第五音⑥
『そのためには、琴音の協力が必要なの!』
カノンにそう言われた琴音は嫌な顔一つすることなく鈴への協力を約束してくれた。
『私は何をしたらいいの?』
『とりあえず、小林くんの服の好みとか、知らない?』
琴音の言葉にカノンが何の飾り気もなく返す。それを受けた琴音は、んー、としばらく考え込んだのだが、
『和真くん、そう言うの多分、無頓着だと思うよ?』
『言われてみたら、確かに……』
『強いて言うなら、似合っている服が好きだと思う』
琴音の言葉にカノンはスマートフォンに映っている鈴のクローゼットの中を見た。それから鈴に、どんな服装でデートに行こうと考えているのかを尋ねた。しばらく鈴が自分のクローゼットの中と睨めっこをし、用意した服は黒のスキニーパンツに黒のタンクトップだった。タンクトップの肩口には申し訳程度の黒のフリルがあしらわれており、フロントには大きくロックプリントがされている。
それを見ていた琴音とカノンは、
『鈴ちゃんらしいコーディネートだね』
『黒ずくめ……』
二人の反応はそれぞれだった。特にカノンは鈴の用意したコーディネートに不満そうである。
『鈴、デートよ! 初デート! もっとこう、カワイイ色とかにできないのっ?』
「えぇっ?」
カノンの言葉に鈴が声を上げ、自分の出した服を見て悩む。確かに今目の前にある服たちは、初デートのコーディネートとは言いがたい。鈴がどうしたものかと悩んでいると、
『鈴ちゃん、ショートパンツとか持ってる?』
「あるよ」
『手持ちのショートパンツに大きめシャツとか合わせると、可愛いかも!』
「オーバーサイズって、持ってたかなぁ……」
琴音の提案に鈴はクローゼットの中身を漁った。ショートパンツはすぐに見付けることが出来たのだが、
「琴音……、オーバーサイズのシャツ、ない……」
やはりそう、すんなりとはいかなかった。
鈴の持っているショートパンツも色は黒で、足の出る部分は布が切りっぱなしになっている。それを見ていたカノンは、
『鈴は、白の薄手パーカーとかないの?』
「パーカー……、あっ!」
何かを思い出した鈴がクローゼットの中から引っ張り出してきたのは、前を締める形の白のフード付パーカーだ。薄手の長袖パーカーであるこれは、丈もお尻をすっぽりと隠してくれる。フードのところはウサギの耳を模した布がついており、左胸元には小さくシルバーのウサギがプリントされていた。
『そのパーカー、カワイイ!』
『いいじゃん!』
琴音とカノンのテンションが上がったのが伝わってくる。それからインナーは先程鈴が用意した黒のタンクトップに決まった。その後も三人は、その衣装に合うメイクや髪型を、あーでもない、こーでもない、と話し合っていくのだった。
翌日の朝になり、鈴は前日にカノンと琴音に協力して貰って決めた服に袖を通していた。髪はヘアアイロンを使って毛先を少し内巻きにしていく。前髪にもしっかりとヘアアイロンをあて、最後にヘアワックスで髪型を整えた。
そんな髪型と服装に合わせたメイクは、ピンクで統一されている。ピンクのアイブロウとマスカラを使い、アイシャドウもピンク系で上下を囲んでいる。リップも唇がつやつやに見える薄いピンクではあるが、チークを入れないことで顔全体が厚化粧っぽいケバさを感じさせない。それどころかチークがないだけで透明感がある。
鈴はこの準備にたっぷり一時間以上をかけて気合いを入れたのだが、出来上がった鏡の向こうの鈴に、初デートだからと気負った雰囲気は見られない。これなら和真に気を使わせることもないだろう。
「よしっ! 完璧!」
鈴もそのできばえに満足しているようだ。それから鈴は必要最低限のものが入ったミニバッグを持って家を出るのだった。
梅雨入りしたての空とは思えないほどの快晴な今日は、見事にデート日和と言ったところだ。外は今日も暑くなりそうで、そんな中最寄り駅へと向かう鈴の足取りも自然と軽やかになる。ICカードを取り出して改札をくぐる。そこでスマートフォンで時間を確認すると、まだ電車が来るまで少し時間があった。
鈴はなんとなくメッセージアプリを開いて和真からのメッセージがないかを確認してしまうのだが、和真からは何も届いてはいなかった。自分から何かメッセージを送った方が良いかと考えているうちに電車がやって来る。
(メッセージは別に、送らなくてもいっか)
鈴はそう結論づけると電車に乗り込み、学校の最寄り駅を目指すのだった。
学校の最寄り駅に到着した鈴は急いで改札を抜ける。改札を抜けたすぐ先には白っぽいグレーのロング丈タンクトップに緑の迷彩柄のパンツ、黒のシンプルなリュックを身につけた和真が立っている。背の高い和真は日に焼けた肌も相まってモデルのようだ。
「おはよう、和真くん! 待たせちゃった?」
鈴はそんな和真に小走りに近付くと見上げて言う。和真は鈴の方を見ると軽く目を見張った。そのまま黙っている和真に、
「和真くん? 怒ってる?」
鈴の問いかけに和真ははっとして口を開いた。
「悪い。おはよう、鈴」
和真はそう言うとふわりと笑顔になった。その柔らかな表情を見た鈴の心臓がドクンと跳ね上がり、顔が一気に熱くなってくる。上気する顔を見られたくなくて、鈴は顔を和真から逸らしつつ、早口でこう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます