第七音②

 鈴が不思議に思いながら教室の扉を開く。するとクラスメイトの何名かが鈴の姿に気付いてやってきた。


「鈴! 今回は大変だったみたいだね」

「ウワサになってるよ。王子のガチ恋にやられたって」

「そんなウワサがあるんだ……」


 鈴は初めて聞くウワサ話にウンザリ気味だ。しかしその後のクラスメイトの言葉に目を丸くすることになる。


「なんか、王子に助けられたんだって?」

「そうそう! その時に王子が手をあげたってウワサあったけど、あれ、真っ赤な嘘だって」


 正直その場にいたとは言え、気を失ってしまっていた鈴にはあの後の出来事は分からない。しかし、和真が女子に手をあげるような人間ではないことを鈴は知っている。


「で、そんな王子と鈴の関係なんだけど。付き合ってるってウワサもあるんだけど、実際どうなんよ?」

「え?」

「付き合ってるの?」


 真剣な表情のクラスメイトに、鈴はたじろぐ。しかしここで嘘を言ってもきっとろくなことにならないだろう。鈴はそう判断すると、小さく頷いた。


「……、うっそ」

「マジ?」


 鈴のクラスメイトたちが驚く。しかし鈴はそれ以上何も言えない。


「うわぁ! 鈴、マジなんだ!」

「王子のハートを射止めるなんて、やっるぅ!」


 何も言わない鈴に、クラスメイトたちがはやしたてる。鈴は苦笑いを浮かべながら自分の席へと荷物を下ろしに行く。その後ろをクラスメイトの女子たちがついてきては、鈴を質問攻めしていくのだった。

 そうして適当に鈴がクラスメイトの相手をしていると、教室内が一気に熱を上げた。何事かと鈴がキョロキョロとしていると、教室の扉の向こうに和真の姿があったのだった。


「あ、和真くん!」


 鈴がその姿に気付いて、和真のいる教室の扉へと近付く。背後では、


「本当に付き合ってるっぽい」

「王子を落とすなんて、やるな、鈴」


 そんなクラスメイトの声が聞こえてきたが、鈴は無視をする。


「和真くん、どうしたの?」

「今日から鈴が登校するって言うから、様子、見に来た。身体、どうだ?」

「ん、まだ痛むけど、いちばん痛いのは越えたと思う」

「そうか」


 鈴の言葉に和真がホッとしたような声を上げる。どうやら和真は鈴の姿がなかったこの数日、ずっと鈴の様子を気にかけてくれていたようだ。鈴はそれが伝わってきて嬉しくなる。


「今日、一緒に帰ろう」


 和真からの言葉に鈴が顔を上げる。和真は真剣な面持ちで鈴にもう一度、


「今日、一緒に帰ろう」


 そう言った。鈴は少し恥ずかしくなりながらも、頷くのだった。

 夏休み直前の月曜日からは、終業式のある水曜日までが午前中のみの授業だ。そして今日の授業では、鈴たちの期末テストの結果が渡された。

 すっかり忘れていた期末テストの結果ではあったが、鈴は無事に赤点を全教科回避することができ、夏休みの補習は免除された。それもこれも、みんなで勉強会をしたお陰だと、鈴は心の中で感謝する。

 そうして午前中の授業が終わった頃、鈴が帰り支度をしていると再び教室に和真が現れた。


「鈴」

「和真くん!」


 鈴がその姿に笑顔を向ける。和真はゆっくりと鈴の教室に入ってきて、鈴の席の傍に来た。


「手伝うか?」

「大丈夫だよ!」


 鈴の言葉に和真は、そうか、と答える。

 この時間になると、和真の暴力事件のウワサはかき消え、その代わりに鈴と和真が付き合っていると言うウワサが学年中に広がっていた。そのことが鈴は気になり、


「和真くん、なんか、ゴメンね?」

「何が?」

「私たちの、ウワサ」


 鈴の言葉に和真は何事かを考える素振りを見せ、


「気にするな。事実だ」


 そう断言した。鈴にはその断言がなんだか恥ずかしくなる。しかしその反面、嬉しくもあるのだった。




 そうして季節は進み、梅雨明け間近なこの時期は一気に学校中の雰囲気が夏休みモードへと変わっていく。夏祭り、花火大会、大和ではないがみんなそんな夏のイベントに浮き足立つ。

 鈴たち『ルナティック・ガールズ』も、夏の一大イベントとなるガールズバンドコンテストの本選に向けてのミーティングをする。

 ファミリーレストランへとやって来た『ルナティック・ガールズ』の三人の他には、何故か大和と和真の姿もあった。

 この頃になると、五人で一緒にいるのが当たり前のような雰囲気になっている。


「本日の議題は、『東京に行くための資金集め』です!」


 ドリンクバーで飲み物を各々用意した五人は、テーブル席で鈴の言葉を聞いていた。

 ガールズバンドコンテストの映像予選を通過した『ルナティック・ガールズ』のメンバー三人だったが、問題は本選となる東京会場までどうやって資金を集め、何の交通機関で行くのか、だった。


「やっぱ、バイトしかないよね……」

「バイトかぁ……」


 琴音の言葉に鈴がジンジャーエールを口に含みながら言う。

 正直、今までアルバイトをした経験などない。それに、一般的なアルバイトだと今からでは本選までに間に合わない。そうなってくると、日雇いのアルバイトを探さなくてはいけないのだが、


「日払いのバイトって、なんか、怖いイメージ……」


 鈴の言葉に男子二人もうんうん、と頷いている。

 高校生にとって、日払いのアルバイトは敷居が高く感じられるのだ。それでもやらなくては資金がない。


「と、とりあえず、格安で東京に行くための交通機関、決めよう!」

「そうだね!」


 鈴たちは現実逃避をするかのようにスマートフォンを取り出す。そうして地元から東京までのルートを検索したのだった。

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