三途の川の番人R

うゆ

第1話

1話


大きな音がした。何かがぶつかったような、

聞くだけで人間を不安にさせる大きな音が。

悪い予感がして反射的に振り向くと、急いでブレーキを踏んだ車の音。

重力に逆らった自転車は車の背丈を超えて空に舞い上がる。

自転車には誰も乗っていない、であればその運転手は?そんな問いにこそ悪い予感は付きまとう。


その運転手は、僕の友達は、コンクリートの地面に倒れていた。

僕は急いで進路を変更し、近くまで漕いだ後、自転車を道路の端に止める。

倒れた友達の元へ走って、そして。


「大丈夫か!?」


そんな言葉も出せずに立ち尽くす。

だって_________


近づいたのは心配だったから。それに、信じたかったから。

見覚えのある自転車が空に浮いていて、後ろにいるはずの友達の姿がなくて、その大きな音に友達は関係がないと、そう信じたかったから。


世界はそんな気持ちを、妄想を、願いを、全て斬り捨てて現実を突き付ける。

血が出ていた、倒れた友達から。正確には、友達の頭から。


頭の中が真っ白になった。

僕は何も出来ずに立ち尽くす。

何もできない、友達が危ないのに。

衝突した車の運転手が、携帯がないので救急車を呼んでくれと僕に叫んだ。


聞こえていた、聞こえてはいたんだ。

ただ、それは聞こえただけで、僕は頭で考えることが出来ない。


いや、考える必要などないはずなんだ。

やらなければならない事が明確に決まっているのだから。

救急車を呼ぶだけ。それだけなのに手が震えてスマホが触れない。口が震えて言葉が出せない。


俯いて友達を見ることしか出来ない僕の足元で、流れた血が地面の色を変えていく。

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痛い、苦しい、痛い、苦しい、痛い、苦しい、痛い、苦しい、痛い、苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


何度ももう死にたいと叫んだ。生きるのを諦めた。だって痛いから、苦しいから。


意識が無いならまだ良かったんだろうな。

だけど意識があるから、何度も何度も同じ痛みを、苦しみを味わっている。

もう死にたかった。だって生きていたら永遠にこの痛みから解放されないし、息が出来なくて苦しいのもずっと続く。

そんな事なら、死んで楽になった方がいいなと何度も思った。


だけどそう思う度、内にいる自分が自分を殴る。


(生きろ!)


ボカっ!思いっきり殴られた。


(殴らなくてもいいだろ!こっちは怪我してんだぞ!)


自分は怒る。叱るのは好きにしていいけど殴るのはダメだろと。


(怪我していようとなんだろうと関係ない!)


なんだコイツ。それに、


(お前に何がわかるんだよ!)


内にいる自分を睨みつける。


(今まで見てきた、いや、感じてきたよ、お前が辛い時も苦しい時も、僕は一緒にいた。だってお前は僕で、僕はお前なんだからな笑


全部知ってるよ、今の痛みも苦しみも、

何を考えているのかも。)


内にいる自分は酷く悲しそうな表情で言った。その顔が余りにも自分に似ていたから、いや、鏡の中の自分から、偽物から同情されたのがなんだか悔しくて、叫んだ。


(うるさいな!お前は中から見てるだけでいいよな、やるのは全部僕だ。


それに、

痛いのも、辛いのも、苦しいのも、哀れなのも、全部全部!お前が感じてるのは一滴残さず僕の余り物の感情だ!偽物なんだ!)


酷いことを言っている自覚はあった。

だけど何故か、内にいる自分がどうしようもなく憎くて、口から溢れる言葉が止まらない。

我に返って謝ろうとして、ごめんな、その言葉を自分が発するより先に、内にいる自分が話し始める。


(うん、うん、そうだな、僕は余り物の偽物だ。お前が感じている事も、考えている事も、僕は本当は分かっていないのかもしれない。

もちろん自分では分かってるつもりなんだ。

だけどお前が言うくらいだからそうなんだろうな。今感じているこの痛みは、感情は偽物なのかもしれない。


だけど、

余り物の偽物でも、本物には遠く及ばなくても、寄り添えなくても。


この思いだけは本物だと確信してる。


生きて、欲しい。)


自分は目を見開く。


その気持ちは偽物だと否定されて、お前は偽物だと拒絶されて、それでもなお、内にいる自分は自分に気持ちを伝える。


その事に戸惑いが隠せなくて、何か言おうと考えて、またも目の前の自分が先を越す。


(生きて欲しい、伝えたいことはただそれだけ

だよ。)


そう真っ直ぐに目を見て答える。


だからと、


内にいる自分は色んな感情が混ざりあってぐちゃぐちゃになった顔で泣き叫ぶ。


(諦めるな!)


気づけば手を握っていた。それがどうしてなのか、自分でも分からない。


目の前にいる自分が泣いていたから。

多分理由はそれだけだ。

それだけでいい。


それになんの意味があるのか。

そんなの分からない。


握った手にどこからともなく透明な水滴が落ちて、はじけた。


その時にはもう、壁なんてなかった。

ぶつかり合ったら砕ける。人の壁なんてそんなものだ。


(痛くても苦しくても諦めんなよ!

お前を待ってる家族や、友人や、恋人がいるんだからさ!


あ、ごめん恋人はいないかw)


内にいる自分が笑いながら言う。

叱るか貶すか、どっちかにして欲しいなあ…

そんな事を思いながら言葉を返す。


(ああそうだよ!生まれてこの方彼女なんて出来たことないよ?でもさ気づいてる?

僕に出来たことないってことはお前にも出来たことないって事を!)


まあもちろんこんな事くらいは知ってるはず。

だって自分は(自称)頭がいいし、それなら当然内にいる自分も頭がいいはずだからな。

これは自分をこの世に留めるためにわざと言ってくれたこと。そう思って内にいる自分の表情を確認して、


(…え?…あ、ああそうだな、それくらい知ってるよ?それを知った上でこっちはわざと言ってるんだから感謝しろよ…?)


一瞬驚いたような…いや気のせいか。

我ながら気が利く自分だなと自分の頭のよさに思わずにやけてしまう。


(まあ、何にしろありがとな、お前のおかげだよ。痛くて苦しくて、死にたくて、忘れてしまった家族も友人も…全部思い出せた。)


そう。思い出せた。

自分が今まで生きてきた理由も、大切に思ってくれる人達のことも。

だとしたら無事帰るのが恩返しだ。


今自分の横で心配してくれているだろう友人に、事故を伝えられているだろう家族に、大切な人達に、


帰ったらありがとうと伝えたい。


…それより先に内にいる自分に挨拶しないとな。


(ありがとうな、じゃあ行ってくるよ!)


(おう、頑張れよ!自分!)


(ああ、任せとけ!自分!)


風が吹いた。内にいる自分が光に変わって消えていく。最後に見たあいつは、とびっきりの笑顔をしていた。


風景が切り替わる。それが目で追えない速度だったから、僕は目を閉じて、風景が完全に切り替わるまで待つことにした。

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