聖魔惑星アヴァタール
とろん
第1部 遥か彼方へ プロローグ 星間播種船
闇黒の空間に極彩色に輝く、星の揺籠である水素とヘリウムのガス雲。
産み出された数えきれないほどのまばゆい星々は、虚無の真空をきらめく光で鮮やかに飾りあげる。
人類に残された最後のフロンティア、星々の輝く宇宙空間。
そんな片隅の辺境にある未開の惑星を周回する巨大な宇宙船があった。
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連邦宇宙軍でも最精鋭と名高い高軌道海兵隊。
第五支援連隊司令官ジョン・コリンズ大佐は、高い位置にある艦橋指令席から、壁一面の巨大モニターに映った茶色く濁った星を、オペレーター越しに見下ろした。
まだ眠い目を伏せてため息をつくと、ポケットからサプリケースを取り出し、一粒、濃縮ニコチンのサプリを口に放り込んだ。家族からは「時代遅れだからやめろ」やら、「有害だから向こうへ行け」やらと散々文句を言われるが、喫煙の習慣はやめられない。
ストレスの多い今はなおさらだが、密閉状態の船内で禁煙するだけの良識は持っているのは言うまでもない。
近くには赤い衛星が寄り添うようにあった。見下ろす惑星を周回する円環状の構造物。
それがゆっくりと自転する、銀河連邦宇宙軍が建造した第六世代星間播種船、オメガ・レゾリューションだ。
オメガ・レゾリューションは、銀河連邦宇宙軍が第六世代播種船として設計・建造した、深宇宙探査と惑星開拓を両立する超大型宇宙船である。
その構造は、単なる移民船や軍艦の域を超えていた。
周囲25,000メートルのリング状構造は、人工重力を発生させるための遠心力を利用した居住区であり、内部には都市機能を備えた街区が広がっている。
居住区は、地球の都市計画を模したゾーンに分かれており、医療、教育、娯楽、宗教施設まで完備されていた。冷凍睡眠から覚醒した乗員や移民たちは、まるで地球にいるかのような生活を送ることができる。
リングの外縁には、太陽光を模した照明システムと気象制御装置が設置されており、内部の気候は常に安定していた。
冷空調は惑星ごとの環境に適応可能な可変式で、居住者の生理データに応じて微調整される。
中心部に向かって突き出した四本の円筒構造は、船の心臓部である超物質反応エンジンに接続されている。 このエンジンは、量子重力場を制御することで、通常空間と亜空間を自在に移動する能力を持ち、最大で光速の数百倍の航行速度を誇る。
また船内には、銀河連邦中央に存在する霊的管理知能に接続しシンクロする統括管理AIシステム“マザー”が存在し、全乗員の生命維持、航行制御、戦術支援、さらには心理ケアまでを担っている。
“マザー”は、各乗員の脳波やホルモンバランスを常時モニタリングし、必要に応じて個別の対応を行う。
そして、このオメガ・レゾリューションが単なる播種のための移動手段ではない証。その本質は、銀河連邦宇宙軍が極限の深宇宙環境に対応するために設計した、戦略級多目的宇宙艦である。
船体の外殻は、サルマトリアと呼ばれる多層構造のナノ合金で覆われており、隕石や放射線、さらには未知のエネルギー波にも耐えうる設計だ。
防御システムとしては、粒子偏向フィールドと高出力レーザー迎撃砲がリング外縁各所に配備されており、砲艦としての機能も十分に備えていた。
そして、外縁リング部の一画に広がる軍事区画 。
そこには、最大収容数120隻を誇る戦闘艇格納ベイがあり、各艇は発進用カタパルトと直結した状態で待機している。 格納ベイは三層構造で、上層には偵察・索敵用の軽量高速艇〈スカウト・ファルコン〉、中層には汎用戦闘艇〈ヴァルキリー級〉、下層には重装甲強襲艇〈タイラント・ドラグーン〉が配備されていた。
各戦闘艇は、AI “マザー” によって常時状態管理されており、冷却液の循環、エネルギー充填、兵装チェックまで自動で行われる。
出撃命令が下れば、わずか30秒以内に発進可能な即応体制が整っている。
発進ベイは外縁部に設けられており、艦外への射出は重力偏向フィールドを用いた無反動カタパルトによって行われる。
戦闘時には、艦橋からの一括指令で全艇が一斉に展開し、艦隊戦術AI “オメガ・システム” が各小隊の戦術行動をリアルタイムで制御する。
さらに、リング外縁部軍用部には戦術管制区があり、そこでは戦闘指揮官が全戦力の運用を監督する。
コリンズ大佐がかつて指揮したエンケラドゥスの戦いでは、この管制区からの指令で、わずか12分で敵艦隊を殲滅したという記録が残っている。
オメガ・レゾリューションは、播種船でありながら、旧式の一個艦隊に匹敵する火力と機動力を備えた軍艦なのだ。 その存在は、未開惑星の開拓において、単なる防衛を超えた“抑止力”として機能していた。
そのジョン・コリンズ大佐はサプリを奥歯で噛み砕くと、渋い顔へと変わった。
この開拓任務に出る前、家族で訪れた地球で、最後の葉巻を吸ってから、一度も紫煙を燻らせてはいない。
全地球が自然保護公園へとなり、人類はビザ申請の結果、渡航許可がでないと、母なる地球に降りることもできなくなった時代だ。
白波が砕けるマリブ海岸の高級ホテルのスイートルームで、妻と年代物のブランディを傾けた日々は、すでに忘却の彼方になりそうだ。
傍らに控えた副官、アンリエッタ・モートン中尉が手に持ったブリーフィングタブレットを忙しそうにタッチして、各部署との連絡をしている。
デバイス義眼の入った青い瞳で端末情報をデジタル脳にデータをインプットすると、コリンズ大佐に報告した。
「大佐。午前の予定ですが、9:00より大講堂での海兵隊ブリーフィング、10:40から新型強襲揚陸艦の仕様検討会議、これは統合幕僚本部との亜空間通信を介してのオンライン会議ですので、第十五会議室で開催されます。工程会議の時間は、予定通り14:30より第二会議室で開会です。それから、12:00より開拓院の環境制御チーム主任、エリザベス・カンター博士からランチのお誘いが入っております。いかがいたしますか?」
コリンズ大佐は、すこし痛みを感じるこめかみを、強く指で揉んだ。それから、ふうっと一息つくと、アンリエッタ中尉の金髪をひっつめにし、化粧っ気のない人工的な容貌を眺めた。
アンリエッタは古参の部下だが、木星の衛星エンキラドスの戦いで酷い傷を受け、肉体を八十%以上義体化した。
「今日も予定は目白押しだな、中尉」
アンリエッタは微笑みを浮かべ、
「大佐。よろしければグアテマラ産のコーヒーをお持ちしましょうか?」
大佐は芳醇な香りを思い出したが、首を振った。
「いや、やめておこう。すぐにブリーフィングだ。気を抜いている暇はない。”マザー” に現在状況のレポートをまとめて、委員連中に配布するよう言っておいてくれ」
モニターに映し出された開拓対象である荒涼とした惑星をふたたび見下ろした。
「事業がはじまってすでに133年。ここまで厄介な案件は始めてだ。最近発見された未確認生物に謎の遺跡。そして不可知の霊的存在。この惑星は本部でも関心が高い。進行中の五十件あまりの開拓事業案件の中でも特にだ」
「はい、大佐」
「ふー。退役間近のおれには、ちと荷が重いな」
「まだまだじゃないですか。大佐」
アンリエッタがくだらないっといった表情に変わり、大佐の嘆息を窘め、笑顔に変わって彼を慰めた。
「
そんな気楽な気分には到底なれない。
「ふん。行くぞ」
コリンズ大佐は、また溜め息をついてからサッと振り返り、カツカツと靴を響かせ、艦橋出口へと歩み出す。擬似重力場の効果で宇宙空間でありながら、身体を浮かび上がらせることもなく、歩を進める。
黒髪碧眼で外見的には三十代後半のコリンズ大佐は、実年齢はもう百歳を越えているが、リバースエンジニアリングで若い肉体を獲得している。彼は毎日のトレーニングを欠かさず若々しい肉体を維持しているが、なぜかもう死にかけの老人のような気分になるときがあった。
「カンター博士のランチのアポはいかがいたしますか?」
中尉が再び質問してきたので、コリンズ大佐は博士のややセクシーな唇を思い出した。浮気はしない主義だ。
「OK。では、レストラン、そうだな」
コリンズ大佐は少し考え、
「なら、”吉兆”にしようか。久しぶりに日本料理を食べたいしな。中尉、予約を取っておいてくれ」
「イエッサー」
「そこでお持ちしますと。……いや、やはり研究室までエスコートしに行こう。博士には少し待っていてもらうよう伝えてくれ」
「アイアイ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼時。静かな店内。
和室に畳だが、掘り炬燵のような足元は深く、胡坐をかかずに座椅子に掛けていられた。筋肉量の多いコリンズ大佐は胡坐は苦手で、数軒ある日本料理屋でもこの店が一番寛げるのだった。
湯気が昇るお茶を運んできた女性アンドロイドに礼をいい、冷たいお手拭きで手を拭いた。向かいに座った女性に、メニューをすすめ、自分ももう一冊へ眼を通す。
給仕アンドロイドは、日本風に両手をついて頭を下げると下がっていった。
「博士、あまり時間がなくて申し訳ない」
コリンズ大佐は笑みを浮かべ謝罪した。
豊かに波打つ金髪に華やかな笑顔を浮かべるエリザベス・カンターは、艶やかな笑顔で座卓の対面に座り、お手拭きで手を拭う。
「いいえ、わたしこそ、お忙しい中をお誘いして恐縮ですわ」
彼女は、トーラス星系第8惑星ブロンプトンⅡ大学をトップで卒業した俊才だった。環境制御の方面で発表した論文は、すでに賞をいくつも取っている。
だが、学者ではありながら容姿はモデルのような美女で、海兵隊内でも人気は高い。
「いやいや、このオメガ・レゾリューションでもトップ3に入る美女のお誘いなんだ。断れるわけないでしょう」
「ふふ、お上手ですね。さ、お料理を選びましょうよ」
「……さすが、バリアが固いですな」
コリンズ大佐はいつの間にか、仕事で感じていた緊張が解けていたことに気がつき、驚いていた。
二人は、あれこれと好みを出しあい、コースを決めて注文した。
運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、盛んに味の批評をした。勤務中なので酒類で口を湿らせることはできないが、コリンズ大佐の口調は滑らかだった。エリザベスも大佐の開拓地ゴシップや仕事の話によく笑い、的確な指摘をして会話を楽しんでいた。
コースがあらかた終わり、デザートが来るのを待つ間、大佐は気になる本題についてエリザベスに訊ねた。
「今日は非常に楽しかったが、博士。あなたの抱えている問題はなんなのかね」
彼女は黙ってお茶を飲んだ。やや躊躇いがちに打ち明ける。
「実は……私の友人に、ユウコ・コマチという学者がいます。地球コロニーのシノザキ理化学研究所に勤務していて、同じ環境制御学が専門ですが、彼女には
「ほう。その女性は霊的素質を持っているのかね。なら、エンケラドゥスの約定により霊的存在が確認され、互いの守護と献身を相互締結してから、霊的素質を持つ者は申告しなければならないはずだが」
大佐の咎めるような質問に、エリザベスは困ったような笑みを浮かべた。
「ユウコは霊媒体質なので、素質と言っても、彼女が望まない限り神聖存在との交流はないのです。それはさておき、コスモネット経由の亜空間通信メールで教えてくれたことが問題なんです」
大佐は卓上の料理皿を片づけ、手を組んで肘をついた。
「聞かせてもらおう」
エリザベスはもう一度お茶を含み、静かに言った。
「彼女は、私が携わっているこの案件について予知を見たと連絡してきました。この星に小惑星が衝突する未来だそうです」
コリンズ大佐は驚いた。
「予知能力者か!」
エリザベスは頷き、
「私は気になって、天文観察部のジェリー――ジェリー・グラムス博士に、大周回公転する天体がないか調査してくれと依頼しました。その結果、一つの疑惑のある天体が発見されたと報告されました」
そう言うと彼女は、携えてきたブリーフケースからタブレットを取り出し、レポートを表示させて手渡した。
受け取った大佐は、それを読み進めるうちに、みるみる硬く厳しい表情へと変わった。
「No
「今は2,500光年離れています。しかし、計算によると、重力スイングでさらに短い期間で到達する可能性が高いそうです」
エリザベスは美しい顔を深刻な懸念を浮かべ返答した。
大佐は思わずコメカミを指で強く揉んだ。
「これは開拓調整委員会に報告する必要があるぞ。うまいことに午後から工程会議だ。その席で発表しよう。博士、すまないがオブザーバーとして同席してもらえるかね」
「ええ、喜んで」
大佐は、手首に埋め込まれた通話デバイスでデータをアンリエッタ中尉に送り、経緯を要約して工程会議出席者に送るよう命じた。一連の作業を終えると、すでに冷めたお茶を一気飲みした。
「まったく、厄介な案件だよ。あの異次元の爬虫類だけでも大問題なのに。今度はディープインパクトか」
「爬虫類?」
心配事を告白できたエリザベスは、ホッとして湯呑のお茶を飲んだ。
「そうか、博士はまだ知らなかったか。
エリザベスは目を見開いた。 「そんな存在が……この惑星に?」
「そうだ。しかも、彼らは物理法則に縛られていないようなんだ。局所的に重力場を歪め、空間を跳躍するように実体化する。通常兵器では歯が立たなくてね。オメガ・レゾリューションの戦闘艇でも、正面からの交戦は避けるよう指示されている」
「それほどの脅威……」
「ただ、かれらはこちらが接触しなければ、なにもしない。生体モニタリングではどうも、深睡眠状態で生きているようだとレポートがある。
そのためか、連邦本部も慎重になっている。
現地調査に向かった隊はすでに3個中隊が消息不明だ。生存者はゼロ。記録装置も回収できていない。まるで、存在そのものが“記録されること”を拒んでいるかのようだ」
エリザベスは言葉を失った。
コリンズ大佐は、冷めた茶を見つめながら、低くつぶやいた。
「この惑星は、ただの未開地じゃない。人類がまだ知らない“何か”が眠っている。俺たちは、その扉を叩いてしまったのかもしれん」
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はじめて、投稿しました。ブルブルッ。
駄文を読んでくださって、ほんとうにありがとうございます!
異世界が舞台ですが、SFとか(アシモフとかハインラインなんか)が好きで、それにファンタジー系の作品に落しこめないかと思って、書きだしました。
推敲を頑張ってますけど、文章でだめなところを指摘していただけると、もっとがんばって作ります! よろしくお願いします!
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