第3話

 自分の身に何が起こってるのか、さっぱり理解できない。零種軍装ドレスゼロの女神は車内で口を開かなかったし、僕も今更ながら面倒なことに巻き込まれたと悟って喋るのをためらっていた。


 何を言っても彼女に情報を与えそうで怖い。いやもう僕の情報なんて、自分で知ってる以上に調べられてるのだろうから心配は無用か。


 リムジンは都心の省庁通りに入ると減速し、文部科学省ビルの地下駐車場へ吸い込まれた。そこから車ごとエレベーターに乗り、更に地下へと降りて行く。僕は改造されるのだろうか。それとも臓器や神経をパーツ分けされて、絶対零度の保管庫で厳重に隔離されるのだろうか。そんなアニメ映画を見た記憶がある。


 エレベーターが止まると、国連宇宙平和維持軍の悪魔、いや零種軍装ドレスゼロを纏った天使、いや華奢なくせに力の強い年齢不詳の美魔女、いやいや、僕の命運を握っている邪妖精がようやく口を開いた。


「木下さん、ついてきてください」


 逆らわずにリムジンから降りて、彼女の背中につき従う。なにココ、どう見ても悪の秘密結社本部じゃん。四方を鉄の壁で囲まれた薄暗くて広い空間。その先にある扉もまた重厚そうな鉄製だ。


 ドアノブの上に無造作な感じで貼られたコピー用紙。そこに書かれた文字は【科学技術庁 M・I・D・A・S対策課】。これだけ大掛かりな地下秘密基地を建設しておいて、そこだけ手抜きとか意味不明。『ここまで作ったけど予算が尽きました』的な演出か。M・I・D・A・Sって何? なんて読むの? ミダス? メイダス?


「長官、木下さんをお連れしました」

「……うむ」


 扉を開けた先、いかにも社長室って感じの丈夫さと気品を兼ね備えた高級そうな机。そこに両肘をつき、絡めた指を顎の下に置いた壮年の男性が頷いた。厳つい顔とわがままな天然パーマのコラボは、音楽室に飾ってあったベートーベンの肖像画を連想させる。


 まさに運命、僕の宿命、所詮短命、絶体絶命。なんて語呂の良い韻を頭で探していたら、「失礼します」と敬礼して零種軍装ドレスゼロの天使は素早く退室してしまった。さすが訓練された動きだ、無駄がない。訓練された動きがどんなものか知らないけど。


 僕とベートーベンしかいなくなった室内を沈黙が支配する。


「……掛けたまえ」

「どこに?」


 彼が手振りで示した先には椅子なんてなかった。それどころか、この部屋には椅子もソファーも見当たらない。高級そうな机とベートーベン(仮称)が座っているリクライニングチェアがあるだけだ。床ですか? 正座ですか? そんなの絶対イヤですけど。


 それでも掛けろと言われたからにはどこかに座らなければと思い、数歩進んで机に腰掛けた。上に載ってた書類がパラパラと床に落ちたけど知ったことじゃない。


「……良かろう。まずは自己紹介だ、私は科学技術庁長官の桜田さくらだまこと。趣味はゴルフで好きなものは娘と妻と愛犬のチャッピーだ。嫌いな食べ物は――」

「本気で自己紹介とかしてんなよ。まずはこの状況を説明してほしいんだけど」


 僕はこの段階になって、ようやく自分の被った理不尽さに対する怒りが込み上げてきた。映画に行くつもりが問答無用の圧力(女神の目力)で捕縛され、説明もなく連れてこられたのは地下の秘密基地っぽいところ。そこにいたのはベートーベンの偽物みたいな科学技術庁長官で、僕をエアソファーに掛けろと促した。なんかよく分からないけど、色々腹が立つ。


「……すまない。君はレガリアワールドオンラインのプレイヤー、こしあんくんで間違いないね?」

「そうだけど」

「あのMMORPGは国家が後ろ盾になって提供しているエンターテイメント・コンテンツだ……と、一般には認識されている」


 一般には、ということは隠された何かがあるのだろうか。ネットゲームに娯楽以外の要素はないと思うけど。


「だがその実態は、地球外知的生命体M・I・D・A・Sの地球侵略様式なのだ。我々には――」

「待って待って。質問があるんだけど」

「……なんだね」

「M・I・D・A・Sって、なんの略語?」

「……我々には――」

「それとなんて読むの?」

「……わ、我々には――」

「なんの略語なの? なんて読むの? 教えてよ」

「ミダスでもメイダスでも好きに発音すればいいじゃないか、今そんなことは問題じゃない、地球の命運がかかってるんだ! ……みたいな」

「みたいな?」

「……みたいな」


 どこかで聞いたことのある語尾だ。桜田長官は興奮したら地が出るタイプなのだろう。だから何だって感じだけど。


「分かった、メイダスって読むよ」

「……うむ」


 そして語られた、果てしなくスペースオペラで、果てしなく信じられない事実。M・I・D・A・Sがなんの略語なのかは、はぐらかされた。絶対この人、覚えてないな。


 厄介事に巻き込まれたと感じてたけど、それが現実のものになってしまった。

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