ゴーストと遊園地

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 どうやら由美はデスゲームに巻き込まれたようだ。


 頭に巻かれた包帯を触る、ストレスもあってか、患部がずきずきと痛んだ。


 由美はなぜか、気が付いたら大勢の他人達と共に遊園地に放り出されていた。


 そんな由美達の前には看板がある。


 そこには、自分達が参加するデスゲームのルールが書いてあった。


 最後の一人になるまで、この遊園地で生き残らなければならないらしい。


 鬼役として、真っ黒なゴーストが放たれるから、由美達はそれから逃げなければいけない。


 と。


 すると。


「ゴーストが出たぞ!」


 男の人の声が、聞こえる。


 遠くに不気味な黒い塊が見えた。


 それは、ゆらゆら揺れて、本物のお化けみたいだった。


 集められた見知らぬ他人達は、ゴーストを見て悲鳴を上げ、クモの子を散らすように逃げていった。


 しかし由美は出遅れて、ぼんやりしていた。


 逃げる理由がなかったからだ。


 けれど、その手を誰かがつかむ。


「一緒に逃げよう」


 男性だ。でも、知らない人だった。


 その人物がどうして由美を助けるのか、分からなかった。






 ゴーストから逃げ続ける由美達には、ある使命が課せられる。


 特定の遊園地のアトラクションに参加して、かがり火を手に入れなければならないらしい。


 七色のかがり火を持った状態で最後まで生き残らなければ、生存できないとか。そういうルールだ。


 お化けは光が怖いとか、そういう話だろうか。


 かがり火はマッチ棒みたいな小さい棒についている。


 専用の器具に収納できるので、それで楽に持ち運べるらしい。


 そうして七つのかがり火を集めて最後の一人になった人間は、ご褒美に何でも願いを叶えてもらえるらしい。


 けれど由美には、叶えてほしい願いなどなかった。


 なぜなら、生きている事に絶望していたのだから。


 陰湿な職場のいじめが脳裏に浮かぶ。


 上司に口答えをした職員の末路は悲惨だった。


 デスクで作業する事が出来なくなった由美は、もうかれこれ一か月以上会社に行く事ができないでいる。


 けれど、由美の手を掴んでゴーストから助けた男性が、由美を生かそうとする。


「逃げて、生き続けるんだ。君が死んだら、僕も生きてはいけない」


 彼の名前は卓也というらしい。


 顔も名前も知らない人間なのに、由美はどうしてそこまでしてくれるのだろうと不思議に思った。







 遊園地では、様々なアトラクションが動いていた。


 何も喋らない係員が動かしている。


 客はいなくてガラガラなのに、由美達だけのために動いているアトラクションは、騒がしいのに奇妙な静けさがあって、不気味だった。


 そんな中で由美達は、ジェットコースター、ミラーハウス、コーヒーカップをクリアしていった。


 ジェットコースターは、ただ乗るだけでよかった。


 乗っている最中に、どこに指定のポイントがあるかチェックするだけだったから楽だった。


 ミラーハウスは、迷子になった。


 由美が方向音痴だったのもある。


 一人では、クリアするのにかなり時間がかかっただろう。


 卓也が手を繋いでアシストしてくれなければ、危なかった。


 コーヒーカップは、ずっと一手の速度以上で回さなければならなかったのでつらかった。


 遅くなると電撃が座席に走って感電死してしまうのだから、なおさら。


 明日が来たら、腕が筋肉痛になる事は確実だろう。





 途中で、休憩ポイントなのかゴーストが来ない場所で、軽食をとる事ができた。


 緊張の連続と、疲労もあって、空腹に耐えかねていたので大いに助かったが。


 生きる事に絶望していた由美が、生きる為に食事を積極的にとるようになった。


 そんな変化には、ほかならぬ由美自身が戸惑っていた。


 そんな由美を見た卓也は「ゆっくりでいいんだ。ゆっくり傷を癒していけばいい」と優しく声をかけてくれる。


 由美はずっと気になっていた事を卓也にたずねた。


 卓也は動揺しなかった。


 由美をまっすぐ見つめる。


 だから、彼の口から紡がれる言葉に嘘はないと思えた。


「どうして私を助けてくれるの?」

「君を見捨てられなかったからさ」


 と、応えた卓也は「君と僕は同類だから」と包帯を巻かれた腕を見せた。


 そして、彼は由美の頭に巻かれた包帯を示す。


 その包帯は、数日前のけがが原因だった。


 病院で処置されなければならない怪我。


 自分で自分を傷つけたもの。


「病院で一度顔を合わせた事がある。席を譲ったよ。それだけだったから君は覚えていなかったようだけれど、その時につきそいの人との会話を聞いて、察するものがあったから」


 そう言われると、確かにそんなような事があったような気がする。


 けれど、包帯に触りながら脳裏に思い出した光景は、ぼんやりとしていた。


 そうなるとつまり、彼も生きる事に絶望していたのだろう。


 それは傷のなめ合いだったのかもしれない。


「貴方も同じ辛さを味わったのね」


 だが、身内以外理解者のいなかった由美には、それが小さな救いに感じられた。


 おそらく卓也も同じなのだろう。


「少しだけなら、生きてみてもいいって思えるようになったわ」

「それなら良かった」


 集めたかがり火は四つ。


 後は三つだった。






 その後、由美はお化け屋敷・メリーゴーランド・観覧車の順番に回っていった。


 脱落する者達が増えてきたせいか、後半になるにつれてゴーストに見つかる回数が多くなった。


 お化け屋敷では、ゴーストと大してかわりのないお化けにまとわりつかれながら、かがり火を探す事になった。


 メリーゴーランドでは制限時間内に、回る舞台の上でいくつもの偽物の人形の中から、本物の人形を探す事になった。


 観覧車では謎をといて正解の数字を出し、ペンライトで窓からその回数分だけ振って外へ見せるというものだった。


 全てをクリアした由美達は、七つのかがり火を集める事ができた。


 後は、最後の一人になるまで、ゴーストから逃げるだけだった。


 しかし、持久力が重要になる場面で、由美は何度も足手まといになった。


 足をくじいた由美をかばう卓也は辛そうで、由美がいなければもっと楽に逃げられただろうと思わせるほどだった。


 けれど、卓也は由美の「自分を置いて、最後まで逃げてほしい」という願いを断った。


 そうして最後まで逃げ続けた卓也は、残り二人となった時点でゴーストに囲まれる。


 卓也は一言だけ「これからも生き続けてほしい」と告げ、ゴーストに自ら捕まってしまった。


 由美は「捕まえるなら私にして」と手を伸ばして止めようとしたが、足のくじいた身では動く事がままならなかった。


 由美は最後の一人となって生き延びた。







 生き延びた者には、ご褒美が与えられる。


 卓也を捕まえ、去っていったゴーストの代わりにやってきたのは、アトラクションを動かしていた係員達。


 今まで意思疎通の出来ない人形のような様子だった彼らは、口々に由美を褒めたたえた。


 しかし、由美の心はわきたたない。


 途中から由美の心は、生への活力をとりもどしていた。


 けれど、由美が生きられたのは人の助けがあってこそ。


 最初からずっと生きたいと願っていた人たちに申し訳が立たない気持ちだった。


 だから、そのデスゲームの支配者に由美は告げた。


 今までに捕まった人たちを全て解放してほしい。


 と。


 その願いは――







 なぜか遊園地の前で倒れていた由美は、、目を覚ます。


 時刻は早朝。


 周りには同じように倒れている人たちがいた。


 どうしてこんな事に?


 そう疑問を抱くが、何も思い出せなかった。


 やがて、人々は何もなかったかのように解散して、その場をさっていく。


 一人取り残された由美は、途端に虚無感に襲われた。


 何か大切な事を忘れているような気がする。


 そう思って、頭を抱え続ける由美。


 しかし、彼女に声をかける者がいた。


 彼は名乗る。


 そして、由美に「名前を教えてほしい」と告げる。


 どうやら彼は、由美が先日診察を受けた病院にいたらしい。


 ほんの少しの興味を抱いた由美は、自分の名前を名乗った。


「私の名前は由美、貴方は卓也というのね」


 彼の名前を覚えようと口にする由美は、その言葉を何度も口にしていたような気がした。


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ゴーストと遊園地 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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