第10話

 何も売らずに道具屋を出て、さてこれからどうしようと冒険者ギルドの近くまで歩いた。新しいクエストを受けるのもいいけど、激レアアイテムの検証で戦い続けたから、しばらくはのんびりしたい。


「おや? また会いましたにゃ」

「あ、アニヲ……ニャン太郎さん、こんばんは」

「おはようの時間だにゃ」

「あはは……」


 二度と出会うことがないと思っていた、アニヲタネコことニャン太郎さんにまた出会ってしまった。この邂逅は運命なのか。


 彼は今日もネコのきぐるみに赤い靴。そして腰にはサーベルを差していた。そのサーベル、どうやってその位置に固定してるんだろう。


 あ、そうだ! お世話になったし、赤いマント(レッサーオークマント)を贈呈しよう。


「実はニャン太郎さんにプレゼントがあるんです」

「私にかにゃ?」

「これなんですけど、貰ってください」


 僕はアニオタネコをタップしてトレードを申し込み、レッサーオークマントを選択した。


「ん? えっ、このアイテムはなんだっ!」

「語尾」

「……失礼したにゃ。でもこんな珍しいもの、本当に貰って良いのかにゃ?」

「お世話になったニャン太郎さんに貰ってほしいんです」

「こしあんくんは義理堅いにゃ。感動にゃ!」


 ニャン太郎さんは感動に打ち震えたアクションをしながら、トレード欄に僕の知らないアイテムを入れてトレードを完了してくれた。さっそくレッサーオークマントを装備した彼は、くるっと回って決めポーズのアクションをとる。このアクションって動きは、チャット欄の下にいくつか用意されてるけど、僕は使ったことがない。


 何も装着していなかった背中部分のグラフィックが赤いマントに変わり、また一歩、完全な長靴をはいた猫に近づいたようだ。完全な長靴を履いた猫って何だ。


「レッサーオークマント……。こんなの本当に初めて見たにゃ」

「やっぱり珍しいですか」

「私はサービス開始直後からプレイしていて、今はLVもカンストしてるにゃ。攻略サイトも立ち上げてボスドロップの検証もしてたにゃ。でもこんなアイテムは知らないにゃ」

「喜んでもらって良かったです」

「……こしあんくん、私とフレンド登録するにゃ」


 画面に小さなウィンドウが出現し、《ニャン太郎さんからフレンド申請が届きました。 フレンドになる/フレンドにならない》とのメッセージが。


 ここで《フレンドにならない》を選択する勇気は僕にはない。個人的には選択して、どんな反応をするのか見てみたくもある。でもそれをしたら人でなしだ。


「ありがとにゃ。これで私たちはフレンドだにゃ」

「こちらこそ感謝です。初めてのフレンドですよ」

「それはめでたいにゃ。このアイテムの入手経路はマナーとして聞かないにゃ。でもまた珍しいものを手に入れたら教えてほしいにゃ」

「分かりました。じゃあこれも……」


 彼をもう一度タップして、今度はゴブリンリングをトレード申請してみる。さっきので慣れたのか、今度は驚かずに申請を受けてくれた。また僕の知らない、多分かなり先に行かないと入手できないアイテムをトレード欄に入れて。


「……君には驚かされるにゃ。効果を見るに序盤のアイテムにゃが、ふたつとも私は見たことがないにゃ」

「ドロップ率には自信があるんです」

「それだけが理由じゃない気もするにゃ。でも深くは聞かないにゃ。こしあんくんと知り合えて、私もまた検証魂に火がついたにゃ!」

「攻略サイトは命綱なので、僕が力になれたのなら嬉しいですよ」

「そう言ってくれると嬉しいにゃ。ちなみに私のサイトは【レガリアワールドオンライン 攻略最前線まったなし!】にゃ」


 僕がバイブルと崇めている攻略サイトだった。このアニヲタネコ、いや、ニャン太郎さん、いや、ニャン太郎様が神だったのか。恥ずかしいから、いつも見てますなんて言わないけど。


「じゃあまたです、ニャン太郎様」

「様? ああ、またにゃ」


 推しのアイドルと街中で偶然出会ってしまったときの挙動で、僕はそそくさと冒険者ギルドの建物に逃げ込んだ。ヤバい、神が身近すぎて心臓が止まらない。止まったら怖いけど。


 平常心を取り戻すまで五分くらいかかった。逆にいえば神に出会った感動は五分で失せたとも。まあネコだし、アニヲタだから仕方ないか。


「湖畔の洞窟に行く人、募集してまーす。シーフ以外で」

「オークの討伐クエスト、一緒にやりませんかー? シーフ以外で」

「橋の前にいる中ボスが倒せません。誰か手伝ってー。シーフ以外で」


 冒険者ギルドは賑やかだ。パーティを組みたい人で溢れている。シーフを仲間外れにする人も溢れている。まあシーフだしね。もし僕がパーティに参加しても、役に立たない自信があるから仕方ない。


 嫌われ者のシーフはソロでクエストでも受注しようかな。……っと、その前に。さっき貰ったアイテムを確認しておこう。



 プレリュード 物理攻撃力+60 スチール成功率20%アップ

 クインテット 物理攻撃力+80 攻撃回数+1



 おおぅ……。攻撃力の高さもさることながら、特殊能力もついている。これは明らかに序盤で入手できる武器じゃない。しかも両方、シーフが装備できる武器だ。ニャン太郎様は、僕がシーフだと当たりをつけて、これを贈ってくれたのか。さすが検証班、さすが慧眼、さすが神!


 僕は図らずも、わらしべ長者になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る