第33話


 望乃は幼い頃から目立つ生徒ではなかったが、決して大人しい生徒でもなかった。


 小学一年生の頃は男女分け隔てなく仲が良くて、担任の先生からもムードメーカーだと言われて誇りに思っていたのだ。


 二年生になってクラス替えがあってもそれは相変わらずで、葵と離れ離れになっても望乃はそれなりに楽しい日々を送っていた。


 将来の夢を語る作文では園長先生みたいな幼稚園の先生になりたいと書いて、学年代表に選ばれて金賞をもらった。


 得意な図工の授業では、先生から褒められるたびに喜びで頬を綻ばせる…そんな普通の小学生生活を送っていたのだ。


 そして学年を重ねた小学5年生の頃に行われた職業体験。

 希望アンケートを元に生徒たちは、それぞれ実際の仕事を体験する行事に参加したのだ。


 望乃は勿論幼稚園の先生を希望して、合計5人ほどで1週間の間幼稚園で職業体験を行うことになった。


 憧れの幼稚園の先生体験はとても楽しくて、当時の望乃はより一層将来の夢を膨らませていたのだ。


 そして、職場体験の3日目。

 テレビの報道番組が大体的に報じたのは、女性の吸血鬼保育士が子供の血を吸っていたという事件だった。


 酷く遠く離れた、行ったこともない土地で起こった出来事。


 当然女性は逮捕されたが、インパクトからニュース番組ではずっとその事件が報道されていた。


 幼稚園の先生たちはその事について何も触れなかったが、意を唱えたのは保護者の方。


 どこからか職場体験の児童に吸血鬼が混ざっていると聞きつけて、集団で抗議にやって来たのだ。


 丁度お散歩へ行くために靴箱で履き替えていた最中だったため、凄まじい剣幕で怒鳴り込んでくる母親たちの姿を、望乃はすぐ間近で目撃してしまった。


 『ちょっと、うちの子が被害にあったらどうしてくれるの?』

 『その児童と今回の事件は関係ないですから…』

 『あのねえ、何かあったらどうしてくれるの?責任取れるの!?』


 まさかその児童が目の前にいるなんて思いもしない保護者たちは、激しく先生に怒鳴り立てていた。


 見た目は人間と全く同じなのだから、気づかなくて当然だ。


 厳しい声に晒されている先生を見て、望乃は自ら辞退を覚悟していた。


 そして一晩を開けて目を覚ましてから、自宅で幼稚園へ行くための支度をしている時だった。


 『あのね、望乃…』


 無理やり明るく振る舞っている母親の、無理した顔を今でも覚えている。


 『……職業体験ね、やっぱり5人だと多いみたいで…望乃は今日からお父さんの職場に行かない?』

 

 いくら小学生とは言え、10歳ともなれば分別がつく。

 保護者からクレームが入って、望乃の職業体験を続行出来ないと判断されたのだ。


 そして、対処案として望乃の父親の職場へ行って欲しいと相談されたに違いない。


 『うん…分かった』


 心が酷く冷え込んでいくのを感じていた。

 望乃は何もしていないのに、なぜこんな目に遭うのか。


 幼い望乃にはそれが分からなかったが、現実はあまりにも残酷だった。


 職業体験が終わって通常授業に戻ってすぐに。

 クラスメイトの男の子たちが望乃をバケモノだと罵り始めたのだ。


 保育士吸血鬼事件と職場体験が重なったのが全ての原因だ。


 望乃も子供の血目当てで幼稚園の先生になろうとしているのだろうと、そんな噂を立てられたのだ。


 仲の良かった女の子たちは少しずつ離れていった。

 噂を吹聴していたのが、足の早い人気ものな男子生徒だったゆえに、皆が彼に同調してしまったのだ。

 

 いじめられることはなかったが、望乃は少しずつ孤立していった。


 休み時間に一緒に遊んでくれる友達はいなくなって、放課後だっていつも一人で帰っていた。

 

 噂が消えて揶揄われなくなってからも、望乃は一人だった。


 孤立していた期間が長すぎて、どうやって人と関わればいいか分からなくなったのだ。

 あれほど仲の良かった友達が、一瞬で離れていったことも、望乃を人間不信にした要因のひとつだ。


 小学校を卒業して中学校に進学しても、また裏切られるのではないかという恐怖心から、どうやって人間関係を構築すればいいのか分からなかった。


 幼稚園の先生になるという夢を見ることも、疲れたのだ。

 どれだけ望乃が夢見ても、周りは望乃が幼稚園の先生になることを望んでなどいない。


 保育士吸血鬼事件以降、吸血鬼の教育者が減少しているという雑誌記事もあった。


 期待をすることも、周囲を信じることも。

 簡単に踏み躙られてしまうのであれば、最初から望まない方がいい。


 何にも期待せずに生きた方が楽だと、そんな風に考えるようになってしまったのだ。


 だから、周囲からインキャと陰口を叩かれても何もせずに受け入れていた。

 

 皆から敬遠されるインキャの吸血鬼として、下ばかりを向いてこれまで生きてきたのだ。

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