第一音⑥
「お疲れ様、大和くん」
「大和、お疲れ」
二人は大和の方を向いて言う。大和は興奮冷めやらぬ様子で、矢継ぎ早に口を開いた。
「三人ともスッゲーな! こう、音の洪水って言うか、やっぱり去年の文化祭の時も思ったけど、生音の圧力って言うの? スッゲーわ!」
「ありがとう」
大和の言葉に琴音がふんわりと微笑んで答える。カノンはと言うと、自ら使ったドラムセットの片付けを行っていた。大和はそんなカノンの傍へと行くと、
「なぁなぁ、カノン。コメントにもあったけど、大会とかは出ないのか?」
「大会? 何の話?」
カノンは片付ける手を休めることなく大和へと返答する。大和はカノンへ自分のスマートフォンの画面を、ほれ、と言って見せつけた。そこには先程の、夏のガールズバンドの大会について触れたコメントの、スクリーンショットが映し出されていた。
それを見たカノンは先に楽器の片付けを終えてカノンの手伝いをしていた鈴を呼んだ。
「すーずー! 大和がスクショしているこのコメント、何のことだか分かるー?」
「えー?」
鈴も片付けの手を止めると大和のスマートフォンの液晶画面を覗き込んだ。
「……、わかんない。帰りに調べてみる」
「頼んだ、鈴」
「カノンちゃん、鈴ちゃん! 時間、過ぎちゃう!」
琴音からの言葉に二人は、ヤバっ! と言うと急いで残りの片付けを行うのだった。
それから無事に時間内で片付けを終えた三人は、大和と共に音楽スタジオを後にした。スタジオから出た瞬間に四人の頬を五月の爽やかな風が撫でる。日の入りの時間が近いため、ビル群の向こうに見える西の空は燃えるような赤へとゆっくりと変化していくのだった。
四人はそのまま真っ直ぐ地下鉄の駅へと向かう。ICカードを使って改札を抜けると、人の列へと並んで地下鉄の電車を待つ。そんな中鈴がスマートフォンを取り出して何やら検索を始めた。
「見付けた。カノン、琴音、これ見て」
「なになにー?」
鈴にスマートフォンを突きつけられた二人が液晶画面を覗き込んだ。そこには『ガールズバンドコンテスト』と大きな文字で見出しが躍っている。
「これ、さっき大和が見せてくれた、リスナーが言ってた大会?」
「多分」
「高校生限定で、ガールズバンドが対象のコンテストって書いてあるね」
「なんか、面白そうじゃない?」
三人はキャッキャッと楽しそうに会話を弾ませていく。どうやらこの大会への出場に前向きなようだ。
「じゃあ、このサイト、二人にも送るね!」
鈴はそう言うと手慣れた様子でカノンと琴音へコンテストの詳細ページを送った。メッセージを受け取った二人はそれぞれ自分のスマートフォンを取り出し、その画面を見つめようとする。
「三人とも、そろそろ電車、来るよ」
コンテストの詳細ウェブサイトを見ようとしていた三人へ大和が声をかける。確かに駅のホームには間もなく電車がホームへ到着する旨を、駅員のアナウンスが告げていた。
四人はホームに滑り込んできた地下鉄に乗った。帰宅ラッシュの電車内に座れる席などもちろんなく、四人は扉付近で立って再び自分のスマートフォンの画面を見つめる。
ガタンゴトンと揺れる電車の音以外、物音や話し声がしない車両の中では四人以外の大多数の乗客が、四人同様にそれぞれスマートフォンを眺めている。それはどこか異様な光景なのだが、これが当たり前の日常になっている四人はその異様さに気付かない。
地下鉄に乗って数分で四人は電車の乗換駅に到着した。この駅で多くの乗客が吐き出され、電車内の静寂が嘘のように人々の喧騒が戻ってくる。まるで今まで息を止めていたかのように呼吸を始めた駅のホームの、喧騒の中に四人も降り立ち、改札を抜けてから地上へと続くエスカレーターに並んだ。そこでようやく大和が口を開く。
「さっき話していた大会、出る気なの? 三人は」
大和の問いかけを受けた三人は互いの顔を見やった。三人は先程の地下鉄の電車内で、ガールズバンドコンテストの募集要項について黙読していた。
そこには予選があり、その予選は映像審査であること、その予選を通過したバンドだけが、本戦会場となる都内へと行けることになることなどが書かれていた。また、応募については学校側の許可も必要であることも書かれている。
「本選にもし行けちゃったら、都内まで行かないといけないんだよね?」
「そうみたい」
「都内かぁー。地方民には遠い場所だよね」
三人はそれぞれに口を開いた。
そうなのだ。カノンや琴音、鈴の住んでいる地域は地方のため、東京まで行くとなると夜行バスや新幹線を使うことになる。毎月のスタジオ練習台でお小遣いが火の車の三人にとって、都内まで行くための交通費を捻出するすべが思いつかないのだった。
「これは一度、ママに相談かなぁ……」
鈴の言葉にカノンと琴音も異論はない様子だ。そんな会話を聞きながら大和は、
(こっそり出すだけ、出しちゃえばいいのに……)
そんなことを思っているのだった。
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