第24話

 ゲームからログアウトした僕は、食料を購入しようと近所のスーパーに出かけた。さすがにキュウリだけをオカズにするのは無理があると悟ったからだ。それにログインしてても、やることがないし。


 あれからヴァネッサの雇用時間が切れるまで戦闘を繰り返した。レベルも良い感じで上がり、スキルもひとつ覚えたのだけど……。


 サービス残業をしてくれないヴァネッサが帰った後に、凶悪な奴と出会ってしまったのだ。



 メタルラビット LV25

 HP 10

 MP 10

 物理攻撃力 10

 魔法攻撃力 10

 物理防御力 10

 魔法防御力 10

 速度 9999

 幸運 9999

 スキル パラライズブレス ポイズンブレス



 光り輝くメタリックボディのウサギ。攻略サイトによると、ごく稀にレガリア城下町西側エリアで目撃されるらしい。いわゆるレアモンスターだ。こちらが有効な攻撃手段を持っているとすぐに逃げるらしいけど、あいにく僕は持っていなかった。


 メタルラビットは攻撃力も防御力も低い。でも速度の値が高すぎるから、攻撃がとにかく当たらない。挙句の果てにパラライズブレスで動きを封じられ、ポイズンブレスで毒のスリップダメージをくらって死に戻りしてしまった。


 そんなわけで、デスペナルティがあけるまで時間を潰すことにしたのだ。


 スーパーの乾麺コーナーで、安売り商品を山ほどカゴに入れてレジに向かった。予定では一週間もしないうちに実家から補給物資が届くはず。それまではカップ麺で充分だ。鶏肉のから揚げも食いたいけど、月々の仕送り額を考えると贅沢はできない。


「沢田さん。こんにちは」

「……あ、木下くんか」


 レジの長い列に並んだら、ちょうど前の人が沢田さんだった。彼女は同じクラスで風紀委員をやっている美人さんだ。ノースリーブのシャツに短パンと、肌の露出が激しい夏ルックに身を固め、ゆるふわ茶髪ボブにメイクもバッチリ決めている。そこからも分かるように、うちの学校の風紀はとても緩い。


 沢田さんの手元にはスマホ。そこには見慣れたメニュー画面が映し出されていた。


「沢田さんもレガリアやってるの?」

「うん、一ヶ月前からね。木下くんも?」

「始めたところだよ」

「へぇ、パワーレベリングしてあげようか。サーバーどこ?」

「第四サーバー」

「あ! 一緒だね。あとでフレンド申請送ってよ」

「分かった。沢田さんのキャラネームは?」

「クリーム。木下くんのは?」

「こしあん」

「こしあんって! 何その適当な名前。バッカじゃないの?」


 クリームも似たようなものだろうと思ったけど、口には出さなかった。どっちもパンの中身だと思ったけど、あえて言わなかった。むしろクリームのほうが適当すぎるだろと思ったけど以下略。


 レガリアワールドオンラインの話題で盛り上がっていると、レジの順番が回ってきた。長蛇の列を見たときは辟易したけど、待ち時間なんて案外すぐに経過してしまう。沢田さんは購入した徳用トイレットペーパーを片手に持ち、キラキラした笑顔で僕の支払いが終わるのを待っていてくれた。


 女の子とトイレットペーパーのコラボが印象的すぎる。美人だし、スタイルもまあまあ良いし、クラスの中でも人気があるし、頭も悪くないし、運動神経もそこそこ。そんな彼女でもトイレに用事があるんだなと思えば感慨深い。僕はまだ女性に対して幻想を抱いている年頃なのに。


「沢田さんもレベルカンストしてる感じ?」

「つい最近ね。でもまだやってないクエストが残ってるけど」


 彼女はクエストをちゃんとこなすタイプのようだ。僕はあまりこなさない。はじまりの街の少ないクエストでさえ、まだ八割以上残ってる。ドロップアイテムの検証に時間をかけすぎて、肝心な部分がおなざりになってる感が否めない。


「じゃあ、ニャン太郎様って知ってる?」

「様って! あのフェンサー猫でしょ。検証班の」


 フェンサー(軽装備の素早い戦士)だったんだ。地平線のメモリー的なアニメが大好きなんだろうな。何なら名前から『郎』も抜きたいんだろうな。料理システムとかがあったら極めたいんだろうな。


「そう、その彼。お世話になってるんだ」

「はじまりの街で、初心者にアドバイスしてるもんね」

「やっぱり、そういう立ち位置の人なんだ」

「レベルカンストも早かったらしいし、暇なんじゃない?」

「そう言ってた」


 フレンドコールしたら、すぐに来てくれたし。


「ちなみに、ニャン太郎は『彼女』だけどね」


 今日一番の衝撃を受けた。あのアニヲタコスプレネコ神様は女性だったのか。まあでも、だからどうしたって感じだけど。

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