第一章

 二つの鉄の塊が轟音を発しながら戦っていた。双方とも鐘塔を超える身長の二つ。

 一方はほぼ人型をしている。茶系統の塗装で彩られた巨躯。

 その巨躯が右腕を振りかぶり相手に叩き付けようとする。

 相手の顔部に達しようとした寸前、相手の肩に取り付けられた盾が動いて鋼鉄の拳を弾いた。

 弾いた者。本体は茶色の巨重と同じような意匠の人型ではあるのだが、背後から覆い被さる増装備の所為で小山のような外観となっている。黒を基調にして各所に青を強調色に入れた、要塞から人の手足が飛び出ている様な重兵器。

 黒の小山は反撃に右拳で殴り付けたが、相手には簡単にかわされてしまった。強力な力を持っているのに、その使い方を知らないもどかしさを感じる動き。

 しかして。人型をしている洗練された意匠の茶色が火の星から送り込まれる大地を破壊して整地する侵略者で、人型を逸脱する醜悪な造形となってしまった黒色がその侵略から大地を守る防人であると誰が信じようか。

『リュウガ、踏み込む時に右足が浮き気味になっているぞ。自重を生かしてもっと圧力をかけろ』

 黒い小山の様な機体内の操縦室と呼ばれる場所。その操作卓に設置された拡声器スピーカーから男言葉の女性の声が流れる。柔らかさが一切欠けた硬質な声。

「はい」

 操作室の中心に据えられた操士席に座り、小山の様な巨重を動かすリュウガは、目標を映像盤越しに捉えながら簡潔に答えた。

 リュウガ――リュウガ・ムラサメは、あの時、自動人形に処刑されかけた時から数年が経ち、今では、自分をその時救ってくれた機械神十三号機の主任操士となっていた。

 現在行っているのは、火の星から堕ちてくる擬神機と呼ばれる異の存在の破壊処理。

 擬神機は、天空を超えて黒き星の海に浮かぶ火の星と呼ばれる場所で製造され、この大地へと送り込まれてくる。その目的は、この大地を火の星の住民に住みやすいように強制改造すること。

 基本的には自分が投下され落着した周囲にあるものを全て破壊して、土に還してしまうのが一連の作業。一度、国と呼べるほどに肥大化した集落に落下して、一夜にしてその場を地平が見える程に壊滅させた事例が記録されている。

 機械神の管理組織を自称する龍樹帝国は、擬神機の落下が確認されると保有する機体を派遣して、擬神機による破壊が行われる前に相手の討伐を行っている。

 そして今回はリュウガが主任操士となっている機械神十三号機を送り込む、ということになったのだ。

『別に相手に合わせて腕で殴り合わなくても、お前の機体にはもっと有理な装備が付いているだろう』

 拡声器から再び硬い声が聞こえる。自動人形の一体が、擬神機の討伐にはまだ未熟とされるリュウガの補佐を行っている。

『お前が一号機を破壊した火の力を十三号機で増幅させて使っても良いのだぞ。龍焔炉を持つ十三号機はお前の力を受け入れられるのだからな』

「それだと十三号機自体を燃やしてしまいそうで」

 リュウガが相手の攻撃をかわしながら答える。

『別に構わん。予備部品も多量にあるし多少壊しても構わん』

 自動人形は同胞が修復不可になるのは敏感であるが、自分達が常駐する機械神そのものの破損には意外に寛容である。

擬神機あいての方はどこまで壊していいのですか?」

『頭部を破壊すれば制御中枢を失って停止する。しかしいきなり弱点を狙ってもかわす余裕は擬神機にもある。四基の動力炉を一基ずつ破砕しながら弱点を狙える隙を窺うのが現状では最良だろう』

 擬神機は機械神の基準機となっている三号機とほぼ同様の構造をしている。動力炉の配置場所と数も同じ。胸部、両肩部、腰部の四ヵ所。

 リュウガは十三号機腰部側面の副脚の収納庫から近接用ナイフを引き抜くと、自機を重力制御で少し浮かせ、地面を滑走させて前進を始めた。

 それで相手との差を詰めた十三号機は容赦なく擬神機頭部に向かってナイフを繰り出す。しかし相手は機体を捻るように回避すると、自分も副脚からナイフを抜いて十三号機へと切りかかった。十三号機はそれを簡単にかわす。

 擬神機は操士の乗っていない無人機であるので、その動作は押し並べて緩慢である。今見せた反撃も十三号機の動きを真似しただけだろう。擬神機本来の運用目的は大地の整地なので、高度な戦闘力は不用なのだから。

「⋯⋯」

 リュウガは操作卓から電磁誘導の機器を起動させると、その力を十三号機がナイフを持っていない側の手の平へと力を集中させた。するとそこへ小さな竜巻の様なものが現れた。それは球状になるにつれて徐々に大きくなり高速で回転し始める。

 リュウガは次に機体の浮遊に使用している重力制御を分散させて、電磁誘導で作った空気塊の周囲を重力壁で覆う。

 この世界は空気のもつ摩擦熱によって外界から守られている。岩石が星の海から降ってきたとしても、空気の持つ摩擦熱によって燃やし尽くされ流星として除去される。そしてそれにはこの星が持つ重力で地面まで引き寄せる要素――引力も不可欠。引力はここでは重力制御で代用している。

 星の海から降る岩石を燃やし尽くせるほどの力を持つ空気を電磁誘導で凝縮し、重力制御で覆われた壁に当て続けると、摩擦熱の逆が起きる。手の平の回転体は一瞬跳ねるような動きを見せると、次の瞬間には炎を噴き出す火球となった。

 これはリュウガが生身の状態で作り出せる火炎を、十三号機の搭載能力を用いて十三号機越しに具現化させたもの。

 十三号機も機械神の一機であるので他の機体でも同じように火炎の球を作ることが出来るのかというとそういう訳でもなく、搭載された重力制御装置や電磁誘導制御機の操作を、リュウガ自身が持って生まれた重力制御と電磁誘導の力で無意識に補助して微妙な操作を加えるので、他の操士も他の機体も再現できない。

 十三号機は近接用ナイフを擬神機に向かって投擲した。相手は自分の得物を振り回してそれを叩き落とした。しかし相手の動きが少しおかしい。ナイフを持っていない方の腕が小刻みに震動している。十三号機が作り出した火球を自分も作ろうとしているのだろうか、無理と分からずに。

 だが、それで相手に接近する隙が大きく生まれたのは確かだ。推進機から水素の火炎を吐き出し、十三号機が相手に組み付ける距離まで接近する。

 十三号機が得物を投擲して素手となった方の腕を伸ばし、擬神機の肩口の辺りを掴んだ。擬神機もこれ以上動きを封じられないように得物を突き立てようとするが、それよりも先に、もう片方の手の平で作り上げた火球を十三号機が擬神機の頭部へと押し付けた。

 機械神は通常のあらゆる攻撃が殆ど効かない強固な防御力を持っている。機械神とほぼ同一の機体構造である擬神機も同様である。しかし、リュウガが十三号機越しに再現した火球は擬神機の頭部装甲を融解させ、そのまま爆砕させた。操士選定の際に機械神一号機アスタロトの操作室周囲を破壊したの火焔である。それは通常の攻撃の域を超えていた。

 頭部を失った擬神機は機能を停止させ、十三号機に得物の切っ先を突き立てる動きのまま止まった。

「⋯⋯討伐完了です」

『良くやった』

 息を吐き出しながらのリュウガの報告を、拡声器から聞こえる機械音声があまりにも簡潔に労った。

『さすが機械神を破壊した女、紅蓮の死神だけあって、火の取り扱いだけは魔王級だな』

 明け透けなその褒誉にリュウガは難しい顔になっていた。


 16000フィート程の高空を十三号機が飛行している。

 片手には頭部を失った擬神機を掴んでいた。

 機能停止させた擬神機はその場で放置や解体ということはせず、こうして本拠地まで回収する。それは相手が残骸となるまで破壊しても、その欠片に至るまで持ち帰る程に徹底されている。

「ご苦労だったなリュウガ」

 操作室後部の扉が開き、自動人形が一体入ってきた。

 誰あろう彼女こそリュウガを処刑しかけ、それを撤回のうえ十三号機を与えた自動人形である。名をキュアノスプリュネル。固有名詞を持つ数少ない個体であり、自らの意思をもって動く稀有な存在でもある。もちろんあの時損傷した体は完全に修復され四肢も揃っている。

 機械神一号機アスタロトを破壊した一件により、リュウガは保護者であった者も失った。そこで新たな保護者として名乗り出たのが彼女。命のやり取りをした相手を保護するのは生き物としあては度し難いが、無機物である彼女にはその様な感覚はない。有益であれば何でもする。今回の擬神機討伐に際しても、機械神を用いた直接戦闘にリュウガはまだ熟達できていないと判断して、着いてきていた。

「今回の任務が終了後、お前に辞令が交付されることになっていた」

 キュアは胸部と腹部の繋ぎ目を少し開くと、中から封書を一通取り出してリュウガに渡した。自動人形であるキュアの内部にこんなものを入れておいたら内部機器に押し潰されて折り目どころかズタズタに切り裂かれているとは思われるが、リュウガに渡されたそれには皺一つ付いていない。自動人形も自身を動かす際には電磁誘導と重力制御が使われるので、それらを用いて封書に傷が付くのから守っていたのだろう。

 リュウガの手元に来たそれは、封蝋が施された本当に公式のものだ。

「ほら、早く開けて中を確かめてみろ」

 これも体内の隙間に入れておいたのか、一本のペーパーナイフを渡しながら促す。

「⋯⋯」

 リュウガは機体を自動操縦にすると、ペーパーナイフで封書上部を切り開き中身を取り出して読んだ。

「今後新設される新型機械使徒搭乗員の訓練教官への就任を辞令する?」

 内容の一番気になる部分を声に出して読んでみた。その他には今までは機械神操士補であったものが今後は正操士として扱われること、通り名の様に扱われてきた紅蓮の死神の渾名を正式にリュウガの暗号名コードネームとして扱われる等が書かれていたが、リュウガが口にしたことに比べれば、それらは何れ自動的に処理されるのが決まっていたようなものなので驚きようはない。

「教官って⋯⋯わたしが先生をやるってことですか?」

 それは確かに驚きだ。火の力で機械神も含めた全てのものを燃やすくらいしか取り柄のない自分が教官とは驚くしかなければ、自分のような者に務まるのか不安も噴出する。

「これからのお前とこの十三号機の処遇が難しくてな。副長とも話し合った結果、表には出ないが重要な職を恒久的にやらせるのがいいのではと、一応は解答が出たのでな」

 リュウガの駆るこの機械神十三号機は基本的には正規の機数には含まれない予備機であり余剰機である。

 技術継承を目的としていたらしい本機は格納庫の奥で記念像モニュメントとして、世界の終わりが来るまでじっとしていた方が良かったのだが、十三号機が操士リュウガを手に入れたことにより状況が変わってしまった。

 正規の機械神が全機揃った状態であれば今まで通り格納庫の奥で埃を被っているのが続いたが、未だ半数の機体が未所有となっている現状では、余剰機であっても動ける状態の機体が増えるのは今後の機械神の回収作業に有利に働くと判断され、ある程度危険が伴っても仕方なしと考え実践配備されることになった。

「そ、それで先生⋯⋯教官なんですか」

「まあ、そういうことだ」

 リュウガからペーパーナイフを返してもらいながらキュアが言う。

「もっとも、訓練所の類いに一度も行ったことのない、教わる側にしても素人のお前にいきなり全て任せるつもりもないので、暫くは手空きの者が補助につくことになる。まあ大体は私が付き添う形になると思う」

 リュウガはそれを聞いて安心した顔になる。

「だが手厚く補佐してやれるのも最初の訓練生の時だけだ。二期目以降は基本的にはお前だけになる。もっとも一期生の中から教官職を目指したいと名乗り出る者もいるだろうから、お前だけに大きな負担はかからないと思うが」

「⋯⋯はい」

 いきなりの今後の人生の転回に、リュウガは心ここにあらずといった表情で答えた。


 数ヵ月後。

「これよりダンタリオン新規乗員入隊式を始める」

 黒龍師団中央塔前大駐機場に分割されたダンタリオン分離機が十六機並べられ、その手前に百人規模の女の子たちが整列している。緊張の面持ちの全員を見回しながら男性が訓示を始める。

 彼は機械神の回収組織である黒龍師団の副師団長を務める人物で、副長と通称呼ばれる。

「俺は長話が好かん性格でな、早速だが教官の紹介をしよう」

 副長はそういいながら少し離れた場所に待機していた長身の女性を呼び寄せ、自分が居た位置に代わりに立たせた。

「今日からお前たちをシゴく、機械神を破壊した女こと紅蓮の死神だ」

 副長は含み笑いを見せながら彼女のことを紹介した。

「みなさん始めまして、今日からみなさんを指導する機械神を破壊した女の紅蓮の死神こと、リュウガ・ムラサメです」

 リュウガも少し苦笑を混ぜながら自己紹介した。集まった新人たちは副長の煽りにどんなおっかない人が出てくるのかと冷や冷やしたが、身長以外は至って穏やかな淑女といっても良い女性が紹介されて安心した――が

「特技は何でもかんでも火の力で燃やすことです」

 その自己紹介の続きを聞いてどよめきが走った。

 リュウガは手の平を上にしながら右手をかざした。手の平に小さな竜巻の様なものが現れた。それは球状になるにつれて徐々に大きくなり高速で回転し始める。回転体が赤く発光し始め、一瞬跳ねるような動きを見せると、次の瞬間には炎を噴き出す火球となった。

 その火球を見て新人たちのどよめきが更に大きくなる。教官という存在は訓練生にとっては強く恐ろしいものだと最初の内から教え込ませた方がいいと、副長やキュアからも助言を受けていたのだが、集まった女の子たちの顔を見るとやり過ぎてしまったかリュウガは失敗したかの様に思った。

 電磁誘導で重力の壁を突き破り中に空気を送り火球を維持しているが、電磁誘導を停止させると火球は徐々に小さくなって、消えた。

「こんな特技しかない自分ですが、皆さんと共に自分も成長できたらと思います。一緒にがんばりましょう」


 ――◇ ◇ ◇――


 リュウガが後進を育成する教官の任に着いてから一年の時が流れようとしていた。

 機械神十三号機が変じた巨大空母が海上を進む。その飛行甲板上には航空機の代わりに大小様々な形状も不揃いの物体が16機並んでいる。分離状態のダンタリオンを搭載し訓練海域へと航行中。

 リュウガを手にいれるために動いた十三号機は焼き付いた炉を全て換装し、それと同時に副動力だけでも移動出来るようにと艦艇の形状へと組み換えられた。その後は何度も艦から人型への変形を行っているが、現在の十三号機が航空母艦の姿をしているのはその可変能力である。

 リュウガは幼少時からすでに機械神操士補の役職が与えられており、十三号機も彼女の専用機として取り扱われている。そしてその専用機は正規から外れた機であり表舞台に登場することが無いのも事実。

 その経緯から彼女が後方支援的な役、後進の育成役が回ってくるのは自然な流れだったのかも知れない。

 リュウガが成長するに連れて十三号機を少しずつ動かせるようになるのと平行し、一つの新機軸機が建造されていた。

 機械神とは機械神だけで動けるものではない。内部に自動人形が乗り込み常態維持をしなければまともには動けない。機械神とはただ歩くだけでも何処かしら破損する。自動人形無しで無理に動かしたとしたら一回の出撃で何もしなくても大破以上になるだろう。

 ならば自動人形の数を増やせば良いのかというと、それが出来ない。彼女達は機械神が壊れたならば部品を丸ごと新造するだけの技術を持つのに、自分達と同じ物を作ることが不可能なのである。

 機械神は失われたら作り直せば良いが、自動人形は失われたら作り直せない。この矛盾が、同胞を失われることに対して敏感にさせている。

 そんな現状なのだが、自動人形達もただ手をこ招いている訳ではなく、様々な解決手段を模索してきた。

 リュウガが訓練教官として就任したダンタリオンと名付けられた機体の建造もその一つだった。この機は機械使徒でありながら、機体形状は機械神一号機アスタロトとほぼ同一である。

 アスタロトは最初の機体ということもあって試験的な機構が幾つかあり、もっとも規模の大きなものが機体の分離機構である。鐘塔ほどもある大きな物体を迅速に移動させるために16の小型機に分離できるようにしたのだが、機体強度が低下するという理由で後続の機には取り入れられていないアスタロトだけの独自機構。

 しかして、自動人形の代わりに人間が乗り込んで常態維持を行う試作訓練機として、この複雑な機能が注目された。

 機械神の常態維持の為に自動人形が乗り込んでいる理由としては、高度な修理能力の他に、生身の人間が乗っていれば機体が動く度に壁に叩き付けられ肉塊になるのは必至だから、である。

 ダンタリオンの場合、通常は比較的揺れの少ない分離状態では各機に人が直接乗り込み修理や整備を行い、人型合体時には背部コンテナ内の大操作室に全員が集合し遠隔操作にて各部の常態維持を行う。その際は自動人形を簡素にした修理用人形を有線で操作する。

 また、機械神は通常4基の動力炉で動き、それは胸部、腰部、右肩部、左肩部の四箇所に入れられているのだが、ダンタリオンの場合は16の分離機全てに設置されている。これは訓練機という性質から、機械神が標準で搭載する炉の取り扱いも習熟できるようにという考えと、訓練機としても運用困難となった場合に各機を移動式動力供給施設として転用出来るようにという配慮による。

 結果的に建造にも運用にも手間の掛かった機体になったが、元の機械神に比べればとてつもなく能力の下がった機体であるのは否めない。訓練機の範疇を逸脱することもないだろう。

 しかし、自動人形の代替品を作り出す手がかりを得る切っ掛けが出来ればと建造が決定され、乗員が募集され、機械神操士として充分に習熟したリュウガが教官として任命された。そして現在に至る。

 ちなみにダンタリオンの乗員は全員女子である。これは自動人形が女性を模した機械であるのだから、まずは全乗員を女子にして様子を見たいという要請に基づくもの。芳しい結果が出なかったら男女混合もしくは男子に一新も考慮されているらしいが、今のところそれが実行される気配は無い。


「場所はいつもの孤島です。到着後そこにて合体訓練」

 艦橋内の一室でリュウガの説明を各16機の機長達が聞いている。

 この艦は空母と言っても機械神が変形して出来たものなので通常の空母とは艦橋の作りは違うが、それでも数十人単位で入れる空間は幾つかあるので、その内の一つを会議室に使っている。

「その後は変形した十三号機を仮想敵として模擬戦闘。その後分離訓練の後に十三号機を旗機とした空中戦隊機動を行いつつ帰投にて、本日の訓練終了」

 リュウガは一気にそこまで説明した。

「まあ、いつもと同じですね」

 一気に説明しきったのは本日の訓練も特に変更も無いかららしい。

「あの⋯⋯教官?」

 機長の一人が恐る恐るといった風に訊く。

「なんですか」

「いつもと同じですーっていって、いつぞやの様に空母のまま体当たりしてくるってことは今日はないですよねぇ⋯⋯?」

 それを聞いて他の機長達から苦笑が漏れた。

 とある日の訓練、リュウガは直前になって体調が思わしくないのを知り、このまま機体を人型に変形させては危険だと判断、合体を完了させたダンタリオンに向かって航空母艦形態のまま突っ込んでいったのだ。

「あの時は『このまま空母のままで行きます』って無線入れたじゃないですか」

「いくら事前に無線があってもあんなものが全速力で突っ込んできたら対処出来ませんよ!」

 あんなものの艦橋内にいる他の機長達の笑い声が大きくなる。

 海上を駆けた十三号機は浅瀬に乗り上げる勢いそのままダンタリオンの片足に衝突、相手を横転させた。勿論ダンタリオン側はいきなり白旗である。

「さっき『いつもと同じですね』っていいましたからね。今日は大丈夫ですよ」

「ほんとうですかあ~」

 リュウガの言葉が信用出来ないのかジト目になっている。他の機長も全員ジト目である。

「大丈夫ですよ」

 リュウガはそう言いながら自分の二の腕を触る仕草をした。

 この十三号機に乗り始めて随分と経つが、乗り慣れるということは基本的には無い。確かに操作法は習熟出来るが、変形一つさせるだけでも命懸けの要素は大きい。今は火傷程度で済んではいるが、少しでも気を抜いたら自分自身が丸ごと焼失してしまうのではないかと思う。機械神を破壊する程の火の力は自らも火炎に晒されて具現されるもの。

 しかしダンタリオンの乗員達には心配かけたくないのでその事は秘密にしてある。だから空母のまま模擬戦を行ったのも教官の残念な一面くらいにしか思われていないだろうし、その方が良いとリュウガ自身も判断している。

「さて、時間ももったいないですからね。さっそく準備に入りましょう」

 リュウガがそう言うと「了解です!」と機長全員が唱和し我先にと会議室を出ていった。


 空になった飛行甲板に立つリュウガは蒸気発光器を使い「訓練開始」の信号を送った。無人島上空には、既に発艦した各機が滞空して待っている。「了解」と外部発光器から各々光の明滅を返し動き始めた。

 要となる一番機が所定の位置に着くとその下から腰部を担当する二番機が近付き接合される。これで胴体が完成、次に一番機左右に肩部を担当する三番機四番機が接合、主要となる部位が纏まり次は四肢の機体合体へと移行する。

 最も小型の機体である上腕担当の五番機六番機が肩へ接合され、それに下腕担当の七番機八番機が続く。

 脚の方も大腿部担当の九番機十番機、脛上部担当の十一番機十二番機、脛下部担当の十三番機十四番機、そして足部担当の十五番機十六番機と順序よく接合され、特に問題なく「合体は」完了した。

 そう「合体は」である。

「ここまではいつも通り問題なしですね」

 人型となったダンタリオンが無人島へとゆっくり着地するのを双眼鏡で確認していたリュウガは、片手に持つ懐中時計に視線を移した。時間もかかっていない、むしろ普段より早い。

「でも」

 再び双眼鏡を覗きながらリュウガが呟く。

「問題はここからなんですよね」

 そう、問題はここからである。

 各機の乗員が全員ダンタリオン背後にある大操作室に今から移動する。

 一番機担当の者などは少し動けば同じ機内であるので直ぐにでも到着するが、問題は四肢の末端の機、特に両足の十五番機と十六番機の乗員達の苦労は計り知れない。

 鐘楼と同じだけの高さを鐘楼より何倍も狭く複雑な通路を潜り抜け、ダンタリオン背後の操作室に辿り着かねばならない。

 昇降機、ラッタル、ハシゴ、機外をクライミングなど、とにかくなんでもやって上るのである。

「だからお尻を押すなエッチ!」

「女同士でエッチもあるか! 後ろがつっかえてるのよ!」

「甘いものを控えれば通路も通りやすいようお尻も小さくなるのでは?」

「うるさいうるさい! 甘いものぐらいお腹一杯食べなきゃこんなことやってられるかぁ!」

 そんな大騒ぎの挙げ句、合体は完了する。これが毎回である。

「やっぱりいつも通りの時間ですよね」

 全員が大操作室に移動完了して、ダンタリオンの方から「合体完了」の発行信号が送られてくる。再び懐中時計を見ると実戦にはとても耐えられそうにない時間が経過していた。

 実際には敵前で合体変形することなどないであろうが、それでもこのダンタリオンが訓練機の範疇を逸脱することはない理由がこれである。

「まあ事故もなく合体完了は出来たので今回も良しとしましょう」

 リュウガは時計をポケットにしまいながら独り語ちた。彼女達も全力でダンタリオンの中を駆けて這いずり回りこの時間なのだから仕方ない。乗員を男子に代える計画もあるが、女子よりも確実に大きい男の体では更に移動時間がかかってしまうのではと思う。機械神の内部通路は女性型機械である自動人形に合わせて作られている訳で、一号機を元にしたダンタリオンも作りは同じ。人間が基本は使用するとあって昇降階段や昇降機の類いは追加されたが、基本設計は大きく変わらない。それに自動人形は通常は衣服を着ていないので引っ掛かりも少なく、ここを作業服や戦闘服に身を包んだ男性が通るのは不可能ではないが困難としか言い様がない。

 リュウガはそう考えながら「合体訓練終了。模擬戦闘に移ります」と発行信号を送ると、荷物をまとめて甲板下にある機械神本来の操作室に入った。

 機械神の主操作室は全ての機体が頭部に存在し、正規から外れるこの十三号機もそれは同じである。

 リュウガはこの十三号機の操作に習熟するに連れて12基積まれた副動力だけでもある程度機体を動かせるようになってはいたが、大出力を要する作業、特に変形などは主炉である龍焔炉を起動させなければまだ出来ない。

 龍焔炉の起動自体は特に難しい操作は必要ない。起動を告げれば、後は勝手に操士の体を操作回路の一部として使って、十三号機が炉を動かし始める。

 この「操作回路の一部として」と言うのが問題であるのだが。

「⋯⋯行きます」

 リュウガは緊張した面持ちで息を吸い込む。体調が思わしくないのは感じられない。大丈夫。

「龍焔炉起動」

 開始の言葉を告げる。

 機体の鳴動。体の中に何かが流入してくる感覚。そして

「!」

 両腕が燃えるように過熱する。そしてそれは実際に火傷するほど。自分は火の力の特殊能力を持っているからか火傷くらいで済んでいるが、普通の人間が起動させたならば一瞬にして消し炭になるのではと思う、溶岩に落ちた者が水蒸気爆発を起こすように。

 これが操作回路の一部になるということ。その気になれば世界を丸ごと焼き尽くせる龍の焔。その力を納めた炉の力の一部が通り抜けるだけで、体が焼失しかける。

「⋯⋯」

 身を焼く痛みに耐え、ある程度出力が機体内に溜まったのを確認すると、リュウガは炉の停止を告げる。

「龍焔炉停止、副動力へ移行」

 停止を告げた直後に両腕の熱さが消え、思わず大きく息を吐き出した。

 この時機が少しでもずれたら、両腕が燃えて無くなるのではといつも怖くなる。体調が悪いからと変形を中止したのはそんな理由だからだ。極度の集中力が必要とされる。

 少し疲れた表情で、操縦室内の計器を再確認する。変形に要する出力が蓄えられれば、後は釦を押したり操縦管を引いたり等の物理的な操作が残るだけ。リュウガは痛む腕を擦りながら変形解除の操作桿を押し込んだ。

「機械神十三号機、人型へ移行」

 そう静かに告げると飛行甲板の各所に亀裂が入り割れ始めた。艦体が震え少しずつ宙に浮き始める。「艦」から「機」への移行が始まる。

「⋯⋯」

 ダンタリオンの背中へと集まった乗員達は、映像盤越しに十三号機の大変形を固唾を飲んで見守っていた。いつも見ている光景ではあるのだが、巨大なものが巨大な部品を振り回して姿を変えていく凄烈さは、何度見ても見入ってしまう。

「いつも思うんだけどさ」

 自分用の操作卓の映像盤を食い入る様に見ながら乗員の一人が隣の娘に話かけた。

「なにさ?」

 隣の娘も映像盤からは目を離さずに受け答え。

「あの変形途中の十三号機をぶん殴りにいって例え勝ったとしても、教官は多分怒らないよね」

 相手の隙を突くのは戦術の内の一つ。変形途中の無防備な状態に攻撃を仕掛けてもそれは戦術に則った行為なので教官は怒らないと言うが。

「そうだとは思うけどさ、たぶん今近づいても大きく回ってる飛行甲板とかにこっちが思いっきりぶん殴られて吹っ飛ばされるのがオチなんじゃないの」

「⋯⋯私もそんな機がしてきた」

 映像盤の中の十三号機は、今まで横長だった本体を部品の移動により小山のような形状へと形を変えている。申し訳程度に手足が突きだし辛うじて人型の態を成している姿。

 十三号機が大型部品を何個も重ねた城塞の様な形になっているのは訳がある。この機体は他の正規の機械神が装備する主要な部品と同じものを装着している。他の機がその主要部品を損傷した際に直ぐに交換出来るようにと、移動する部品保管庫としての役割。それが余剰として生まれてきたものの役目。

 しかしそれが有機的に交わり、下手な戦闘兵器よりも余程凄みのある意匠になっているのは事実。見た相手に恐怖と絶望を与えるには充分過ぎる重さを背負っている。

 そうして幾分かの時間を消費して十三番目の機械神は変形を完了させた。人型とは言えぬ人型へ。機械神十三号機クロキホノオはリュウガを助けたあの時の姿へと戻った。

「⋯⋯」

 人型となった十三号機が孤島の外れに降り立つのを、大操作室の全員が声も上げれずに見ている。変形していた時の勇壮感など微塵も残っていない、映像盤越しにも伝わってくる無言の威圧。いくら模擬戦とは言えあんなものと戦わなければならない自分達を毎回呪う。

『みなさん、今から十三号機がそちらに進軍しますので食い止めてください』

 室内の拡声器からリュウガの指示が聞こえてくる。軽くいってくるがそれは途方もなく無茶な指示であり、毎度のことであるが乗員達も力を落とす。

 映像盤の中の十三号機が動き出す。副動力しか使っていないので動き自体は遅いが、ゆったりとした動作がかえって恐怖を増幅させる。

「しゅ、主砲とか撃っちゃてもいいんじゃないこの際」

 何度見ても慣れないあまりの怖さに誰かが砲撃で仕留める案を出した。機械神は基本的には戦闘兵器ではないので、砲熕兵装も含め全てが自己保存のための自衛用装備になる。それを積極的に戦闘に用いるのは意に反するが、自分たちが乗っているのは機械神ではなく、戦闘用に作られた機械使徒。相手が相手であるので毎回の恐怖を考えれば威嚇射撃くらいは良いのかも知れない。

 機械神は腰部に18インチ単装砲を並列で二基積んでいる。ダンタリオンも機械神一号機とほぼ同型なので標準装備。主砲と呼ばれるのはこれになる。

「い、いくらなんでも模擬戦で砲撃は⋯⋯」

『組み合うのが怖いなら主砲とか撃っても良いですよ』

 流石に砲撃はまずいのではと躊躇していると、教官の方から発砲許可が降りた。リュウガの方も人型となった十三号機と対峙するのは、いくら模擬戦とは言え恐怖でしかないのは分かっている様子。

「良いんですか!?」

『ええ、火薬は抜いてあるので直撃しても装甲がへこむくらいですけど』

 リュウガがそう言うと同時に、十三号機の腰の辺りで何かが煌めいた。その直後ダンタリオンの操作室が大きく揺れる。

「撃ってきたあーっ!?」

 18インチ単装砲が機械神の標準装備であるならば、十三番目の機械神にも標準で付いているのは当然。相手が放った初弾はダンタリオンの肩部を直撃し、機体を大きく傾がせた。先ずは教官からお手本ということだろう。しかし先制攻撃は自衛になるのだろうか?

『爆発はしませんけど当たった時の威力はそのままなので、当たり所が悪いと転びますよ?』

 リュウガはそういいながら二射目を発砲、反対側の肩に直撃させ再び乗員に悲鳴を上げさせた。

「こっちも撃っちゃえ!? 全部撃っちゃえ!?」

 泣き出すように誰かがいうと同時にダンタリオンも砲撃を始めた。しかし十三号機が肩に装備する四枚の盾に見事に弾かれあさっての方に着弾する。

『もうすぐ近接戦闘距離まで接近しますよ。組み合ったらちゃんと十三号機を海まで押し出してくださいね?』

「そんなの無理っていつもいってるじゃないですか!? 重量が違いすぎます!」

 予備部品を多量に積載した超重装備の十三号機と、機体形状自体は標準的な一号機を元にしたダンタリオンでは、体格に違いがありすぎる。それ以前に空母形態の十三号機が分離したダンタリオン各機を飛行甲板に並べて訓練海域まで輸送しているのだから、推して知るべしだ。

『ダンタリオンでも推進機を全開にすれば十三号機も動きますよ、少しは』

「少しは!?」

 そしてとうとう手の届く距離まで接近し、十三号機はダンタリオンを捕らえた。

『捕まえましたよ、今日はどんな倒れ方が良いですか? 横転? 後転? 前転?』

「どれも嫌ですーっ!?」

 絶海の孤島に女の子たちの悲鳴が轟く。


「相変わらず酷い傷だな」

 教官の仕事を終え自宅に帰ってきたリュウガは、上着を脱ぎ上半身をノースリーブの下着だけにすると姿見の前に立った。誰かの台詞は、真っ赤に染まった両腕を見せられたもの。姿見にはリュウガの他に自動人形が一体写っている。キュアだ。リュウガの保護者である彼女はリュウガと同居しており、言わば養女扱いである。

「そうはいってもキュア、こればかりは」

 リュウガは振り向きもせず、鏡の中の相手を何時ものように愛称で呼ぶ、腕を擦りながら。

「分かっている。事実を改めて確認したまでだ」

 キュアも、龍焔炉を起動する度にリュウガの体に多大なる負荷がかかるのは勿論知っている。幼少から今日まで彼女の成長を観察しているのだから当然だ。

 そしてリュウガの火を扱う能力者としての力を高めたのは他ならぬキュア自身でもある。

 彼女はリュウガの扱う火の力の土台となるものが電磁誘導と重力制御であると突き止め、この二つの能力者であるのも認識する。そしてこの力を伸ばさせる練習代ともなった。

 自動人形は機械神の常態維持の役目の中には、機械神内に侵入してきた外敵の排除も含まれる。そのため戦闘兵器としても高性能で、機械神本体から無線充電を受ければ飛行すら可能という、兵器単体としてみても格が高い。

 それでもリュウガが相手では、安定しない力を食らいせっかく再生した手足を吹き飛ばされることは何度もあった。もっともそこに至るまでに、リュウガもキュアの蹴りや手刀を数えきれぬほど食らっているのだが。

 しかしそれほど高めた火の力を用いても、操作回路の一部となるのは能力不足であるらしい。

 リュウガ自身の身体能力自体は異常なほど高い。化け物といってもいい。それは機械神を壊せるほどの火の力の受け皿として必要な力なのだろうが、彼女の正体を更に不明にしている要因でもある。誰かから生まれてきたのならこの強さと能力は何なのか。無から作られた生物兵器的な何かなのか、幼少時以前のどこかで身体改造を受けたのか、何れにしろその痕跡は見当たらない。

 リュウガの場合、いくら身体検査を行っても彼女自身は普通の人間の女性なのである。機械神の失われた部品を零から作り直せる自動人形の超越技術オーバーテクノロジーを使っても、彼女が他の女性と変わる所が見つけられない。

「今日の訓練はどうだったんだ」

「いつも通りの大騒ぎですね。でも大きな事故もなく無事終了です」

「そうか」

 では、お前の両腕がいつも通りの唯一の事故だなと、キュアは思考した。

 模擬戦は十三号機が相手を捕獲した後、機械神級超大型人型兵器戦の定石通りにダンタリオンは横転させられた。大型歩行兵器が横倒しにされた場合、戦闘復帰は非常に難しい。このような大型兵器は基本的には飛行能力を持っているので(そうでなければ戦闘兵器としての意味を成さない)一旦浮揚して体制を立て直すことも考えられるが、転倒させられた相手が付近にいる筈なので、空を飛んで無防備になった処に追い打ちを食らうだけである。

 横転させられ目を回したダンタリオンの乗員が全員回復するのを待って、十三号機も手伝って再び直立させると、分離訓練へと移行、16に分かれた各機を引き連れリュウガは空中機動訓練を行いつつ帰投してきた。

 体の損耗を考え変形などの龍焔炉の出力が必要な行為は、一日一回以上は行わないことにしている。人型のまま帰還してきた十三号機はそのまま桟橋に半身を沈め、偉容を晒している。傷の回復しだいだが、少なくとも翌日まではこのままだ。

「お前が望むのならまた格納施設に降ろして空母の形に組み替えても良いのだが?」

 十三号機がリュウガのものとなった最初にやったように、一旦部品ごとに分解し、航空母艦の形状に組み換えることは可能である。それは艦船でいえばドック入りの規模であり数週間を要するが、本日正式に実戦配備となる前はリュウガの腕の問題もあるので、格納施設にて頻繁に組み換えはしていたのだ。

「いえ、人型のままで出来ることも何かあると思うので今はそのままで」

「そうか」

「変形くらいは副動力だけでできるようになりたいんですけどね」

 赤く腫れ上がった腕を擦りながらリュウガが言う。12基もある副動力炉の個別の調整が未だに上手く行かず、結局は一つの炉で副動力12基以上の力を出す龍焔炉に任せてしまうことになる。

「今でも副炉を最大限に回せば変形に要する出力は出せる筈だぞ、計算上は」

 細かい調整など気にせず、破損前提で全開で動かせば良いとキュアは言うが。

「でもそれだと炉が焼けてしまいます。変形する度に12の炉を全部交換するのはちょっと――」

「それでも構わん」

 躊躇いがちなリュウガの言葉を遮るようにキュアが重ねて言った。

「機械神の動力炉は確かに作り起こすのも大変なシロモノだ。しかし作り出すこと自体は不可能なことではない。だがお前の腕が焼け落ちてしまった場合、再生してやれるかどうかまだわからんのだ。ならば確実に再生できる方を消費してもらいたい」

「キュアは優しいんですね、前はわたしのことを処分しかけたのに」

「昔の話だな」

 優しい素振りをキュアが見せると、リュウガは決まって出会った時の昔日の話を持ち出す。

 しかしこれは、実は幼少時からリュウガにキュアが教え込んだ自動人形に対しての心構え。

 自動人形とは感情を持たず、機械神の常態維持を第一とし、それを永遠に遂行出来るよう自分達の代替品の創造の為にはあらゆる物を利用し他者の犠牲も厭わない。

 ――自動人形が相手ならば例え保護者と言えども心から信用してはならない――。

 引き取られた時から今に至るまでキュアはその様に教え、そしてリュウガも教えられた心構えを守っている。

 しかしキュアに対しては、母のようにそして歳上の従姉妹の様に慕っているのは事実だ。流石にそこまでは人の感情を制御は出来ない。

 キュアがこのリュウガという出自不明の女を助けたのは、リュウガの力が今後必要になるかも知れないからと判断したからだ。動かぬはずの機械神が動いてまで手に入れようとしたその力。

 しかしその時「機械神の常態維持」「自動人形の代替品製法の探求」という自動人形にある二つの行動理念が、思考回路の中には入って来なかった。リュウガを生き残らせる理由にこの二つが関連させられなかったのだ。それは自動人形おのれの存在理由すら脅かす事実。

(このリュウガという存在がいればもう自動人形もいらず、もしくは機械神もいらず――更にはこの二つともいらない、そんな世界へとなれるのか?)

 元々が自動人形がこの世界に干渉するのは、過去の時代に同胞を多く失う事変があり、そこで失われた数を補完するのが目的だからだ。なりふり構わず自分たちの代替品創造の探求を行っているのが現状だが、そんなことをしなくて良いのが、実は最良の選択に他ならない。

 本当に必要な時が来るまでどこかで静かに封印されたまま永遠に等しき日々を過ごす。自動人形にも機械神にもそれが一番良い事であるのは、意思を持ちし自動人形であるキュアも理解している。

 そしてリュウガ・ムラサメという存在は、自動人形の代替品創造という選択肢以外でそれをもたらすために現れたのだろうか?

「⋯⋯」

 キュアがそう思索していると、玄関のドアが不意に開いた。

「ただいま」

 簡単な帰宅の挨拶と共に女性が一人入ってくる。リュウガ程ではないがそれなりに背の高い女性。

「お帰りなさいリュウナ」

 帰宅してきた妹に姉も挨拶を返す。彼女はリュウナ・ムラサメ。リュウガの妹。

 リュウナは姉よりも早い段階で黒龍師団の正規師団員となり、今では機械使徒最強の機体とされる四番機プルフラスを任される程の操士である。

 遠方の海へ出ての訓練を終えてきた姉より帰宅が遅いのは、それなりの重職だからやることも多いのだろう。何しろ彼女のプルフラスは副長付きの機体なのだから。

「お帰りリュウナ」

「ただいま」

 彼女にとっても幼少時からの保護者になるキュアに事務的な挨拶をすると、腕を剥き出しにして佇む姉の姿を一瞥した。

「⋯⋯」

 そしてそのまま自室に消える。

 リュウナが素っ気ないのは何時ものことであるが、それでも何も言葉がないのは少しおかしいとキュアは考える。

「ぶっきらぼうなのは何時ものことですけど」

「今日ばかりは、お前がそんな格好で待ち構えているのがいけないんじゃないのか?」

 リュウナの様子が少しおかしい理由に姉も気付く様に言葉を投げた。

「⋯⋯あ」

 それでようやく覚ったリュウガは申し訳なさそうな顔になると、自分の両腕を抱きしめて隠すような仕草になる。

「まあお前だけが悪い訳ではないからな」

 キュアはそう言うと置いてあったリュウガの上着を取り、彼女の裸の肩にかけた。

「⋯⋯」

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