第10話 憧れのカタチ



「ハルさぁ。愛されてることがわかってよかっただろ?」

「そうだよ。みんな春っちのこと大切にしてるんだからさ。そんなに考え込む必要ないじゃん」


 長髪美咲と茶髪省吾が俺の肩を叩いた。


「ほいよ」


 コンビニから出てきた俊哉がアツアツの肉まんを俺と美咲に渡す。


「え? なんで僕だけあんまん?」

「ほれ」

「って酢醤油渡されても!」


 どうやら省吾の肉まんは売り切れだったらしい。


「うぅさみ。今日寒すぎじゃね」


 少し遅れて店から出てきた正信は、湯気が立つホットコーヒーを両手で抱えていた。


 南に位置しているとはいえ、三月初旬の鹿児島はまだ上着が必要だ。

 それでも東京にいたころよりは暖かく感じるが。


「じゃ行こうぜ」


 美咲が歩き出すと、なんとなくみんながそれに続いた。




 校舎裏に集まってくれた女子たちとは先ほど別れ、俺はいつもの面子で病院へ向かっている。

 校舎裏で沙月さんから事の次第を説明されて一応理解はしたものの、それでも引っかかるものが多々あった俺は口数が少なくなっていた。




 沙月さんが言うには──


 俺の態度に非はまったくなく、むしろ悪いのは告白し自分たちの方だという。


 俺が女性恐怖症だということを女子たちは入学当初から知っていて、普段から俺には近づかないようにしていた。だが、それでも告白したいという女子が多く現れ、勝手に告白する女子が出ないよう抽選制にして、当選した女子に限り月一回設けられた日に告白できるという決まりを作った。

 女子たちは俺にこっ酷く振られることを理解していたが、そのうえで、それでも構わないから告白したいと願い出た、と。


 そう説明されたのだが──。

 はいそうですか、とはなかなかならない。


 罵られることがわかっていても告白したのは、そうまでしてでも甘酸っぱい想い出を作りたかったのと、俺に告白すること自体がステータスと化していたからだとも言っていたが……。


 あんなのが甘酸っぱいなど。告白がステータスなど。

 いったいなにを言っているのやら。


 東京にいたころは告白されるなんてことなかった。

 女子たちは俺のことを心の底から嫌っている眼をして見ていた。


 というのに、こっちの女子は……


「外見がいいと鬼畜でも許されるなんてお前どんだけ前世で徳積んだんだよ」

「それな。もう、おもて山超えて裏山だっての。つかあんだけの女子従えてんの俺の知る限り北半球じゃお前ぐらいじゃね。てか、それより寒くね?」


 髭の俊哉と、ぶるりと震えた正信がそれに続く。

 さっきから正信が寒がっているのは制服がびちょ濡れだからだ。

 こいつは校舎裏に行ったときすでに隠れ場所が埋まっていたため、仕方なく池の中に飛び込んで、そこから俺を覗いていたのだという。

 池の中から感じた視線は正信だった。この子は放っておこう。


「……お前らさ。どこまで知ってたんだよ」


 俺はいったん立ち止まり訊ねる。

 すると美咲が立ち止まり、それに合わせてほかの三人も足を止めた。

 病院は次の信号を渡った先に見えている。

 遥さんと約束していた時間まではまだ一時間以上ある。


「まあこうなったから言っちまうけど、概ね知ってたわ。お前に関するルールを取り決めたのも実は俺らだしな」

「は? お前らが? いつ?」


 俺は驚き美咲に問い返す。


「一年のいっちゃん最初のころ。お前が女性恐怖症だって知って、んで、女子に告られて不自然なくらいにキレてたときから」

「春っちってほら、性格が特殊だったでしょ? 女子が近づいてゲボるの可哀想で見ていられなくてさ。だから僕たちが春っちのこと他の女子から護ってたっていうか」

「最初はだれも近寄らせなかったんだけどな。それでも告白させて欲しいって女子がいてよ。お前の体の負担も考えて月に一回ならってルールを作ったわけだ。つっても通用すんのはうちの学校の女子だけだけどな」

「春っちは僕たちの憧れだったからね。孤高の狼というか、なんかそういうところあるじゃん? そんな春っちを護るって、なんかカッコいいじゃん」


 美咲と省吾が交互にそう教えてくれた。

 俺は俊哉と正信の顔を見る。


「俺らのうちの誰かが常に春臣の傍にいたのも、まあそういうわけだ」

「遥さんからもよろしくされてたからな。あ、つうことは遥さんにお礼貰ってもいいんじゃね」


 そうだったのか。

 知らなかった。


 知らなかったのは俺だけ。


 こいつらときたら。

 そんな大事なことを黙っていたとは。

 それも三年間も。


 俺はなにかが込み上げてくる衝動に駆られた。


「はぁそれであの女子たちの態度か。一瞬フラッシュモブかと疑ってカメラ探したぞ。あんなんでプロポーズされたら間違いなく即決OKしちゃうわ」


 まったく別のことを言って誤魔化した。

 そうでもしないと鼻の奥の痛みが涙に代わって零れ落ちてしまいそうだったから。


 それでも──。


「──ありがとうな」


 ストンとすべてが腑に落ちた俺は感謝の気持ちを口にした。

 女子に言うのとは違い、男子に言うのはなんとなくこっ恥ずかしかった。


 悪友たちがニカッと笑いながら俺の髪をわしゃわしゃとこねくり回す。




 俺はこの町が好きだ。

 東京よりも、春の訪れを感じることができるこの町が好きだ。

 東京よりも、人の温かさに触れられるこの町が好きだ。

 俺を護ってくれていたこいつらが好きだ。

 俺を気遣ってくれていた女子たちが好きだ。


 俺は最高の友人達と最高の学生生活を送っていたことに今ようやく気がついた。


 恩を返したいと思う人たちが増えていくことに喜びを感じた。



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