僕の考えた最強でも最高でもない主人公オンライン

悠木 柚

 第一部

一章 不遇職でオンライン

第1話

 Massively Multiplayer Online Role-Playing Game。

 略してMMORPGは、インターネットを介してたくさんのプレイヤーが同時にプレイできるオンラインゲームのこと。


 従来型RPGとの違いは仲間が、タイトルによっては敵までもが、プログラムではない点だ。


【レガリアワールドオンライン】も、そんなMMORPGのひとつ。経営母体はなんと日本国で、いわゆる国営企業が運営に携わっている。その余りある信頼感で、ゲーム業界には新規参入なのにもかかわらず月額千円の課金制を取り入れていた。それとは別でインストールするソフトが七千円だから、初期費用は合計八千円。服を一着買うことを思えば気後れするほどの金額でもない。


 サービス開始から一ヶ月が経過し、ネット上にも好評価が多く書き込まれている。特に反応速度が素晴らしく、低スペックの端末でもサクサク動くらしい。攻略サイトも充実し始め、それを読んでいるうちに僕も【レガリアワールドオンライン】をやりたくなってきた。


 という経緯で、現在タブレット画面を前にキャラクターメイキングの真っ最中。なんだけど……。


《防御力アップ 7%》


「ダメだ」


《被ダメージダウン 4%》


「もう一回」


《経験値アップ 19%》


「【19%】か……いやいや、もっと上を目指すっ!」


 これがなかなかどうして、ゲーマー魂をくすぐる手強い仕様なのだ。このゲームではアカウント毎に、ユニーク特性と呼ばれる永続能力を設定できる。キャラメイキングの最初にやる作業で、一度決定すると変更できない。


 ユニーク特性は百種類以上あるらしく、その正確な数は一ヶ月経過した今でも謎のままだ。そしてユニーク特性の後ろにつく数字は効果量。【1%から30%まで】がランダムで表示される。当然、MAXの数値に近づくほど表示される確率は低い。


 数々のオンラインゲームを嗜んできたゲーマーとしては、『まあまあ良い』くらいの数値でゲームを始めたくない。目指すは有用なユニーク特性、そして最高の効果量。このふたつを上手くかみ合わそうとすれば、それ相応の時間が必要になってくる。とはいえ選択は回数制限なしで繰り返し実行できるから、リセマラ(リセットマラソンの略。目的の結果が出るまで、ゲームのインストールとアンインストールを繰り返す作業)の必要はない。いや……これがリセマラみたいなものか。


 そしてユニーク特性決定の作業をやり始めてから十時間ほど経過し、『もう20%以上なら何でもいいかな……』と心が折れかけたときに、その表示が出現した。


《アイテムドロップ率アップ 30%》


「……き、きた、最高値」


 長時間繰り返してきた単純作業の勢いで、やり直しボタンに伸びる右手の人差し指を左手で振り払う。行動を大きく阻害された右手は軽い肉離れの痛みを覚えたが、それくらい安いもんだ。粘りに粘って、ようやく出現した最高値。ここで結果をリセットしてしまえば、次に出るのはいつになるのか分からない。


 しかしこれは考えどころでもある。僕が狙っていたのは戦闘関連のユニーク特性だった。与ダメージアップ、被ダメージダウン、MP消費量ダウン。そんな明らかに強そうなものを望んでいたし、作業を始める前は『なんとかなる』と自信満々だった。それがフタを開ければドロップ率アップ。


 戦闘後に入手できるアイテムのドロップ確率が上がるのは非常に嬉しい。けれど戦闘自体には全く関係のないユニーク特性だ。ここは清水の舞台から飛び降りる覚悟で、結果をリセットすべきだろう。


 リセットすべきなんだ……。


 肉離れを起こしつつも勇敢に、やり直しボタンへと伸びる右手。その指先が震えているのは、何も痛みのせいだけじゃない。ユニーク特性設定を始めてから実際には十時間ほどの経過だけど感覚的には数日レベル。高校の夏休み中とはいえ、ずっと座りっぱなしで画面とにらめっこ。寝食も取らず、体力も限界に近い。そんなときに、ようやく出現した最高値。


 僕は、僕は……。それは無意識の行動だった。なけなしの理性が取らせた行動と呼べるかもしれない。


 気がつくと右手の人差し指は、やり直しボタンのとなりにある決定ボタンを触っていた。

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