龍焔の機械神
ヤマギシミキヤ
序章
目の前には焼け落ちた風景が広がっていた。
少女が視線を落とすと灰色をした手や脚や、胴や頭が転がって黒く焦げている。
「⋯⋯なに⋯⋯これ」
「喋ることはできるのだな」
声がして頭を上げると誰かが立っていた。
裸身の体。肌には焦げた跡の様に歪な黒さが走る女性の形をしたそれには、作り物の様な固さを感じる。周りに転がる手足と同じ灰色。
「機械神を破壊するのは許容出来る、直せば良い。だが我等を破壊するのは、赦すことは出来ん」
何を言っているのか分からない。
「お前が何モノかは精査出来なかったが、取り換えの効かぬ物を破壊してしまったのは事実」
理解できない言葉を続ける相手は顔の右半分が砕けていた。半身を損傷したのか右腕と右脚も無く片足だけで立っている。
「ここは⋯⋯?」
何とかそれだけ口にした少女は椅子に座っていた。足下には同じように焼け焦げた管や鉄板などがひしゃげて転がる。辛うじて焼け残った動力管や電設管が其処へ繋がる。ここは何かを操縦するための座席であるらしい。
「力を使い記憶も壊れたか。それだけ大きな力と言うことか」
少女の言葉に意味の分からない言葉を更に重ねる。その言葉を紡ぐ口が先程から動いていないのに気付き、目の前の女性型の物が
「ここは寸前まで機械神一号機の頭部内主操作室であった場所。今はお前が座る周り以外何も無いのは、中で動く自動人形ごと外郭を吹き飛ばしたからだ、お前の力でな」
「⋯⋯機械神」
その言葉でまた少し思い出す。それは鐘楼ほどもある身の丈の、機械仕掛けの人型の名。あらゆる攻撃が効かぬと言う無敵の代名詞でもあるそれを、自分が壊した? どうやって?
「お前の力は制御出来れば徳を生むのかも知れんが今は脅威でしかない。力の再発の兆候が見られぬ今、後顧の憂い無きよう
「同類⋯⋯?」
少女の言葉を薙ぐように、自動人形が残った左腕を掲げる。人外の力で振り下ろせば目の前の華奢な体など一瞬で切り裂かれよう。脅威的な力があろうとも本体は未成熟な人間。
死んだことすら分からぬ速度で、意識は消えて無くなるのだろう。そう思った時、少女は自分の名前まで忘れてしまっているのに気付いた。
名前はひとりひとりに与えられたその者だけのモノ。そんな誰にも奪えない筈のモノを忘れたまま死んでいくのは、悔しい。
だから最後に残された少しの間、自分の名前を思い出すのに使おうと決めた。そして命を奪おうとする者の顔を改めて見上げると、自動人形の背後が一瞬発光するのが見えた。
その直後、光線が煌めき振り上げた肘から先を切り飛ばした。
「?」
左腕まで失った自動人形が訝しげに振り向く。少女も自動人形の影からそれを見る。
小山の様な物体がそこに居る。巨大な部品を何層にも積み上げた移動する城塞の様な物が、ゆっくりと近づいて来ていた。歩行の震動が剥き出しの主操作室を揺らす。
緩慢に動く醜悪ともとれるその形には、少女が少し思い出した機械神と呼ばれる人型の部品と同じものが付いている。しかし目の前に現れたモノは人型と呼ぶにはあまりにもかけ離れた異形。
⋯⋯ヨコセ⋯⋯ソノムスメヲヨコセ⋯⋯
関節を動かす轟音がそのような音階に組み立てられ、異形の中からそう聞こえてくる。それとも直接頭の中に語りかける機能でも持っているのか。何れにしろ少女と自動人形にはそれが聞こえた。
「副動力を用いて動いたか。だがそれでは直ぐに焼きついて停止するぞ。炉の取り換えなど我々の仕事を増やすだけだ」
この格納施設の最奥で鎮座したままである筈の機械神の一機が勝手に動いたらしい。しかし自動人形は淡々と状況を説明するだけ。
「ここで処分しておけば代替の効かない我らをこれ以上失う危殆は避けられる。その事実を翻してまでお前はこの少女が欲しいのか?」
左脚だけになってしまった自動人形が、今度は言葉の意味を込めて、残っていた腕を奪った相手に問う。
⋯⋯ソノムスメヲヨコセ⋯⋯
巨大な物が動く異音が組み合わされ、再び言葉を作る。
「この娘の火の力ならばお前すら燃やし尽くされるぞ。それでも望むのか?」
今度は言葉は作られない。その代わり異形の硝子製の瞳が、赤く輝き自動人形を見る。
「そうか、一号機をも破壊する火の力が、お前を動かす火種となるか。お前がそう判断するのだな余剰であるお前が」
⋯⋯ソノムスメヲヨコセ⋯⋯ソノムスメヲ⋯⋯ヨコセ⋯⋯
三度駆動音が言葉を作る。その直後、急に静かになった。自動人形が言ったように炉が強制停止してしまったのだろう。
「予備の部品を運びし者よ」
停止した相手に自動人形が語りかける。
「お前が内包する主炉である龍焔炉も過去の世界から送り込まれた予備の部品でしかない。機械神の大勢にはそぐわない危険すぎる余剰部品。そのまま何もせず未来に送り出すのがこの時代の最良。お前自身も他機の予備部品の移動集積所としての役割を担い静かにしていた方が良いのだ。しかしお前はこの娘を望む。お前が判断して、この娘の火の力ならば主炉を動かせるだろうとな」
事態の推移に着いていけず黙ったままの少女に視線を向けた。少女は何か考え事をしているかの様に遠くを見つめたまま。
「世界や秩序を焼き尽くすほどの力が必要となるのか、この時代に。機械神の常態維持を効率良く行えるように今の秩序を整備してきたこの世界を燃やし尽くしてでも、やらなければならぬことが来るのか、この世代で。そしてそれを果たせば我等の宿願は成就するのか?」
答えを知るものはもう言葉を作る力を失っている。いや、この余剰の機体が本当に答えを知っていたのかも定かではない。
しかしこの少女を手に入れようと動かぬものが動いたのは事実。
「娘」
「⋯⋯はい」
自動人形の呼び掛けに遠くを見ていた少女が口を開いた。
「
少女が何の事だか分からぬ様に自動人形を見つめる。
「十三番目に作られた機械の神は、十二という定数からはみ出した余剰。余剰であるならば大勢――世界には関わらん何をしてもかまわん。だから世界を救うも世界を火に包むも今からお前の自由だ。あの十三番目の機械神を乗りこなす事が出来ればな」
「⋯⋯あの」
今度は申し訳なさそうな声色で自動人形に訊く。
「なんだ?」
「わたしの⋯⋯名前」
少女にとってはそんな壮大な話よりも自分の名前の方が大事だった。
「そうか名前まで忘れてしまっていたか」
顔部が動けば少女の台詞に微笑んでいたかも知れない。しかし自動人形にはその様な機能は無く、事実だけを告げる。
「お前の名前はリュウガ。そう記憶媒体には登録されている」
「⋯⋯リュウガ」
少女――リュウガが自分の名を呟く。これが自分のモノ。自分に与えられたモノ。
「お前がいた研究室にはムラサメ室との名称が使われていた。名字が欲しければそれを名乗るが良い」
「ムラサメ⋯⋯リュウガ・ムラサメ⋯⋯それがわたしの名前。わたしのモノ」
リュウガはそう言いながら席から立つと、静止する巨大な鉄の塊を見つめた。残った片足で立つ彼女が言うにはあれも自分に与えられたモノであるらしい。
「あなたも、わたしの、モノ⋯⋯?」
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