第三音

第三音①

 それから数日後。

 全国に尾形健悟逮捕のニュースが流れた。尾形は芸能界に憧れている少女たちばかりに声をかけ、わいせつな行為を行う常習犯だったのだ。

 そんな尾形逮捕の知らせに賑わったのも一瞬で、鈴たち『ルナティック・ガールズ』の関心事はあの日の帰りに突然の告白をしてきた、和真とそれを受けた鈴についてだった。

 放課後、スタジオ練習に向かう道中の地下鉄内のこと。カノンはギターを担ぎ直す鈴へと問いかけた。


「ねぇ、鈴。あれから小林くんとはどうなってるの?」

「へっ?」


 カノンの口から唐突に飛び出した和真の名前に、鈴の口からは変な声が上がってしまう。それからあの時、鈴に気持ちを告げてきた和真の視線を思い出し、ボッと顔が上気してしまうのだった。

 そんな鈴の様子を見たカノンは呆れたようにため息を漏らすと、


「その様子じゃ、進展はなし、か」

「だっ、だって、私! 和真くんのこと、全然知らないし……」


 カノンの言葉に慌てて返す鈴の言葉尻は、小さくなっていく。そんな鈴へ琴音の冷静な声が降ってきた。


「小林和真、十七歳。五月三日生まれのO型。身長は一七六センチで得意科目は体育。小学生のときから続けている空手は、今では有段者。こんなところかな?」

「琴音……、詳しいね……」


 琴音がスラスラと語った和真についての詳細なプロフィールに、カノンはやや押され気味だ。


 琴音と和真は中学から一緒だった。どういう訳か琴音は、無口で表情をあまり変えない和真とウマが合い、よく話す間柄になっていった。和真は中学時代から目立つ存在で、女子たちからの注目を一身に受けており、そんな和真とお近づきになりたい女子から琴音は和真について聞かれることが多かったのだ。そんな経緯から琴音は和真のプロフィールをテンプレートのように話せるようになってしまったのだった。


 会話をしているとあっという間に地下鉄は、三人が普段練習しているスタジオ近くの駅へと到着した。三人はそれぞれ、ICカードを手に電車を降りる。地下鉄の駅から地上に出ると、今日もいい天気で外は眩しい。

 暖かくなってきた五月の陽気の中、三人は賑やかにスタジオへと向かう。その道中で鈴は、気になっていたことを琴音に尋ねた。


「琴音はさ、和真くんのこと、好き、じゃないの……?」

「好きだけど、鈴ちゃんが思っている好きとはちょっと、別物かなぁ……」

「どう言う意味?」


 鈴の疑問の声に琴音は、んー……と考える素振りを見せると、


「私、鈴ちゃんもカノンちゃんも大好きなの。和真くんへの好きは、そんな二人への好きに近い感覚って言ったらいいのかなぁ?」

「つまりは、恋愛感情とは別ってことね。鈴、良かったね!」


 琴音の言葉にカノンが続ける。カノンの最後の言葉に鈴は何も言えなくなってしまうのだった。

 そんな話をしているといつものスタジオへと到着する。三人は慣れた手つきで機材の用意を始め、普段通りの練習を行っていく。合わさっていく音の感覚は何ものにも代えがたい一体感を三人に与える。

 そうして一時間、大きなトラブルもなく練習を終えた三人は後片付けも手慣れたもので、手早く片付けをしてスタジオを後にした。

 この時、鈴とカノンは知らなかった。琴音のクラスで何が起きているのかを。




 それは去年の文化祭までにさかのぼる。

 『ルナティック・ガールズ』のデビューライブとなったこの日、三人のステージは大盛況の中、幕を下ろした。初ステージで多くの人に観られ、演奏を聴いて貰えた三人はライブ後も興奮が冷めなかった。


「ねぇ、二人とも。これからもバンド、続けていかない?」


 ライブ後に出た鈴のこの言葉に反論する者はおらず、三人は翌年の文化祭もステージに上がりたいと考えるようになっていた。文化祭だけではない。いずれ小さくてもいいからライブハウスでまだ見ぬ人々に自分たちの演奏を聴いてもらいたいと感じるようになったのだった。そのためにも三人は日頃からの個別練習に加え、週に一度のスタジオ練習を欠かすことはなかったのだった。


 そんな、一見すると華やかな『ルナティック・ガールズ』たちの明るさの裏には濃い影ができるもので、それは歪んだ羨望となり彼女たちを襲ってきた。とは言っても一年生の時は三人とも同じクラスだったためそんな影は瞬時に跳ね返すことができたのだが、春休みが開けた四月、三人はバラバラのクラスになってしまった。

 明るく黙っていても目立つ鈴と、黙っていると周囲に怖い印象を与えるカノンには、影も近づいては来なかった。二人はそれぞれ自分たちのクラスでもうまく人と付き合ったり、自分だけの時間を有意義に過ごしたりと、それなりに休憩時間を楽しむことができた。しかしおっとりした性格の琴音だけは違ったのだった。


 影は、鈴とカノンが相手では分が悪いと感じ、その矛先を琴音にのみ向けることとなる。最初は軽い無視から始まった。琴音も気のせいだと思っていたのだが、その無視も次第にエスカレートしていくこととなる。琴音が先生から指名され、間違った答えを言ったり、何かしら小さなミスを犯したりすると、彼女たちは指をさしてクスクスと嘲笑を浴びせてくるようになっていったのだ。

 さすがの琴音でもこのあからさまな悪意に気付かないわけもなく、クラス内では完全に孤立することとなった。

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