7、土下座

 俺たちの怒りとあせりを他所よそに、再び急報が入った。


 「物見ものみの知らせでは、岩熊いわぐま軍が森を抜け、佐井ヶ原さいがはらに入りました!」


 細河ほそがわが「そうか。まだしばしのときはあるな…」と言い、投網とあみでぐるぐる巻にされ、大玉転がしの玉の出来損ないみたいになっている俺たちに歩み寄り…

 「姫君、たいら殿どの、そしてひょろなが殿どの…手荒な真似をして済まぬ」…と言った。


 ほぼ同時に、先程さきほど投網とあみを投げた兵士達が、続々と集まって平伏した。家老もひざまづいて顔を伏せている。


 「…其方そちらの加勢かぜい申し出、とても有り難かった。なれど、この小八瀬こやせの地は、曽祖父の代より細河ほそがわ家や家臣の者共ものどもが血を流してまもった其方そちらの力を借りては、例え勝てたにしても祖先の霊に申し訳が立たぬ」


 …細河ほそがわ…様…。


 「…とは言え、岩熊いわぐまは兵二千…我が軍の三百では、到底、太刀打ちできぬ。我が家臣がいくら鬼神きじんごとき働きをしたとて、半刻はんときつまい」


 細河ほそがわ様が膝を付き、こう言った。


 「…そこで其方そちらに、改めて頼みがある。…わしあと、ひょろなが殿どのの交渉わざでもって、岩熊いわぐま剛勝たけかつに、小八瀬こやせたみの安全を訴えて頂けぬだろうか?  約定やくじょうたがえて手荒な真似をした上、我儘わがままを申して大変心苦しいが、この細河ほそがわ兵六ひょうろく今際いまわきわの頼みじゃ。 何卒なにとぞお聴き届け願いたい!」


 …細河ほそがわ様は、地面に頭をこすり付けるように土下座した。 …一国いっこくの領主が…だ。




 …?


 …いつの間にか、元の軍服を着た俺たち3人が、細河ほそがわ様の前に並んで立っていた。横には、綺麗に畳まれた投網とあみが、ちょっとした建物くらいの高さに積まれている。


 少女がいつもの調子で、「領主が家臣の前でそのような真似をするな。先祖が泣くぞ。」…と言った。


 細河ほそがわ様は頭を上げ、こちらを見て啞然あぜんとしていた。 …涙で濡れていた顔にはれた草や土が付いている。


 周りで、むせび泣いていた、ご家老や兵士たちも同じだ。全員、面白いように大口を開いて固まっている。



 俺も何が何やら、さっぱり判らない。


 …そんな時に、またまた伝令が、血相をかえて飛び込んで来た。


 「い、岩熊いわぐま軍が、消えたとのよしに、ご、御座います」


 ええぇ〜〜っ??

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