第1章 開話 星間播種船

  


 連邦宇宙軍でも最精鋭と評価の高い高軌道海兵隊。

 第5支援連隊司令官、ジョン・コリンズ大佐は、高い位置にある艦橋指令席から壁一面の巨大なモニターに映った茶色く濁った星を、オペレータ越しに見下ろした。


 まだ眠い眼を伏せて溜め息をつくと、ポケットからサプリケースを取り出し、一粒、濃縮ニコチンのサプリを口に放り込んだ。家族からは時代遅れだからやめろやら、有害だから向こうへ行けとやらとさんざん文句を言われるが、喫煙の習慣はやめられない。

 ストレスの多い今はなおさらだ。密閉状態の空間内では禁煙するだけの良識は持っているのだが。

 

 見下ろす惑星を周回する赤い衛星には横に従うように浮かんだ円環状の構造物があった。

 それはゆっくりと自転する、銀河連邦宇宙軍が建造した第六世代星間播種船、オメガ・レゾリューション。


 オメガ・レゾリューションは、周囲二五〇リーグの円環の形状で、円環の直径の太さは一二〇リーグ。

 それぞれ90度に配置された四本の円筒状の構造物が中心に向かって飛び出して、直径八〇リーグの球体に格納された超物質反応エンジンへ接続している。

 円環の内部は八〇〇〇あまりの区画に分かれ、ほとんどは生物学的分類に従って保存された種子遺伝子の停滞空間チャンバーだ。残りは一定期間、停滞空間カプセルから蘇生して、運用に携わる乗組員たちや、惑星開発の主役となる移民たちの区画である。

 そこには、冷凍睡眠から一時的に覚醒した人々が暮らす街区や施設などがあり、普通の街そのものだった。


 だがオメガ・レゾリューションは宇宙軍に所属する深部宇宙探査船である。船内で多くの生活用区画の中でも最も面積を取るのは、連邦宇宙軍のための施設で、収容隻数ぎりぎりの戦闘用艦艇が収容されている。



 コリンズ大佐は口の中のサプリを奥歯で噛み砕くと、渋い顔へなった。 

 この開拓任務に出る前、家族で訪れた地球で、最後の葉巻を吸ってから、一度も紫煙を燻らせてはいない。

 全地球が自然保護公園へとなって、人類はビザ申請の結果、渡航許可がでないと、母なる地球に降りることもできなくなった時代だ。


 白波が砕けるマリブ海岸の高級ホテルのスイートルームで、妻と年代物のブランディを傾けた日々は、すでに忘却の彼方になりそうだ。

 

 傍らに控えた副官、アンリエッタ・モートン中尉が手に持ったブリーフィングタブレットを忙しそうにタッチして、各部署との連絡をしている。

 デバイス義眼の入った青い瞳で端末情報をデジタル脳にデータをインプットすると、コリンズ大佐に報告した。

 

「大佐。午前の予定ですが、9:00より大講堂での海兵隊ブリーフィング、10:40から新型強襲揚陸艦の仕様検討会議、これは統合幕僚本部との亜空間通信を介してのオンライン会議ですので、第十五会議室で開催されます。工程会議の時間は、予定通り14:30より第二会議室で開会です。それから、12:00より開拓院の環境制御チーム主任、エリザベス・カンター博士からランチのお誘いが入っております。いかがいたしますか?」

 

 コリンズ大佐は、すこし痛みを感じるこめかみを、強く指で揉んだ。それから、ふうっと一息つくと、アンリエッタ中尉の金髪をひっつめにし、化粧っ気のない人工的な容貌を眺めた。


 アンリエッタは古参の部下だが、木星の衛星エンキラドスの戦いで酷い傷を受け、肉体を八十%以上義体化した。


「今日も予定は目白押しだな、中尉」

 アンリエッタは微笑みを浮かべ、

「大佐。よろしければグアテマラ産のコーヒーをお持ちしましょうか?」


 大佐は芳醇な香りを思い出したが、首を振った。

「いや、やめておこう。すぐにブリーフィングだ。気を抜いている暇はない」

 モニターに映し出された、開拓対象である荒涼とした惑星を見下ろした。


「事業がはじまってすでに百三十三年。ここまで厄介な案件は始めてだ。最近発見された未確認生物に謎の遺跡。そして不可知の霊的存在。この惑星は本部でも関心が高い。進行中の五十件あまりの開拓事業案件の中でも特にだ」

「はい、大佐」

「ふー。退役間近のおれには、ちと荷が重いな」

「まだまだじゃないですか。大佐」

 アンリエッタがくだらないっといった表情に変わり、大佐の嘆息を窘め、笑顔に変わって彼を慰めた。

「時空圧縮技術で、希望する時間軸に戻れますから。大佐の奥様がお好きな地球蝕を楽しめる月面リゾートでの休暇が待っていますよ」


 そんな気楽な気分には到底なれない。


「ふん。行くぞ」

 コリンズ大佐は、また溜め息をついてからサッと振り返り、カツカツと靴を響かせ、艦橋出口へと歩み出す。擬似重力場の効果で宇宙空間でありながら、身体を浮かび上がらせることもなく、歩を進める。


 黒い髪に青い眼である、外見的には三十代後半のコリンズ大佐は、実年齢はもう一〇〇を越えているが、リバースエンジニアリングで若い肉体を獲得している。彼は毎日のトレーニングを欠かさず若々しい肉体を維持しているが、なぜかもう死にかけの老人のような気分になるときがあった。


「カンター博士のランチのアポはいかがいたしますか?」

 中尉が再び質問してきたので、コリンズ大佐は博士のややセクシーな唇を思い出した。浮気はしない主義だ。


「OK。では、レストラン、そうだな」

 コリンズ大佐は少し考え、

「なら、”吉兆”にしようか。久しぶりに日本料理を食べたいしな。中尉、予約を取っておいてくれ」

「イエッサー」

「そこでお持ちしますと。……いや、やはり研究室までエスコートしに行こう。博士には少し待っていてもらうよう伝えてくれ」

「アイアイ」

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 昼時。静かな店内。


 和室に畳だが、掘り炬燵のような足元は深く、胡坐をかかずに座椅子に掛けていられた。筋肉量の多いコリンズ大佐は胡坐は苦手で、数軒ある日本料理屋でもこの店が一番寛げるのだった。


 湯気が昇るお茶を運んできた女性アンドロイドに礼をいい、冷たいお手拭きで手を拭いた。向かいに座った女性に、メニューをすすめ、自分ももう一冊へ眼を通す。

 給仕の女性型アンドロイドは、日本風に両手をついて頭を下げると下がっていった。

 

「博士、あまり時間がなくて申し訳ない」

 コリンズ大佐は笑みを浮かべ謝罪した。


 豊かに波打つ金髪に華やかな雰囲気のエリザベス・カンターは、艶やかな笑顔で座卓の対面に座り、お手拭きで手を拭う。

「いいえ、わたしこそ、お忙しい中をお誘いして恐縮ですわ」 


 彼女は、トーラス星系第8惑星ブロンプトンⅡ大学をトップで卒業した俊才だった。環境制御の方面で発表した論文は、すでに賞をいくつも取っている。

 だが、学者ではありながら容姿はモデルのような美女で、海兵隊内でも人気は高い。


「いやいや、このオメガ・レゾリューションでもトップ3に入る美女のお誘いなんだ。断れるわけないでしょう」

「ふふ、お上手ですね。さ、お料理を選びましょうよ」

「さすが、バリアが固いですな」


 コリンズ大佐はいつの間にか、仕事で感じていた緊張が解けていたことに気がつき、驚いていた。

 二人は、あれこれと好みを出しあい、コースを決めて注文した。


 運ばれてきた料理に舌鼓をうち、盛んに味の批評をした。勤務中なので、酒類で口を湿らせられないが、コリンズ大佐の口調は滑らかだった。エリザベスも大佐の開拓地ゴシップや仕事の話によく笑い、的確な指摘をして会話を楽しんでいた。



 コースがあらかた終わり、デザートが来るのを待つ間、大佐は気になる本題について、エリザベスに訊ねた。

「今日は非常に楽しかったが、博士。あなたの抱えている問題はなんなのかね」


 彼女は黙ってお茶を飲んだ。やや躊躇いがちに打ち明けた。

「わたしの友人に、ユウコ・コマチという学者がいます。地球コロニーのシノザキ理化学研究所に勤務していて、同じ環境制御学が専門ですが、彼女には不思議マーベラスな能力があって、よく物事をあてるのです」

「ほう。その方は霊的素質をもってるのかね。なら、エンケラドゥスの約定により霊的存在が確認され、その守護と献身を相互締結してから、霊的素質をもつものは申告しなければならないはずだが」


 大佐の咎めるような質問に、エリザベスは困ったような笑みを浮かべ、

「ユウコは霊媒体質なので、素質と言っても、彼女が望まないかぎり神聖存在との交流はないのです。それはさておき、コスモネット経由の亜空間通信メールで教えてくれたことが問題なんです」


 大佐は卓上の料理皿をかたずけ、手を組んで肘をついた。

「聞かせてもらおう」

 エリザベスはもう一度お茶を含むと、

「彼女は、わたしが携わっているこの案件について予知をみたと連絡してきました。この星に小惑星が衝突する未来だそうです」


 コリンズ大佐は驚いた。

「予知能力者か」

 エリザベスは頷き、

「わたしは気になって、天文観察部のジェリー、ジェリー・グラムス博士に大周回公転する天体がないか、調査してくれと依頼しました。その結果、一つの疑惑のある天体が発見されたと報告されました」

 

 そういって彼女は、携えてきたブリーフケースからタブレットを取り出し、レポートを表示させて手渡した。

 受け取った大佐は、それを読み進めるうちに、どんどんと堅く厳しい表情へと変わった。


「NoΔデルタ666。危険度A1クラス! 確実に衝突コースじゃないか! この天体との距離は?」

「今は二五〇〇光年離れています。しかし、計算によると、重力スイングでさらに短い期間で到達する可能性が高いそうです」

 エリザベスは美しい顔を歪めて返答した。大佐は、また思わずコメカミを指で強く揉んだ。


「これは開拓調整委員会に報告する必要があるぞ。うまいことに午後から工程会議だ。その席で発表しよう。博士、すまないがオブザーバーとして同席してもらえるかね」

「ええ、喜んで」

 大佐は、手首に埋め込まれた通話デバイスでデータをアンリエッタ中尉に送り、経緯を要約して工程会議出席者に送るよう命じた。一連の作業を終えると、すでに冷めたお茶を一気飲みした。


「まったく、厄介な案件だよ。あの異次元の爬虫類だけでも大問題なのに。今度はディープインパクトか」

「爬虫類?」

「そうか、博士はまだ知らなかったか。オリュンポス山脈の南方にある、カイエン地方で異次元生命体が発見されたんだよ。どうも生物学的な外観では爬虫類系統に属するのだが、実態は違う。遥かに巨大で強力、しかも高い知性を持っている。学者連中のなかには、あいつらは”ドラゴン”だという者もいるくらいなんだ」

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