第三音⑥
「私、あんな人たちに負けてるなんて、絶対に認めない。だから今起きていることは絶対に、いじめなんかじゃない」
鈴の主張はへりくつやこじつけに聞こえなくはない。しかしこう考えなければ、彼女は自分を保つことが出来ないのだろう。
大和はそんなことを考えると、鈴にごめん、と謝った。
そうしてしばらくすると、学年主任の先生の前に琴音の担任の先生が現れた。
「アイツ……!」
鈴は現れた先生を見て、つかみかかる勢いだ。
「鈴」
「カノン……」
「落ち着いて」
鈴はカノンに肩を掴まれる。そこで鈴は浮かせた腰を落ち着かせることができた。琴音のクラスの先生は、どうやら学年主任の先生に呼び出されたようだ。そこで学年主任は担任の先生と何やら話し込んでいる。担任の先生はペコペコと頭を下げているのが見えた。
「何あれ」
鈴はその様子に蔑んだ視線を送る。そうしてしばらく様子を見ていると、学年主任の先生が鈴たちの方を見て手招きをしてきた。
「行こう、鈴、琴音」
カノンの言葉に二人は先生たちのところへと歩いて行く。
「先程の話の事実確認を行った。……事実と言うことだ」
「清水さん、気付いていながら何もできず、申し訳ない」
「何もしなかったんでしょ?」
鈴の言葉に謝罪を口にしていた担任の先生がグッと押し黙った。
「最低ですね、先生」
カノンもそんな黙ってしまった先生に思わず恨み言を吐き出してしまう。
「帰りのバスには先生も同乗する。それで今日のところは様子を見よう。今後の対応については学校に戻ってから考える。それでいいか?」
学年主任の先生からの言葉に鈴は渋々頷いた。もとより今の今、解決出来るような問題ではないことくらい鈴にも分かっている。ここでこれ以上何かを言ったところで事態が好転することはないだろう。
「帰りの時間までまだある。君たちは一緒に行動していいから、今日という日を精一杯、楽しみなさい」
「分かりました。ありがとうございます、先生」
学年主任の言葉に琴音がはっきりとした声でお礼を言った。
「鈴ちゃんとカノンちゃん、大和くんも、ありがとう。行こう」
琴音のこの言葉に促され、四人はこの場を後にするのだった。
それからの時間、鈴とカノンは琴音と共に帰りの時間まで一緒に行動した。大和は三人の邪魔になるからと言って、自分のクラスの班へと戻っていった。三人は昼間の空気を壊すかのように乗れるだけの乗り物に乗り、遊園地の遠足を楽しんだのだった。
そうして過ごす楽しい時間はあっという間に過ぎていき、帰りのバスの時間になった。鈴とカノンは自分のクラスのバスに乗る前に琴音のことを心配し、琴音のクラスのバス前までやって来た。
「本当に大丈夫? 琴音」
「大丈夫だよ。二人とも、今日はありがとう」
そう言って笑う琴音の表情は今までのものと違ってどこか晴れやかだ。
「ほら、お前たち。自分のクラスのバスに戻れ。いつまで経ってもバスが出発できないだろう?」
外で琴音と話していた鈴たちに、約束通り姿を現した学年主任が声をかけた。鈴とカノンはそのことに少し安堵し、
「じゃあね、琴音」
「次は学校でね」
それぞれそう琴音に声をかけると自分たちの乗るべきバスへと戻っていくのだった。
さて、帰りのバスの中では突然自分たちのバスに乗り込んできた厄介な学年主任の登場に少々ザワついていた。中でも琴音の班の女子たちは、先生たちに聞かれないようにコソコソと耳打ちをして会話をする。
「何でアイツがウチのクラスのバスに乗ってくるのよ?」
「なんかぁ、清水のヤツがチクったらしいよ?」
「はぁ? マジ、考えられないんだけど」
リーダー格の少女は自分の前の座席に座っている琴音に鋭い視線を投げた。琴音はその視線を感じ、背中が薄ら寒くなるのを覚える。
(ダメ! 私も堂々としなくちゃ……!)
琴音はそう思うものの、しかし萎縮してしまった身体はなかなか思い通りには動いてくれない。琴音は膝の上できゅっと両手を握りしめる。顔を上げることもできずにただただ背後からの悪意に耐えていると、
「お前ら、いい加減うるさいぞ。疲れて寝てるヤツもいるんだ。人への配慮をできるようになれ」
頭上から声が降ってきた。その声に弾かれたように琴音が顔を上げると、そこには学年主任の姿がある。相変わらず生徒を威圧するような態度に見えるものの、琴音はそれが自分のためであることを知っていた。
「いいか? 人に気を配れ。小学生じゃないんだ。今がどうすべき時なのかしっかり見極めろ。分かったなら、黙りなさい」
「はーい……」
学年主任に注意されたリーダーの少女とその話し相手たちは、渋々了承の返事をするとその後は黙ってバスに揺られるのだった。
春の遠足を終えて数日が経った。
琴音を取り巻く環境が大きく変わることはなかったのだが、それでも学年主任の先生に目をつけられたためかリーダーの少女やその取り巻きからのイヤガラセは回数を減らしているように感じられる。
「とはいえ、完全に収まるまではまだまだ時間がかかる、かぁ……」
昼休み。鈴とカノンは琴音と共に教室棟の隣にある特別教室棟に来ていた。その中にある音楽室へと向かっていたのだ。
学校生活が普段通り流れ始めたのだが、三人は遠足に行く前よりも一緒にいる時間を意識して多く取るようになった。
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