第61話

 昨日はかなり白熱した拠点防衛だったと思う。十五時ごろにはエルダーゴブリンがエルダーオークに変わり、さらに十八時ごろからマーダーオークになったところで戦線は落ち着いた。



 マーダーオークLV??

 HP 6000

 MP 0

 物理攻撃力 400

 魔法攻撃力 0

 物理防御力 0

 魔法防御力 0

 速度 1

 幸運 0


【能力】

 即死攻撃20%・麻痺攻撃25%・混乱攻撃25%


【持っているもの】

 N 経験値玉手箱(中)

 R 中級Mポーション

 UR クランポイント玉手箱(中)・討伐ポイント玉手箱(中)



 何の耐性も持ってない敵に、こしあんの範囲即死攻撃はとても有効だった。【即死確率10%】の十三回範囲攻撃。理屈的には相手のHPに関係なく、敵を確実に葬れる。現段階ではメイジ系よりも殲滅速度が優秀だ。


 面白くて、結局二十一時ごろまでゲームしてたから、昨日はそれ以外のことが何もできてない。今日こそは勉強しなければ。


 RRRRR、RRRRR……


 現在の時刻は八月二十八日の午前九時。昨日に引き続き、やる気スイッチをオフにするスマホの呼び出し音が鳴り響いた。


 ……また沢田さんか。レガリアで何かあったのかな。


「はい、僕です」

「僕くん、おはよう~みたいな」

「その声は桜田さん?」

「そうそう。エミリでーす、みたいな」


 沢田さんの番号から桜田さんの声が聞こえる不思議。もしやそういうことなのか。桜田さんは僕に好意を持っていて、電話を横取りしたのか。


「ごめん、今はまだ自由でいたいんだ」

「それは残念。その気になったら教えてね~みたいな」

「で、どうしたの?」

「沢チンと勉強会するから、お誘いの電話だよ~」


 沢田さんには英語を教えてもらう約束だった。昨日の今日で借りを返そうとする姿勢に尊敬の念を覚える。


「ありがとう、行くよ。で、沢田さんは?」

「隣にいるよ~、代わろうか~」

「いや、大丈夫。どこでやるの?」

「ミラクルシュガーマックスで待ってるよ~」

「分かった、支度してすぐに出るよ」

「じゃあまた後で~みたいな」


 ミラクルシュガーマックスは駅前にあるスイーツ専門店だ。場所は知ってるけど、入店したことはない。


 教科書、ノート、参考書に筆記用具。それに財布とスマホ。これくらいで大丈夫かな。どうせ昼には帰るだろうし。



 家を出たのは電話から十分後。ミラクルシュガーマックスに到着したのは、その二十分後くらい。店内は朝だというのに混んでいて、そこかしこでお喋りの声が聞こえる。


 奥のボックス席に知った顔が見えたので近づくと、彼女たちはテーブルにノートを広げ、熱心に何かを書き込んでいた。沢田さんに桜田さん、そしてもうひとりは……誰だろう。


「あ、木下くん、おはよう~。こっち座りなよ~」

「うん、おはよう」

「呼び出して悪かったわね。私の家だと妹がうるさいから」

「気にしてないよ。どこでも気分転換はできるし」

「気分転換じゃなくて、勉強なんですけど~みたいな」


 そうだった。久しぶりに外出したから、趣旨を忘れていた。うん、英語の勉強だよね、分かってる。


「分からない箇所があれば、質問してね。それまでは自分の勉強してるから」

「了解、助かるよ。で、そっちの子は誰?」

「特進クラスの如月よ。知ってるでしょ?」

「いや、知らなかった。はじめまして、木下です」


 黒縁メガネをかけた細身の大人しそうな女子だ。肩までのサラサラストレートヘアーで、頭頂部付近には天使の輪が輝いてる。全体的に小作りな感じだし、メガネを外したら絶対美人に違いない。だから何だって話だけど。


「えっと。一応、中学も一緒だったんだけど……初めまして?」

「そうだっけ。ごめん、女子とはあんまり接点がなかったから」


 うちの田舎から上京してきたのは僕だけじゃなかったんだ。全然さっぱり全くこれっぽっちも興味がないから知らなかった。


「あはは……木下くんらしいね。如月きさらぎ汰央たおです」

「よろしくね」

「さて、じゃあ始めましょう。まずはマーダーオークの効率的な倒し方だけど……」


 え、沢田さん何それ勉強? 


「ごめん、聞き間違いかな。マーダーオークって聞こえたけど」

「木下くんの耳は正常よ。私たちはレガリアの勉強してるだけだから」

「ファイアバレッドの連発でも良いけど、それだとすぐにタゲが移っちゃうし~。その状態で前進するのは危険、みたいな~」

「でも戦線を押し上げないと、範囲魔法の効果が十全に発揮できませんよね」

「そうなのよ、街中から撃ってるだけじゃ効果が低いのよね」


 こいつら朝から何してるんだ。そんな話されたら、気になって勉強できないじゃないか。


「木下くん、マーダーオークのマーダーって意味分かる?」

「オーダーの親戚みたいな感じかな」

「ノンノン、殺人や殺人罪。殺人事件なんかの意味でも使うわね。綴りはM・U・R・D・E・R。発音はmə'ːrdərマァー(ル)ダァ(ル)。使い方はThe police believe that he was murdered.なんて感じね。mə'ːrdərマァー(ル)ダァ(ル)、言ってみて」

mə'ːrdərマァー(ル)ダァ(ル)

「グッド」


 さすが沢田さん、遊びも勉強の一環と捉えるその思考は見習いたいところ。でも、【気になって集中できないぞ問題】は解決されてない。


 しかも如月さんまで、一緒にレガリアの話題で盛り上がってる。多分、同じクランなんだろうけど。


「前回と同じモンスターが出現してるから、次はダーティオーガかな」

「同じですけど、前回までは状態異常や即死の攻撃はありませんでした」

「じゃあ別のモンスターが出てくる可能性も考えておかないとね」

「前回通りだとその次が、エビルオーガね~みたいな」

「エビルオーガの次はアッパーガルムでしたっけ?」

「宿場町の戦力だと、エビルオーガまでがギリギリよね。前回はアッパーガルムに全滅させられたし」


 そんな感じで勉強会もどきの『前回会話』が二時間くらい続き、「お昼ごはんの時間だから帰らないと」的な理由で解散。僕も会話に混ざりたかったけど、プライドがそれを許さなかった。めっちゃ混ざりたかったよ!


 ちなみに英単語は五つくらい覚えた。全部ゲームに関係のあるものばかりだったのは御愛嬌。

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