第一音⑤
音楽スタジオに到着した三人は手慣れた様子で演奏の準備に取りかかった。大和はそんな三人の邪魔にならないように部屋の隅に立っている。
鈴はカノンと琴音の用意が出来たのを見計らって生配信の準備を行う。スクールバッグの中から折りたたみのスマートフォン用のスタンドを取り出すと、その上に自身のスマートフォンを置いてカメラのアングルを調整していく。
「平野くん、そこに居ると映り込んじゃうからこの後ろに来て」
「えーっ?」
「いいから、鈴の言うとおりに動く!」
「へーい……」
鈴とカノンから注意された大和は渋々と言った様子でカメラの後ろへと移動した。それを見た鈴が自分の後ろに控えているカノンと琴音を振り返る。
「準備はいい? 二人とも」
鈴の言葉にカノンと琴音の二人も神妙な面持ちで頷く。物音が一切しなくなったスタジオの中で、鈴が配信開始のボタンを押した。
「皆さん、こんにちは! 『ルナティック・ガールズ』のギターボーカル、鈴です!」
緊張感が張り詰めるスタジオの中で鈴の声だけが響く。
「今日は皆さんに、私たち『ルナティック・ガールズ』の生ライブをお届け致します! まずはメンバー紹介!」
鈴は身体を少しずらすとベースの琴音、ドラムのカノンの順に紹介していく。紹介された二人はそれぞれ笑顔で手を振って答えた。
「じゃあ早速、ライブの方を始めて行きます。良かったら最後まで、楽しんで行ってください!」
鈴は明るくそう言うと自身のポジションへと戻り、スタンドマイクの前に立つ。それからカノンと琴音に目配せをする。カノンがその視線に頷くと、ピンと張り詰めた空気のスタジオ内にカノンのドラムスティックを合わせる音が響いた。
リズム良く打ち鳴らされたドラムスティックの後、すぐに鈴と琴音の音色が重なった。一気に訪れた音の圧力に驚いたのは、彼女たちの正面に立っていた大和だった。
大和は手持ち無沙汰な様子でいじっていたスマートフォンから思わず顔を上げ、三人の演奏に見入っていく。
前奏が終わると、鈴がマイクの前で口を開く。その歌声は力強く、聞くものを圧倒していく。スタジオ独特の音の響きは、三人の演奏する音の粒には少し窮屈なのではないか。そんなことを大和に感じさせていた。
(すっげぇ……。やっぱりカッコいいな)
そんなことを思う大和は、ポカンと開いた大きな口を閉じることを忘れてしまう。
カノンのバスドラムと琴音のベースの音が大和の肺の中の空気を震わせ、鈴のギターと歌声が華やかさをプラスしていく。勢いの良いアップテンポなロックの音色に包まれ、あっという間に十五分弱が過ぎ、三曲の演奏が終わった。
そこで三人はそれぞれ、事前に用意していた水を口に含み喉を潤していく。水を飲んだ鈴は一度スマートフォンの前にやって来ると、コメントの確認をした。そこには、
『鈴ちゃんの声、ヤベェ!』
『ドラムテク、どうなってんの?』
『ベースの子、カワイイ』
などなど、好き勝手なコメントが流れていた。そんなコメントをザッと確認した鈴は、
「みんな、コメントありがとう! ライブの楽曲も残すところあと二曲です。最後までよろしくー!」
そう言って画面に手を振ると元のポジションへと戻っていった。
そうして宣言通り二曲のオリジナル曲を披露し、ライブは終わっていく。最後の一音を奏で終わったとき、再びスタジオ内を静寂が包んだ。生配信のコメント欄は、
『88888』
『アンコール! アンコール!』
この二つで埋め尽くされていくのだった。
鈴は再びカノンと琴音の顔を見ると、やりきった安心感からにっこり微笑んだ。それを見たカノンと琴音も柔らかく微笑み返す。
それから三人は揃って鈴のスマートフォンの前に行くと、
「改めまして! 私たちが『ルナティック・ガールズ』です! メンバーに改めて自己紹介をしてもらいます!」
そう言った鈴の言葉に琴音、カノンの順で軽い自己紹介を行っていった。それから始まった雑談の時間にはリスナーからの質問を鈴が拾い、カノンと琴音が答えていく。
ライブの緊張感から解放された三人は終始笑顔である。ライブ中のピリピリした空気はなくなり、そこには年相応の少女たちの姿が映し出されていたのだった。
そうしてあっという間に一時間のスタジオライブが終わっていく。配信開始時には硬い表情だったカノンと琴音も今は笑顔だ。鈴がライブ配信の締めの言葉を口にする。
「今日はたくさんの人たちに私たち『ルナティック・ガールズ』を知っていただけて嬉しいです、ありがとう! 次はいつ会えるか分かりませんが、また次回もライブ配信をやりたいね。ね?」
最後の言葉はカノンと琴音に向けたものだ。鈴の言葉を受けた二人は笑顔で頷いた。
『夏のガールズバンドの大会には出場しないの?』
その時一件のこんなコメントが流れたのだが、お喋りに夢中だった三人は気付かない。
「それでは皆さん! また次回、お会いしましょう! 『ルナティック・ガールズ』でしたぁ!」
鈴のこの言葉で生配信は終了した。配信停止ボタンを押した鈴はカノンと琴音の顔を見ると、
「終わったよ! お疲れ様、二人とも!」
「お疲れー」
「お疲れ様。はぁ~、緊張したぁ~……」
鈴の言葉にカノンと琴音がそれぞれ返す。それを見ていた大和も、
「三人ともお疲れ!」
両手を叩きながら三人の元へと近寄った。鈴はそんな大和をチラリと見やっただけですぐにスマートフォンとスタンドの片付けに入っていく。そんな鈴の様子に琴音とカノンは苦笑する。
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