第60話
昨夜は、なんやかんやで深夜二時過ぎまで遊んでしまった。時計を見ると、現在は八月二十七日の午前十一時。八時間くらい寝た計算になる。顔を洗って、正午まで勉強。それからシンボル防衛イベントに参加しよう。
RRRRR、RRRRR……
人のやる気を削ぐスマホの呼び出し音。勉強の邪魔をする不届き者は誰だっ。
……あ、沢田さんか。
「はい、こしあんです」
「木下くん、リアルとゲームがごっちゃになってるよ」
「それが運命なら受け入れるさ」
「厨二なの? そういう気分なの? バッカじゃないの?」
「で、何か用?」
「あ、うん。悪いんだけど、レガリアにログインしてほしいの」
「僕は今から英語の勉強を……」
「そんなの、後でいくらでも教えてあげるわよ」
沢田さんの英語力はかなり高い。自分ひとりで悪戦苦闘するよりは、彼女に教わったほうが効率的だ。
「分かった。その等価交換で手を打とう」
「ホント……バッカじゃないの? じゃあ、お願いね」
とても急いでる印象だったけど、何かあったのかな。僕に用じゃなくて「ヴァネッサ貸して」とかだったら凹むかもしれない。
そんなネガティブ思考に陥りながらも、レガリアワールドオンラインのスタートボタンをタップ。イベント中は、必ず防衛拠点にログインするらしいから、沢田さん……クリームともすぐに会えるだろう。
「リザレクション!」
「キュア!」
「きゃああっ」
「ハイヒール!」
「ああ~っ」
「リザレクション!」
「ダメ、持たない……」
「ゴブリンが抜けたわよ!」
「フレイムピラー!」
「アイスバレット!」
「すぐに塞げ! エナジーバースト!」
「わわっ、また……」
「リザレクション!」
「麻痺っちゃいました~」
「キュア!」
宿場町に降り立った瞬間から、とても姦しい声が飛び交っていた。壁になってたパラディンが即死攻撃を受けて消えると、すぐにリザレクションで蘇生されるを繰り返している。しかもモンスターは麻痺攻撃まで混ぜてるようで、壁が壁として機能してない。
一度死ぬとタウントの効果もなくなるので、パラディンとパラディンの隙間をゴブリンがすり抜けたりしてる。まあそいつらはメイジ系の魔法で瞬殺されてるけど。
「こしあん、待ってたわ! ヴァネッサさんを貸してちょうだい!」
そんなことだろうと思ってたんだ。どうせ僕なんかに用はないんだ。人間だもの。いやいや、この人間だものの使い方はおかしいな。
「ヴァネッサ、入口のフォローお願い!」
「任せてください、タウント! オールカバー!」
【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】【0】……
タウントで敵を引きつけつつ、オールカバーで周囲全てのダメージをその身に引き受けるヴァネッサ。しかも彼女には即死も麻痺も、何ならそれ以外の状態異常攻撃も効かない。伊達にゾンビアタックの苦行は積んでないぜ。
「すごい……ヴァネッサさんひとりで、三人分カバーしてる!」
「うちの守護神は最高だろ?」
「こしあんさんのフォローがあるからこそです」
「いつでもミルクティーのパラディンは一旦下がって」
「ありがとう~」
「感謝します」
「怖かったですぅ~」
耐性スキルがないから、これは仕方ない。でも昨日の夜中はもっとゴブリンが弱かったのに。
「ありがとうございます、こしあんさん。クランマスターとしてお礼を――」
「オスカーさん、社交辞令は大丈夫ですから状況を説明してください」
「――コホン。今日の九時くらいから、アッパーゴブリンがエルダーゴブリンに変わったのです」
「ふんふん」
「奴らは攻撃力こそ低いのですが、即死攻撃と麻痺攻撃が厄介で……」
「耐性スキルはシーフ系じゃないと入手しにくいもんね」
「こしあんさん、お願いです! 耐性スキルが余ってたら譲ってください。お金はもちろん払いますので」
「各種百個以上ありますけど、何がいくつ必要ですか?」
「即死耐性と麻痺耐性を三つづつ、お願いします!」
「〆て三億Gになりまーす」
「さ、三億……二千万Gくらいになりませんか?」
「マスター! そこで値切るのは違うでしょ。シーフ系を育てなかったのは私たちの落ち度よ~みたいな」
お、エミリアが良いこと言った! イベントだし、無料で配るのもアリかなって思ってたけど、彼女の援護射撃に乗っかっておこう。
「う……その通りですね。三億G、今はないけれど必ず払います。どうか、耐性スキルを譲ってください!」
「分かりました。他でもないオスカーさんの頼みなら断れませんね」
めっちゃ断れるし、どのみち渡すつもりだったけど。オスカーさんをタップして、トレード欄に耐性スキルを六つ入れる。すぐに彼女のトレード欄に二千万Gが表示されてトレード終了。あとの二億八千万は……まあ、貰えたらラッキーくらいに思っておこう。
「こしあんさん感謝します! オードリーさん、ミントさん、いちごさん。すぐにこれを使って!」
自クランのパラディン三人衆に耐性スキルを習得させるようだ。切羽詰まった状態とはいえ、自腹を切ってまで他人にスキルを渡すなんて。オスカーさんは、良いクランマスターなんだな。ちょっと情報をあげようか。
「耐性スキルは、それに対応する攻撃を十回受けたら【LV2】になります。そこからは二十回、三十回、四十回と、合計百回受ければマックスレベルになりますよ。ちなみに【LV1】での耐性は【20%】。【LV2】だと【40%】です。あとは分かりますよね?」
ゾンビアタックのときに数えてたから間違いない。全ての耐性系スキルは百回受ければマックスレベルになる。そうなれば耐性というのは名ばかりの【無効スキル】が誕生するのだ。
「貴重な情報まで……感謝します! このお礼は必ず――」
「それは大丈夫ですから、早く耐性を育てて下さい。この感じなら、すぐにマックスレベルですよ」
「そ、そうでした。オードリーさんたちは戦線復帰! 即死攻撃と麻痺攻撃を受けまくってください! 蘇生魔法持ちはMポーションがぶ飲みで!」
「ひぇ~、うちのマスターが鬼になった~」
「あれがマスターの本性……! ゾクゾクしてきたわ」
「わざと受けるとか、怖いですぅ~」
即死、麻痺ときて、あと残ってるのは毒と混乱、それに睡眠か。きっとそのうち、その状態異常攻撃持ちの敵が出現する。そうなったらオスカーさんは、また耐性スキルを買うつもりなのかな。
そのときはさすがに、無料で贈ろう。借金まみれのドリルロールなんて、絵にならないからね。
「オールガード!」
ヴァネッサ、少しは空気を読んであげて。攻撃を独り占めにしちゃダメ、絶対。
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