第3話
目が覚めるとそこは知らない草原……なんてことはなく、見慣れた自分の部屋だった。画面に目をやると、僕の作ったキャラが座りながら眠っている。鼻ちょうちんとZZz……のエフェクトを伴って。
どうやらスタート地点は街中のようで、通りには他のプレーヤーがたくさん動いている。そして画面右側にはナビゲーター役と思しき、メガネをかけた妖精少女が翅をパタパタさせて浮かんでいた。
口元から伸びるフキダシには『これで説明はおしまい。分かった? YES/NO』と書いてあることから、僕が寝ている間に頑張って色々と説明してくれたのだろう。
迷わずYESの箇所に触れると、妖精少女は一瞬で消え去った。どうせ大したことは説明していないと思う。それにこれ系のゲームは今まで飽きるほどプレイしてきた。多分、感覚で進められる。まずは街を探索してみよう。
グラフィックは中世の街並みを高レベルで再現していて、レンガ造りの美しい建物が通りに並んでいる。足元も綺麗な石畳で、移動するたびに『コッ、コッ』と足音まで再現された。とても演出が細かい。
ウロウロしていると剣のマークを旗に掲げた、明らかに武器屋っぽい建物を見つけた。こしあんは木の棒と布の服しか装備していない。こんな物でモンスターと戦うのは自殺行為だから、早急に買い換える必要がある。
武器屋に触れたが入店できない。それならばとキャラを突進させても跳ね返される。これは参った。あの妖精少女は大したことを説明していたようだ。
「あのー、すみません。どなたか武器屋の入り方を教えて下さい」
ボイスチャットをオンにして周囲に話しかけてみた。こしあんの頭上にフキダシが現れ、音声入力した文字が表示される。何この無駄な丁寧さ。悪くない、むしろ大好きだ。
「初心者かにゃ? まずはこの先の冒険者ギルドで登録するにゃ。そうしたら利用可能になるのにゃ」
近くにいた、赤い長靴をはいたネコのプレイヤーが答えてくれた。頭上に表示されているネームはニャン太郎。がっつりロールプレイにはまってるけど、親切な人みたいだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「困ったときは、お互いさまにゃ」
ニャン太郎さんは、片手を上げて颯爽と去って行った。画面の向こうで、語尾に『にゃ』をつけて喋っているのかと思うと微笑ましくなる。きっとアニメ大好き人間に違いない。二度と会わないだろうけど、アニヲタネコと命名しよう。
聞いた通りに冒険者ギルドへ行き、冒険者登録を済ませるとファンファーレが鳴り響く。
《街の施設が利用可能になりました》
《クエストが受注可能になりました》
《フィールドへ移動可能になりました》
冒険者登録をしなければ、何も始まらないところだった。このプロセスは必要なのかと疑問に思うけど、RPGなんてこんなものだ。村長の手紙を村人Aに届けるだけの簡単なお仕事で、何往復もさせられた末に戦闘が始まり、その敵に勝ってようやく手紙を渡せたなんて経験もある。それに比べると、どうってことはない。
とにかく装備を購入しようと武器屋に戻ったら、驚くほど抵抗なく入店できた。ここの店主は今まで何に怯えて、内側からがっちりロックしていたのだろうか。
《いらっしゃいませ。ここは武器屋だよ》
『分かってるわ!』と叫びたくなる台詞を店主が喋ると同時に、商品メニューが表示された。
鉄の剣 物理攻撃力+12 1000G
鉄の槍 物理攻撃力+14 1000G
鉄の斧 物理攻撃力+16 1000G
鉄の弓 物理攻撃力+12 1000G
鉄の杖 魔法攻撃力+15 1000G
鉄の短剣 物理攻撃力+8 1000G
装備できない武器の名称がグレーになっている。シーフが使えるのは、鉄の短剣だけだった。最も攻撃力が弱く、最も少ない量の鉄で作られている短剣が他と同じ価格なのは損した気分だ。
とはいえ選択肢もないので、鉄の短剣を購入。これで物理攻撃力は二倍になった。防具も買い揃えたいところだけど、如何せん今の所持金はゼロ。この『武器を買うために設定したスタート直後の所持金』感に、運営のしたり顔が見え隠れする。
何はともあれ、これで一応戦えるはずだ。そこには一瞬たりとも使わず、インベントリに直行した木の棒の存在意義はない。
キャラネーム こしあん
ジョブ1 シーフLV1
ジョブ2 なし
HP 35
MP 20
物理攻撃力 6+8
魔法攻撃力 2
物理防御力 5+1
魔法防御力 2
速度 20
幸運 25
ジョブ特性 アイテムドロップ率20%アップ
ユニーク特性 アイテムドロップ率30%アップ
ジョブスキル スチールLV1 罠解除LV1
武器1 鉄の短剣 物理攻撃力+8
武器2 なし
頭防具 なし
体防具 布の服 物理防御力+1
足防具 なし
装飾品 なし
SP 0ポイント
所持金 0G
敵と戦う、倒して経験値獲得、レベルを上げて強くなる。とどの詰まりRPGとは、その繰り返し。経験値という成長ホルモンを求めて、ひたすらバトルを繰り返す。いわば究極の単純作業。
でもそれに夢中となる人はとても多い。僕もそのひとりなので、はやる気持ちを隠そうともせず街の門からフィールドへ飛び出した。
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