のこされし子供達 不明事件

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺には妹がいる。

 田篠由香という名前の妹が。


 俺は妹を溺愛していた。

 妹も俺を慕っていた。


 だから、俺は妹をずっと守ってやれると思っていた。

 その時までは。


 でも、それは所詮思い上がりだったのかもしれない。


 ベッドの上で、そう思う。






 それは数日前の出来事だ。


 学校に登校する前、俺達兄弟はそろって朝食を食べる。

 いつもは他愛ない話に興じるのみだったけれど、その日は違った。

 俺は、その言葉を聞いて、口にいれたばかりのご飯を吹いた。


「げほげほっ! ゆかっ、今、何て?」

「もうっ、お兄ちゃんったら聞いてなかったの? 私、彼氏ができたんだよ」


 妹に彼氏ができた。


 何よりも大切な妹から聞いたのは、そんな報告だった。


 できた。


 妹に。


 俺の。


 可愛い。


 大事な妹に。


 数秒かけて、その事実を飲み込んだ俺は、その現実を飲み込むのを拒否した。


 嫌だ!


「どうしたのお兄ちゃん?」

「そんなのいやだぁぁっぁ、! 由ぅぅぅ香ぁぁぁ! 嘘だといってくれ!」

「ちょっ、お兄ちゃん!」


 涙目で妹の肩を掴んで、揺さぶる俺。

 妹は目を丸くして、されるがままだ。


 俺は、部屋にいって、修学旅行で買って来た木刀を手にする。


「誰だ。相手は誰だ。闇に葬りさってくれる!そいつは敵か! 人類の敵だ!」

「お兄ちゃんっ、落ち着いてっ。目が怖いよっ!」


 小さなころから、面倒を見てきた妹。


 そそっかしくて、手のかかる妹。


 人一倍世話がかかったけれど、その分だけ愛おしい存在だった。


 そんな目に入れてもいたくない由香に彼氏ができるなんて。

 ああ、今日で世界が終わるのかもしれない。






 現実拒否、継続中。


「ゆかぁ、ゆかぁ、うっ、うぅっ、お兄ちゃんをおいていかないでくれ!」


 学校に行っても、俺のショックは抜けきらないでいた。


 存分に、悪夢の世界にひたっている。


 いつまでも、抜け出せない。


 だって、俺の視界に忌々しい男の顔が映りこんでくるんだぞ。


「たっくん、たっくん。一緒にご飯食べよう」

「ああ、そうだね。」

「はいあーん。食べさせてあげるね。えへへっ、美味しい?」

「ああ、美味しいよ」

「わーい」


 バカップルか!


 食堂でいちゃつくカップル。


 やけに糖度高い奴がいるなと思ったら、妹とその彼氏だったよ。


 おのれ、どこの馬の骨ともしれん、男よ。

 俺の妹にべたべたすんじゃねぇ。








「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。この世の終わりだぁぁいわーい」


 嬉しくもなんともない、棒読みの歓声を上げる俺。


 はたかたみたら危ない人だ。


 下校途中。

 不幸は継続中だった。


 大きな大きなため息をつきながら、道を歩き続ける。


 心が無くても、足は勝手に歩いてくれる。


 大丈夫だぁい。


 そんな事を考えていると、由香の友達に声をかけられた。

 鎌田有紗だ。


 部活でよく話しかけてくる子。


 部活では一番仲が良いんだよな。


「どうしたんですか。田篠さん、元気ないですね」

「実はな」


 俺はかくかくしかじか、理由を話す。


「なるほど、田篠さん、由香ちゃんの事たくさん可愛がってましたもんね。ご愁傷さまですねっ」


 親指立てて、笑顔。


 君、それが部活の仲間にかける言葉かい?


 つい、面白がるような表情で言われてつい言葉が刺々しくなる。


 すると、さすがに申し訳なさそうにされた。


「あはは、ごめんなさい。じゃあ、罪滅ぼしに、元気ない田篠さんに良い事教えてあげます。ネットの○○とか○○のサイト見ると元気出ますよ。私、落ち込んだ時はそうやって、別の事考えたりして気分を変えるんです」

「へぇ、そんな趣味があったのか」


 思わぬ自分との共通点に、少しだけ彼女への興味が湧いてくる。


 こんな状況じゃなきゃ、もっと盛り上がる話題だったろうに。


「ここだけの内緒ですよ。二人だけの秘密です。田篠さんだから、言うんです。こういうのって、下手するとオタクで暗い人間だってイメージがついちゃうじゃないですか」

「確かにな、まったく憶測だけで人を騙るなってのに」


 悲しい事に、偏見をもった奴はどこにでもいるものだ。


 彼女の名誉のためにも、この情報は黙っておくか。

 彼女の周りは、勉強にうるさい連中が多いからな。


 特に数年前なんかはひどかった。

 でも色々あって、心を入れ替えた周りの奴らが、態度をマシにしてくれたみたいだけど。


 こういうのは、理解のある奴だけが知っていればいいだろう。


 ともあれ、心配してくれたのは事実だったので素直に感謝する。


「ありがとな、さっそく帰ったら、気分転換してみる」

「はい、元気が出るといいですね」






 そういうわけで、帰宅した俺はさっそく教えられたサイトにイン。


 面白い話がけっこう転がってるみたいだ。


 地元の伝説とかも豊富にあって、よく知った町にこんな話があったのかと驚いた。


「へぇ、神の言葉を聞ける巫女か。どういうトリックなんだ?」


 そうやって、色々なサイトをのぞいていると、あるサイトにたどり着いた。


 そこには、地元の事件が多く記されている。その中には、驚愕の事実が書き込まれていたのだった。


 妹の彼氏について、だ。


 妹が付き合っている人間は、札付きの悪で。


 色々な事件を起こしていたらしい。


 学校で見た時は、普通の馬鹿っプル。いや、普通の恋に浮かれた男子生徒にしか見えなかったのに。


 まじかよ。


 肝が冷えた。


 まさか、猫をかぶっていた?

 だとしたら、狙いはなんだ?


 意味が分からない。


「こうしちゃいられない。すぐに由香に連絡だ」


 俺は、すぐにネットで得た情報を、妹に伝える事にした。


 けれど、妹が電話に出ない。


 何度かけても。


 俺は、いてもたってもいられず、いつもの道を通って学校へ急ぐことにした。








 妹の姿は、結局見つからなかった。


 けれど、妹の友人に聞きこんで、彼氏の家に遊びに行くという話を聞いた俺は、その家に急ぐ事に。


 嫌な予感に急き立てられるまま、たどり着いた俺は。


 その家で、見たくない物を見てしまった。


「そっ、そんなっ、ゆかっ! うそだ!」


 血だまりの中に沈む、最愛の妹の姿を。


 抱えあげた妹は、もうすでに息絶えていた。


 絶望に真っ暗になった俺は、妹を抱えて、打ちひしがれていた。


 世界の終わりだった。


 生きている意味を、まるごとなくしてしまったかのよう。


 でも、まだやる事は残っている。


 俺ははっとした。


 数分経った頃、俺はその家の中を歩き回っていた。


 犯人だ。


 妹を殺した犯人を見つけ出して、復讐しなければ気が済まない。


 俺は台所で包丁を手に入れて、犯人らしき男を探し求めた。


 けれど、予想に反して家の奥では、奴が倒れていた。


 妹の彼氏だ。


「えっ?」


 予想外の展開に、俺はあっけにとられてしまう。


 一体なにが?


 この家で、何が起こったというのだ?


 疑問でうめつくされた俺は気が付かなかった。


 次の瞬間、背後に立った誰かが俺を殴ったという事に。








 気が付いたら、俺は病院のベッドの上だった。


 記憶は、ない。


 由香の安否を気遣って、彼氏の家に向かった所までしか、ない。


 俺はそこで、何か信じられない物を見た気がするが、詳しく思い出そうとすると、頭がいたくなった。


 そんな俺に見まいに来たのは、家族と鎌田だった。


 鎌田は痛ましい表情で、ニュースになっている出来事を教えてくれた。


 強盗が入ったとか、そんな話になっているらしい。


 犯人は強盗?


 第三者?


 俺はどうにも腑に落ちない物を感じていた。


 俺は何とか当時の事を思い出そうと、するのだが。


 そのたびに鎌田に止められてしまう。


「そんなのどうでもいいじゃないですか。思い出す必要なんてないですよ」


 最初は、必死になって記憶を掘り返そうとしていたが、だんだんその気力がなくなってきてしまっていた。


 もう、あんな辛い事は思い出す必要はないのではないか。


 俺は、見まいに来てくれた鎌田の顔を見ながら、そう思うようになっていた。


「そうです。そのまま、平和な日常に戻る事が妹さんのためでもあるんですから」


 病室の窓に映る鎌田の顔がなぜだか、歪に歪んでいるように見えたが、きっと気のせいだろう。


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