第4話 戦略級

 甲板上は地獄の様相を呈していた。


 私は海自艦艇が次々と海中へ沈んで行く様子を視界に捉えて、思い出していた。


 小型タイプのマグロは知能が低く単純な行動しかしないと思われがちだが、実のところ非常に狡猾な一面を持つことを。


 例えばメバチマグロの小型はLINEを送信することができるのだが、どんなメッセージを送っても必ず最後にスタンプを送る。


 文脈的に不自然であったとしても必ず最後にスタンプを相手に送信するのだ。


 一見するとただのスタンプ好きのマグロに見えるかもしれない。だがこれは欺瞞である。


 あなたは見抜くことができるだろうか?


 通常、LINEを受信した場合スマホのプッシュ通知にはその本文がプレビューされる。


 だがそれがスタンプだった場合、当然のことながら内容はプレビューされず「◯◯がスタンプを送信しました」とだけ表示される。


 つまり、1通目にどんな内容の文章を送っていても2通目でスタンプを送信すれば相手は1通目に何が書かれていたかプレビューから察することができなくなる。

 相手はLINEを開き既読状態しなければそのメッセージの内容を把握することができないということだ。


 だからLINEの内容をプレビューで把握しておきながら既読状態にせず返事を放置するいわゆる”未読スルー”を無効化できてしまう。


 これをLINEスタンプの”アンチ未読スルーメソッド”という。


 スタンプによってプレビューが見えないことに業を煮やしてトークを開いたが最後、既読状態となって返信へのカウントダウンが始まってしまう。


 メバチマグロがこうしたテクニックをごく自然に使ってくるしたたかな一面を持つことは、マグロハンターの間でしか知られていない。


 そのメバチマグロの狡猾さが、今こうして精鋭無比の海自艦隊を翻弄し海の藻屑へと変えているのだ。


 だが。


「マグロもおだてれば木に登る……登ったマグロはいい的ね」


 私は腰のポーチから用意していた”それ”を取りして構える。


 対マグロ専用マルチミサイルランチャー”タカクラ”。


 タカクラは日本のご期待重工が開発した超高性能誘導ミサイルで、サイズはガチャポンほどの大きさでありながら水中に投下すると炸裂し、無数のミジンコサイズの小ミサイル弾が全自動で水中のマグロを捉え、追尾する。


 そして命中する度に「マグロ、ご期待ください」という音声で気分を盛り上げ、マグロを木っ端微塵に吹き飛ばす。


 その威力は戦術核レベルとも言われており、当然超広範囲に対する熱攻撃は危険な兵器なのではあるが、水の中でだからだいたい大丈夫だ。


 私がそれを水中に放つとわずか数秒の後に、巨大な水しぶきがあがる。


「マグロ、ご期待ください」

「マグロ、ご期待ください」

「マグロ、ご期待ください」


 殺ったのは三匹。思ったよりは少ないか。


 いやこの反応、ミサイルはかわされたのではなく、殆どは何か一つの目標を攻撃し、殺しそこねた?


「となると……ついにお出ましってわけね」


 海面がざわめく。この”ざわめき”は知る者は少ない。


 つまり”奴”と対峙したことがあり、かつ生きて帰った者でしかしらない現象。


 すなわち──クロマグロ、通称本マグロと呼ばれる最強の種類のみが発する闘気の波動なのだ。


 やがて海面は巨大地震に揺られているかのような波を立たせ、私の目の前に”それ”が現れた。


 とてつもなく巨大な本マグロ。それでも巣を作る戦略級には及ばない、これはその下の戦術級というところか。


 でも──父を殺した本マグロを見て、逃がすつもりはない。


 私は腰のポーチに手を伸ばし、ある物を取り出す。


 携帯型ポータブル隕石定置網砲モバイルver.”よさこい”だ。


 これは何かというと、定置網によって宇宙空間上の隕石を捕らえ、そのまま地球に向けて引っ張ることでターゲットの頭上に隕石を叩き込む極めてシンプルな武装だ。


 シンプル故に強力。


 本来は艦載兵器なのだが無理を言って職人に小型化してもらった。その彼らの努力と苦労がネーミングにも現れている。


「いまさらおしっこちびっても遅いわよ」


 私はよさこいのトリガーをためらいなく引く。


 すると砲身から発射された定置網が真上に向かって突き進み、宇宙を目指した。


 宇宙空間到達まであと二秒といったところか。


 やがて宇宙空間にたどり着いた定置網はたまたま通りすがった程よいサイズの隕石を包み込むと、地球へ向かって信号を送信した。


 定置網からの信号文が、私の腕に付けられたディスプレイに表示される。


”イマダ オレモロトモ ヤレ”


「喰らえ、本マグロぉぉぉおおおお」


 私がスイッチを押すと棒立ち状態だった戦術級本マグロの頭上に巨大な隕石が現れる。


 そしてその巨大隕石は定置網もろともマグロの頭上へと超高速で衝突する。


 小錦が風呂に入ってもここまでお湯は溢れないだろうというくらいの津波が生き残った海自艦艇を襲い、海の藻屑へと変えた。


 ただ、本マグロ一体につき一国の全艦隊でようやく互角と言われているから、プラマイとしてはプラスだと考えられる。


 直撃を受けたマグロが悲鳴をあげるのが聞こえる。


 私は自分でも自覚しないうちに、口元が歪んでいた。


「ははは、マグロめ。あはははは!」


 熱狂と愉悦に溺れる私をあざけるようにしてそれは起こった。


 隕石の落下地点、戦術級が断末魔を上げたその海の底から、何かが姿を現そうとしていたのだ。


 戦術級の比ではない、巨大ななにかが。


 それはもう、海から突き出る山と表現するにふさわしいサイズ、言ってみれば富士山だった。


 海から富士山が生えてきたのだから、私は思わず目を見開いてそれを凝視した。


 だが、私にはわかっていた。


「でた……戦略級」


 私がその一言を言っただけで、この戦いは終わった。


 姿を現した戦略級が笑い声をあげる。


 格の高いマグロほど饒舌になる。そう、人間とは逆に。


 私がその仮設を脳内で確信に変えるよりも先に、戦略級はその尾を”ただ横に薙いだ”のである。


 数百メートルを超える津波が目の前に現れた。


 それを目の当たりにして私は最後に思い出した。


 人類はマグロに勝てないということを。


 直後、その水の壁はすべてを無に帰した。

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