冷酷王子などと呼ばれていたようですが今からでも遅くないと心を入れ替えることにしました

白火

第一章 改心と謝罪

第1話 ボールの行方

 



 てん、てん、てん、と公園から飛び出たボールは、遊歩道を幅いっぱいに歩いていた五人の集団の前へと転がった。

 緩やかに速度を落としたボールは集団のなかでも中央を歩く、制服をダルッと着崩した見た目一番ヤバそうな男の足によって押さえつけられた。


「すみませーん! ありがとうござ──」


 茂みから出てきた小学生くらいの女の子が、お礼を言いながらボールめがけて走り寄る。が、「げっ! 冷酷王子!」ボールを踏みつけている金髪の男を見るや急停止した。


「ちょ、ハル、お前のふたつ名って小学生にも知れ渡ってんの?」

「さすが春っち。鬼畜ぶりはうちの学校の塀を超えたね」


 中央の金髪男。その右隣に立つ長髪男と左の茶髪男が交互に揶揄う。


「んだそりゃ」


 金髪男が長髪男に鋭い目を向ける。


「こっちに来てから三年……春臣もついにメジャーデビューか」

「やってることは鬼畜以上だけどな。もはや鬼神の域じゃね」

「おいこら。適当なことぬかすな」


 両端の男二人に金髪の男──春臣が突っ込む。


「つか、なんだ冷酷王子って? まさか俺のことか?」

「は? なにを今更。女子同士の会話聴いてないの?」

「んなの耳に入るかよ」


 春臣の長髪男を見る目がさらに鋭くなる。


「春っちは女子となると徹底的に排除するからね。ったくおかげで僕たちも女っ気が無くて困るよ」

「悪かったな」


 春臣は小学生に視線を向けた。


 女の子はボールと春臣とを交互に見ながら、なにか言いたそうにしている。

 ボールを返して欲しいが、金髪で背の高い冷酷王子が怖くて近づけないのだろう。


「ほらハル、ボール返してあげなよ」長髪男が女の子を指さす。


「まさかあんな小さい子にまで鬼畜ぶりを発揮するつもり?」


 茶髪男からも急かされた春臣は


「んなことするかよ」


 ボールを返そうと、女の子に向かって軽く蹴り出す──つもりが、


「さ、さくらっ!」


 こっちに向かってくる少女の姿と叫び声に思わず変な力が入ってしまい、


「あ、あ、あああああっ! インサイドぇ!」


 ボールはあらぬ方向、遊歩道を大きく超え、小川も超えた先の車道へ飛び出してしまった。


「へ? おいそりゃねえだろ!」

「春っちマジキチク」


「っちがッ!」


 白い眼をする長髪男と茶髪男に春臣が言い訳するも──。


 ボールの行く手に運悪く大型ダンプ通りかかったかと思うと、ボールは巨大な前輪で踏みつけられてしまった。

 しかしボールは破裂することなく、勢いよく弾かれ──


「ぅおおおお!」


 砲弾と化したボールが春臣のもとへと返ってきた。


「っだそりゃぁぁああ!」


 春臣はそれを間一髪のところでどうにか躱す。


「っぶねぇえ!」


 と、安心したのも束の間。

 後方の大木に激しくぶち当たった砲弾は、あろうことか再び春臣めがけて跳ね返り──


「っぐっつはぁぁ!」


 ばちいいーーんとクソ重そうなボディブローを春臣に食らわしたところでようやく止まった。

 ボールをキャッチできたのは幸いだが、春臣の顔は見る間に青くなり、というかもう白い。


「ぼ、ぼぇ……」


 春臣はボールを抱えたままよろよろと小川の方へ向かう。


 今起きたほんの数秒の事態を、一緒にいた友人も、女の子も、そして駆けてきた少女も、ただ目を丸くして茫然と見守ることしかできなかった。


「ぅぼ、う、うぼぇぇえッ!」


 盛大にゲロを撒き散らしながらふらふら歩く春臣に、真っ先に我に返ったのは長髪男だった。


「は、ハルッ!!」

「あ、危ないっ!」


 長髪男が駆け、茶髪男が手を伸ばす。


「おい!」

「落ちるぞ!」


 残った二人も慌てて声をかける。


 だが、それらのどれもが遅く──


 ばっしゃーんという盛大な音が。

 傍観していた女の子と少女の二人も急いで駆け寄り小川をのぞき込む。


 六人の目に映ったのは、気持ち良さそうに川下へと流れていくボールと、うつ伏せでプカリと尻だけを浮かせる春臣の姿だった。




 ◆




『ハルくん! こんどはあっち!』

『ずるい! つぎはわたしのばんだってば!』

『────! はやくはやく!』

『こら! はるおは一人しかいないんだぞ』

『だったらみんなで遊ぼうよ! いいよねハル!』






『新しい家族だ』

『よろしくね。春臣君』

『よろしくおねがいします。──』






『あれだけ釘を刺したというのにまたお前は身勝手な振る舞いをしたのか!』

『あなた、もうこれ以上は……』

『うむ。春臣、約束だ。──家から出ていきなさい』






『何も心配しなくていいのよ』

『あなたは私が守るから』

『どんなことがあっても──』

『必ず──』






『は、春臣さん、好きです! も、もしよかったら私とお付き合いしてください!』


『あ゛? きやすく名前で呼ぶな。つか誰だテメエ。なんで俺の家知ってんだ? んでなに人んちの前で勝手に告ってんだ、あ? ここはお前の劇場か? 勝手に盛り上がって勝手に想いぶつけてって、独りよがりの脚本書いてんじゃねぇ! キメえんだよ! 迷惑な真似すんな! 次近づいたら殺すぞ!』




 ◆




「遥さん……?」


 浮上した意識。

 口から出たな人の名前は掠れていた。


「目が覚めたのね。良かった……」


 今にも泣きだしそうな遥さんの背景が真っ白いことに気がつく。

 ここは病院か。

 聞きなれない信号音、消毒液の匂い。視覚、聴覚、嗅覚の順に覚醒すると、続いて腹部に鈍痛が走った。


 ボールか。

 思い出した。

 くっそ。忌々しいボールめ。


 それにしてもなにか夢を見ていたような──


「私がわかる?」

「ええ。俺、どれくらい……」


 さっきから口の中がぱっさぱさで声が出しずらい。

「お水飲む?」それに気づいた遥さんが渡してくれた水を一口含む。


「一日も経っていないわ。今、三月二日の十時。午前のね」


 適温の水が体中に染み渡るのを感じながら記憶を遡る。


 遊歩道をあいつらと歩いていたのがテスト休みに入った翌日、一日の昼前くらい。

 今日が二日なら……それでも一晩はここで寝ていたのか。

 にしても死なずに済んでよかった。


「迷惑かけてすみません」

「え? ど、どうしたの?」

「俺のために一晩付き添ってくれたんですよね。だから申し訳ないと……」

「ちょっと! 春! あ、頭でも打ったの?」

「遥さんそんなに興奮して、え? 頭怪我してます? え? 俺の頭割れてるの!?」


 んなわけない。

 遥さんの真剣な眼差しに耐え切れず、冗談で返してしまう。

 遥さんすっぴんでも綺麗だ。

 仕事休んでくれたのかな。


「美咲君から事情は聴いたけれど、大丈夫なの!?」


 む。美咲の奴、すっぴんの遥さんに会ったのか。

 てかそんな薄着で会ってませんよね? 写真撮られてませんよね。

 あいつ髪伸びるのめっちゃ早いから結構むっつりですよ?

 くそ。

 こうなったら美咲の頭頂部の写真LICEにUPしてやろう。

 うん。イライラも落ち着いてきた。


「平気です。すみません。その、仕事も休ませてしまって──」

「だ、だから! その!」


 遥さんが興奮するのも当然だ。

 今までの俺は礼なんて言ったことがなかった。

 というか、まともに会話をしたこともなかった。

 俺を引き取ってくれた遥さんの恩に報いようともせず、冷たく接し続けていた。


 そんな俺がこうして目を見て会話していることに驚きを隠せずにいるんだろう。


「なんかおかしな夢を見たんです。こう、ぷかぷかと浮いて地球を俯瞰していたんです。なんだか大きな存在と一緒に。よく覚えてはいないんですけど……で、気づいたというか、気づかされたというか」

「え? 気づいた?」

「なんといえばいいのか。今までの俺の態度、というか、行動、というか。いろいろと間違っていたな、と。なんてチッポケな自分だったんだろう、って」


 どうしてあんな態度をとれたんだろう。

 遥さんに限らず、ほかの子たちにも……

 ガキみたいな、っていうかガキだったんだな。本当に。

 今となってはそうすることの方が難しい気がする。


「遥さん。今まで本当にごめん。そして、今更だけどこんな俺を引き取ってくれて、世話をしてくれて本当にありがとう」


 今なら最大限の感謝を伝えられる。

 いや、どうしても伝えたい。

 なぜならこの世で一番大切な人と


「は、春……いいの。そんなことどうでもいいの。私が、私が望んでしたことなのだから……」


「遥さん……俺……」


「おいっすハル! 具合どうだぁ?」


 湿っぽい空気になりかけたが、それは見舞いに来た悪友たちが払拭してくれた。




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