けられる。そして殆どの者が気を失った。


「すみませんアレックス、わざわざ来てもらって」

「随分と激しい訓練をしていたみたいですわね」

 リュウガが、眼鏡をかけた理智的な女性に向かって頭を下げている。

 ダンタリオンの強制分離現象は訓練中の事故扱いとなった。さすがに十三号機も落下しようとするダンタリオンの上半身を受け止めるには間に合わなかった。自分の想像を越えた動きを実効しようとしていた後進達を止められなかったリュウガも、教官としての責務を果たせなかったと自戒する。

 事故後、乗員たちの心身共の傷の考慮と、機体自体も要再調整であると判断され自力での帰還は難しいと、回収のために機械神九号機に御出座おでまし願った。

「このままでは機体が崩壊するとダンタリオン自身の自動安全装置が働いたのですわね」

 機械神正操士の制服に身を包む彼女が言う。九号機を預かる彼女は、本当はアレクサンドラと言う名前なのだが、愛称の方が浸透しているのか殆どの者がその名では呼ばない。

 彼女の駆る機械神九号機・グラシャラヴォラスは輸送に特化した機体である。

 機械神は完成機体を重ねる上で、結果的とは言え五号機から八号機に至る四機種が戦闘特化の機体となってしまったため、機械神を支援する機械神が必要という考えの元建造されたのが九号機であり続く十号機である。

 その初番機となる本機は、機械神の機能の殆どを輸送力に転化させるという、ある意味「最恐」とされる五号機などよりも思い切った設計の機。

 その機体形状は胸部だけは他の機と同じ形状であるが、他の部位は大きく人型を外れる。

 両腕は大きな翼状になっており、揚力は生み出さないが大柄な機体を安定させる。上部には円形の盤が設えられているが、これは偵察機に付く回転式電探などではなく、護衛機などの待機用テーブルである。

 下半身は大型格納庫を二段重ねた物の下に、他の機械神の足部を前後に伸長ストレッチしたものが付いた三段構造となっている。これを背部へと展開させることにより輸送機形態へと変形し、今はその姿で着陸待機している。

 格納庫内もかなりの容積があるが、入りきらないものは機体上部に載せるか、下部に懸架して運ぶ。元々が並の戦艦などよりも重い機械神が擱坐した時に迅速に回収出来るようにと建造されたのが本機であるので、運搬方法は様々なものが設定されている。今回の回収任務でも大型機である一番機や二番機はグラシャラヴォラスの上部に載せられ固定された。他の機は九号機搭載の汎用式重量物運搬車に載せられ粛々と格納庫内に積み込まれて行く。三桁前後いる乗員たちは庫内の壁際に仮設座席を作り、搬入された機の隣でおとなしくしている。

「それにしても、機械神が持つ機体の強制分離機能が発動するほどの訓練なんて聞いたことがありませんわ」

 九号機所属の自動人形が行っているダンタリオン分離機の固定作業を見ながら、半ば呆れたように言う。ダンタリオンは機械使徒だが機械神一号機とほぼ同じ機体構造を持つ準機械神型機動兵器なのはアレックスももちろん知っている。

 機械神の全ての機体には合体機構が設けられている。これは巨大な機体を分けて多目的に運用できるようにするためなのは勿論なのだが、真に必要とされた用途は、動力供給を物理的に切断する為。

 動力炉が胸部、腰部、右肩部、左肩部の4箇所に分散配置されているのはその為であり、なんらかの事象により機体が暴走した場合、強制的に合体を解いて動力の流入を切り、被害を食い止める。

 今回ダンタリオンが強制分離したのは、これ以上多重に重力制御を行い続ければ機体その物が崩壊すると感知して安全装置が働いたのだろう。

 元々がダンタリオンの各分離機に搭載された動力炉は整備訓練用なのである。16基もの搭載数は十三号機の12基を上回る。それを全て全力稼働に近い状態にするのは、機械神の設計段階でも考慮されていなかったに違いない。

「強すぎるあなたに何とかして着いていこうと、訓練生の娘たちも必死なんですわね」

「無理をさせ過ぎた⋯⋯ということですか」

「というよりも、彼女たちは無理をしたかったけれど、まだ経験と実力が追い付かなかった、ということですわ」

 自分たちの教官は、機械神や機械使徒の標準装備である重力制御をあまりにも簡単に使いこなす。それが人として持って生まれた能力の差だとしても、機械に施された機能自体は差がない筈。だから機械の機能を使いこなせれば追い付けると無意識に願ったのは、当然のことだったのかも知れない。しかしダンタリオンの安全機構は、彼女たちは己を使いこなすにはまだ未熟であると判断し、自ら停止した。

「そうそう、今度の視察の旅はあなたが担当なんですってね。もう一人も決まってるのかしら?」

「いえ、まだ知らされてません。それがどうしましたか?」

「教官が長期不在になるんだから、訓練生の娘たちもちょうど良いお休みになりますわ」

 リュウガはこれから遠方での任務のため黒龍師団を留守にする。教官がいなくなる折角の機会、彼女たちにはゆっくりと考えられる時間が出来る。何事も急いては上手く行かないもの。ゆっくり休んでゆっくり考えて彼女たちらしい答えを見つけてほしいと、操士の先達でもあるアレックスも願う。

「⋯⋯そうなってくれれば、良いのですが」

 訓練生が収容されている九号機の格納庫を見ながらリュウガは静かに応えた。


 ダンタリオンの強制分離事故から半月ほど経過した。

 上半身落下の際に負傷した乗員も訓練には耐えられる程には回復したが、訓練教官が遠征で長期不在になるということで、孤島へ進出しての大掛かりな訓練は無期限延期とされた。

 ダンタリオンは分離した状態で、整備調整や動力炉を安定して動かせる静的訓練が命じられている。

「今やってるのってさ、私らもダンタリオンももうすぐクビになるから、これからのことを考えて職業訓練しておけってことなのかな」

 誰かが言った。

 行く行くは教官という名の守役がいなくなり、実戦配備されるはずだった。機体特性から最前線での行動は難しいが、中間に位置する支援機や護衛機としては、訓練機の範疇を越える性能が出せるだろうと期待され始めていた。それが今回の訓練事故で帳消しになった。

 元々が移動動力供給所として転用出来るように設計されていた機体でもある。本国の領土には重輸送鉄道用に広軌軌道が無数に敷かれており、そこを走行する電気機関車の為に無線送電施設が点在している。その一施設としてダンタリオンはバラバラにされて再配備されるのではと、噂になっていた。

 しかし駆逐艦に匹敵する乗員数をダンタリオンは抱える。全員が操作員になれる筈もなく多くは異動となり、望まない者は黒龍師団から去ることになる。

「私があんな提案なんかしなければ」

「あんた一人の責任じゃないわよ」

 アイネの沈んだ言葉に、シエミが応える。


「ねえみんな聞いて」

 黒龍師団本部副塔内の一室へ最後に入ってきた彼女は、先客の女の子達に向かい開口一番叫んだ。

「⋯⋯どうしたのよ」

 ドアの側で並べた椅子の上に寝転がっていたアイネが眠そうに訊く。その役職からか急に呼び出されることも多いので出入口付近でごろごろしていることが多い。

 他の者は聞こえていないのか聞こえないフリをしているのか、またロクデモナイ話を持ってきたかと直前にやっていたことに戻る。

 この場所には今入ってきた娘も含めて16人の女の子。ダンタリオンの各分離機の機長たちが全員。

 この部屋自体が機長会議ミーティングという名称で用意された会議や勉強会の場であるのだが、普段から何かと忙しい機長たちの休憩場所となっているのが現状である。一応これでも予定表上では会議中になっている。

「うちの教官の話なんだけどさ」

「ムラサメさんがどうしたの?」

「⋯⋯訓練をやる度にスゴイ火傷をするって聞いちゃったんだけど」

「なにそれ!?」

 それまで体を横にしたまま聞いていたアイネは思わず上体を起こし迫るような勢いで訊いた。今まで聞き流していた他の機長も一斉に振り向く。

「ちょっと詳しく教えなさいよ!」

「それがね――」


「⋯⋯え、ということは教官って、十三号機を変形させる度に火傷してたってこと?」

 アイネが驚いたように聞き返す。

「そういうことらしい」

「変形も一日一回が限度って」

「そんなこと私たちには一言も⋯⋯」

「謎めいた人だとは思っていたけどそんな秘密が」

「⋯⋯あ、じゃあ艦の形のまま突っ込んできたっていうのは」

「変形させるほど体調が万全じゃなかったってことだよね」

「だったら私、この前は悪いこといっちゃったな⋯⋯」

 彼女の反省に全員が暗い顔になる。あの場では機長全員で抗議的な態度を取ってしまったのだ。彼女一人の責任ではない。

「あのさ、訓練が二日がかりになったのってもしかして」

「変形が一日一回ってことは、ダンタリオンを甲板に載せて往復するために一日増やしてたんだ⋯⋯疲れた私たちを休ませてくれるために」

 リュウガは自らが傷付いても、後進達を思って尽くしていた。その教官の心意に気付かされ、瞳が潤む者もいる。

「ねぇ、今できることやらない?」

 誰かが言う。

「教官が指導をやり残して行っちゃった訓練、できるようになっておこうよ、帰ってくるまでに。せめてもの恩返しにさ」

 教官は本当の意味で身を削りながら自分たちを育てようとしていた。だったら残して行った仕事を自分たちだけで完遂させるのが、一番の感謝の形ではないだろうか。

「でも、機体の方がもう持たないって勝手に分解しちゃったんじゃない、どうするのよ?」

「それと重力場を作ろうとして今回の事故になったんだから、またそれをやり始めるのは問題があるんじゃ⋯⋯」

「それに」

 誰かが俯いたまま言葉を挟んでくる。

「失敗したらまたあんな高い位置から滑り落ちるのかと思うと、やっぱり怖い」

 それを聞いてこの場の全員が一気に暗い表情になる。十三号機を相手にして何度も横転させられていたのである程度は慣れていたから良かったものの、重傷者が出なかったのは奇跡的な事だ。他の乗員の中には手を吊っている者、脚に固定具ギブスを付けている者も多い。

「――でも、その訓練をやろうって言い出したのは教官なのよ!」

 しかし、暗くなった雰囲気を吹き飛ばすようにアイネが声を張り上げた。

「それは私たちが最初の礎だから!」

「さいしょのいしずえ?」

「いつの日か教官に言われた言葉なのよ」

 アイネは以前にリュウガから貰った言葉をみんなに伝えた。

 今の時代では人は機械神と自動人形に頼らなければ生きて行けない。でもそれが続けられなくなった時のために、ダンタリオンが用意されたものだとしたら。

 そうなのだとしたら数百年数千年の時が流れた時代では、多人数で動かす人型機械が標準となっている筈。そうなれば機械神も自動人形も必要とされる時が来るまでずっと眠ったまま。そしてそれが人間にとっても機械神と自動人形にとっても、一番幸せな状態。

 だからこそ、それを未來へ紡ぐための、最初の礎。

「そんな大事な話があるんだったら、もっと早く教えてくれれば良いのに」

「⋯⋯でも、今だからこそ話せたとも思う」

 教官に一番近い位置にいる筈の自分でさえ知らなかった腕の秘密。今それを聞かなかったら喋る機会もなくずっと黙ったままだったかも知れない。意味も分からず心に秘めたまま。

「それに、重力変動を扱う訓練自体は中止指示は出てない」

 合体状態での訓練は止められているが、重力変動装置の使用は止められていない。もっとも使用出来なければ飛行も移動も不可なので、静的とは言え訓練は続行されているので使用中止には出来ないのだが。

「だったらさ、一機一機の機体で、まずは重力面を完璧に作れるようになろうよ」

 アイネがそう促した。全員がそれに異義無しと頷くと

「それだったら各機の動力炉も臨界点ギリギリまで引き上げられるようにするのも、自主訓練に加えて欲しいよ」

 ニコが付け加える。

「今は静的訓練で分割のままなんだからバラバラになりようがないよ。ちょうど良い機会だよ」

「なになにそれは二番機機長あんたが先生になってくれるっていうの?」

「もちろんだよ。言い出しっぺの責任は取るよ」

「よっし、やるかみんな! ごろごろしてたのも今日で終わり! 今から気合い入れて行くわよ!」

「ごろごろしてたのはアンタだけでしょ」

 アイネの意気込みに三番機機長のミクの鋭い指摘が入った処で、機長全員が勢い良く部屋を出ると、他の乗員に伝えるべく駆け出した。


 ――◇ ◇ ◇――


「どうした、お前の方から訓練してくれといってきたのだぞ」

 踞る彼女に向かって自動人形が言う。

「⋯⋯」

 相手の拳が当たった場所を軽く擦りながら、リュウナが相手を見上げる。

 何度も拳を受け、何度も蹴られた。相変わらずの手加減なしの威力。

 キュアが姉リュウガに対して行っていた訓練は、本人がある程度火の力を使えるようになってからは滅多に行われなくなったが、妹リュウナとの訓練は継続して続いていた。彼女が望んだからだ。

 リュウナは床に手を付くと一気に跳ねた。相手に向かって突進する最中に左足を床に突き、そこを軸にして体を旋回、右足の甲で首間接に向かって蹴りを放つ。

 キュアは腕部を交差させて受け止めた。

「先程から同じような攻撃ばかりだぞ」

 キュアが無造作に腕部を振るう。自動人形の重い自重を活かした打撃。再び吹き飛び、床に倒れる。

 今ではリュウナは消息不明の師団長などを除けば、黒龍師団最強の戦士といっても良いほどの実力である。しかし自動人形はそんな彼女さえ捩じ伏せる。普通の人間であれば、武器や防具に身を固めていても全く歯が立たない。彼女たちが力を振るうのは機械神を守る必要があるから。それを達成させるため、単体の戦闘兵器としても強靭。

 翌日より本国から離れての遠征任務になるリュウナだが、この日もキュアとの訓練予定が入っていたので、そのまま願い出た。

 相変わらず右手の不調を抱えているが、ここ数日は痛むことも力が抜けることもなかったので、遠征前だからといって中止にしたくなかった。

「⋯⋯」

 リュウナは今度は隙をうかがう訳でもなく無防備に立ち上がる。

「そろそろ終わりにするか?」

 キュアがそういいながら拳を突き出してくる。リュウナは右手を前にして両手を重ねるとそれを真っ向から受け止めた。今度は吹き飛ばされることもなく床を滑る。そして右手で相手の拳を全力で掴んだ。機械仕掛けの手が少しひしゃげる。部品も何個か飛んだ。

「?」

 キュアが少し驚いたように頭部を揺らす。いくら人間離れした剛力でも鉄の塊を握り潰すのは自動人形でも想定していない。だからようやく隙が出来た。この一瞬のためにリュウナは打たれ続けてきた。右腕を振り上げながら相手の懐に入り腹部に打ち込む。こちらの手も潰れて良い、相手の腹にヒビの一つも入れられれば。

 金属が裂かれる嫌な音がした。

「随分とやってくれたものだな」

 自分の腹部を見下ろしながら自動人形が静かに言う。リュウナの手首から先が腹の装甲に消えている。背部からは血塗れの拳が突き出ていた。

「だが、お前の負けだ」

 キュアは背に出たリュウナの手首を掴むと、反対側の手で彼女の首筋を軽く掴んだ。自ら体を固定してしまったリュウナには脱出の選択肢がない。

「ここで死ぬか、リュウナよ」

 彼女の首を掴む力を少し強める。

「⋯⋯わたしにまだ利用価値があると思うなら、生かして」

「そうか」

 キュアは相手の首筋と手首を離した。

「腕を抜け」

 リュウナが腕を抜き取ると、破口を開けたキュアが後ろに倒れた。自動人形の重量で床が揺れる。

「包帯を持ってこい。私の破損よりもお前の右手の処置の方が先だ」

 リュウナが言われた通り持ってくると、キュアは手部が少し歪んでいるにも関わらず、器用に相手の右手へ包帯を巻き始めた。

「いつから使えるようになったんだその力は」

「鉄を貫いたのは今日が始めて」

「リュウガ――姉とは別の進化を遂げているということなのか?」

「わからない」

「まあそれは今後のことだな。それより次は私の修理だ、起こしてくれ」


 リュウナがキュアの肩を支えながら歩いている。向かう先は機械神の格納施設。自動人形は女子標準体重の三倍ほどの重量があるが「お前ほどの怪力ならば支えられるだろう」と、移動を手伝わされている。キュアは腹部に空いた穴を押さえながら歩行しているが、これは破口から胴体が千切れてしまわないようにだ。

「顔は砕くは手足はもぐわ、今度は腹に大穴だ。お前たち姉妹は最後には私のことを粉々にしたいのか?」

「粉々にしてもキュアだったら元に戻るでしょ」

「頭部から上が無事ならな」

 程なくして到着すると一号機の下へ向かう。その途中で中から自動人形が何体か出てきたのでリュウナはキュアのことを預けた。

 キュアも基本的にはアスタロト配備の自動人形であるので帰る場所はここである。

「半日ほど留守にする。私に用がある者がいたらそう伝えておいてくれ」

「わかった」

 修理の為に一号機内に運び込まれるキュアを見届けると、自分も翌日からの遠征に備え、戻った。

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