第五章
24、ケイティ・マギル
色々あったが、おれたちは自分の部屋まで戻ってきていた。ケイティに部屋の前まで連れてきてもらったのだ。
「さっきは弟が失礼をした。許して欲しい」
と、ケイティが頭を下げた。
おれは慌てた。
「い、いえ、別に失礼なんて。ぼくらはただ、家の中を案内してもらっていただけですから」
「そうなのか? だが、どうせ無理矢理あいつに連れ回されていたんじゃないか?」
「ま、まぁそう言われると否定もできないんですが……」
「はあ、どうせそんなことだろうと思ったよ」
ケイティは頭を押さえて溜め息を吐いた。
ちなみにヨハンの身柄は先ほどのメイドへ無事(?)に引き渡された後だ。
……あまりに恐ろしくて助けることができなかった。すまん、許せヨハン。恨むのなら自分の所業を恨んでくれ。
「と、すまない。まだ名乗っていなかったな。改めて自己紹介させてもらおう。わたしはケイティ・マギルだ。よろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。ぼくはシャノン・ケネットです」
「わたしはエリカ・エインワーズです。よろしくお願い致します、ケイティ様」
魔王はいつもの優雅な挨拶をぶちかました。
「君たちの話は聞いている。今日、王都に到着したばかりなのだろう? 色々と疲れているだろうに、弟がすまないことをした。ゆっくり休みたかっただろうに」
「いえ、大丈夫ですよ。ぼくらなら全然構いません。むしろヨハン様と親交を深めることができて良かったと思っています」
おれがそう言うと、ケイティはほっとした様子を見せた。
「ありがとう。君はとても良い子だな、シャノン。うちのヨハンとは大違いだ」
にこり、とケイティは笑った。
思わずその笑顔に見蕩れてしまった。
「……」(ほけー)
「おや、どうかしたか?」
「い、いえ!? なんでもないですよ! ははは!」
ハッと我に返り、笑って誤魔化した。
……何て言うか、すごい凜々しい。
男勝り――ということもできるが、別に男っぽいというわけじゃない。堂々としているというか、人の上に立つ者のオーラみたいなのを感じるのだ。
だが、笑った時の顔はいかにも女の子で、そのギャップがとても印象的だった。
うーん、もしこんな子と結婚したら……きっと姉さん女房みたいな感じになるんだろうな。やれやれ仕方ないな……と言いつつ色々と許してくれそうだ。
そう色々とな……デュフフ。
ぎゅー。
「いったぁ!?」
「ど、どうしたんだシャノン?」
「い、いえ!? 何でもないですよ、ははは!」
慌てて魔王を振り返った。
「お前またつねったな!?」(小声)
「ほほほ。何の話かまったく分かりませんわ」
魔王はお上品に笑って誤魔化した。
くそ、またか!? なぜこいつはおれをつねるんだ!? おれが何をしたって言うんだ!?
ちくしょう、と恨みがましい目で魔王を睨んでいたが……ふとケイティも魔王のことを見ていることに気がついた。
それはなにやらじっと観察するような視線だった。
「……ふむ。君が例の子――というわけか。思っていたよりも普通の子だったな」
「……? どうかなさいましたか、ケイティ様?」
魔王が小首を傾げた。
すると、ケイティはなぜかニヤリと笑った。
「いや、お爺様が素晴らしい騎士の才能を持った子だと、いたく君のことを褒めていたものでな。いったいどんな子なのかと思っていたんだ」
「あらあら、嫌ですわケイティ様。それはテディ様が少し大袈裟に言っているだけです。わたしは普通の女の子ですから」
それは絶対に嘘だ、とおれは心の中だけで突っ込んでおいた。
ケイティは面白がるような顔をした。
「ほう? お爺様が嘘をつくとも思えないが……まあ、ひとまず夕飯までは休んでいるといい。まだ時間はあるからな」
ケイティはふと腕時計を見やった。
当たり前のように時計を身につけていること自体、おれたちとは格が違うなと思う。
「夕飯は七時から、でしたよね?」
「そうだ。食堂の場所は聞いているか?」
「……あ、いえ。そう言えば聞いてません」
「なら、時間になったらわたしが部屋まで迎えに行こう」
「い、いえ、いいですよ。教えてもらえれば自分で行きますから」
「なに、遠慮しないでいい。それにうちは無駄に広いからな。口で説明しただけじゃまず迷うだろう」
「……そうですか? じゃあ、すいませんお言葉に甘えさせてもらいます」
「うむ。子供が遠慮するものではない。ではな」
ケイティは踵を返し、おれたちの前から立ち去った。
……去り際も凜々しいな。
しばらく彼女の後ろ姿をぼうっと眺めてしまった。
「……」(じとー)
「ハッ!?」
視線を感じた。
魔王がエリカではなく魔王になっておれをジト目で見ていた。
「な、なんだよ? その目は?」
「いや、別に? ただ相変わらず美人には目がないようだな、と思ってな」
肩を竦められてしまった。
やれやれ、といった様子だ。
おれはちょっとたじろいでしまった。
「ど、どういう意味だよ?」
「リーゼの時もそうだったが、美人が相手だとすぐに鼻の下が伸びているぞ?」
「……え? おれってそんなに顔に出てるのか?」
思い当たる節が多すぎてドキリとしてしまった。自分としてはうまく隠しているつもりだったのだが……。
「ふん、もう丸わかりだ。まぁ別に妾には関係ないことだが……では、妾は夕食まで休むことにする」
魔王はさっさと自室へ戻ってしまった。
「……」
……なんだ?
なんか微妙に機嫌が悪かったようにも感じたが……気のせいだろうか?
まさかあいつが嫉妬している、なんて訳もないだろうしなぁ……。
……。
……違う、よな?
いや、あいつはそんなキャラじゃないだろ。
だいたい、あいつは許嫁という立場を利用しておれをからかっているだけだ。おれに対して好きとか嫌いとか、そういう感情なんてないだろう。
「――だいたい、おれは前世であいつを殺してるんだしな」
おれは思わず自分の手を見下ろした。
例え前世の記憶だろうが、あの時のことはハッキリと覚えている。
……そもそも
おれはあいつの〝仇〟のはずだ。
だが、あいつに恨み言を言われた覚えは一つもない。
……今さら聞くに聞けないしな。
……感謝する、か。
その言葉の意味も含めて――おれは未だに、あいつの真意がよく分からないままだった。
「よっと! あれ? どうかしたの、シャノン?」
「――へ? うわ!? ヨハン様!?」
どこからともなくヨハンが姿を現した。本当にいきなり出てきたのでかなりびっくりした。
「あ、あれ? さっきメイドの人に連れて行かれましたよね……?」
「反省したふりをしてまた逃げ出して来たんだよ。ボクが大人しく捕まると思う?」
ニッ、とヨハンは悪びれもせずに笑った。
……こ、こいつ。さっきあれだけお仕置きされたのばっかなのに全然懲りてねえな。ある意味すげえわ。可愛い見た目をしているがけっこうなクソガキである。
「あれ? エリカは?」
「エリカなら部屋に戻りましたよ。夕食まで休むそうです」
「えー? しょうがないな、じゃあ二人で探険の続きに行こうか!」
「い、いや、いいんですか? そんなことしたら今度こそケイティ様に殺されますよ?」
「大丈夫だって。姉様だってもう部屋に戻ってるよ。ま、ボクの方が一枚上手だったってことかな。なはは!」
「――ほう、それはすごい自信だな、ヨハン?」
腹の底が冷えるような声が響いた。
いつの間にかすぐそこにケイティが立っていた。
ヨハンは飛び上がるほど驚いた。
「ね、姉様!? 何でここに!? 部屋に戻ったんじゃ!?」
「なに、お前のことだ。どうせすぐに逃げてここに来ると思ってたんだ。だから戻ったふりをしてそこで姿を隠していたんだが……やはりまた逃げてきたか」
「そ、そんな!? やばい、逃げようシャノン!?」
「へ!? あの、ちょっとヨハン様!?」
ヨハンがおれの手を掴んで走り出した。
ちょ、なんでおれまで!?
「待て、ヨハン!! 今度という今度は絶対に許さんぞ!!」
「ひい!? シャノン、絶対に捕まっちゃだめだよ!?」
「いや、これぼくは関係ないですよね!? 巻き込むのやめてもらっていいですか!?」
「シャノンはボクの家来だろ!」
「じゃあ死にたくないので家来やめます!!」
「あ、ボクを裏切るつもり!? 悪いけど逃がさないからね!!」
「ちょ、離してください!?」
「絶対イヤ!!」
「待てー!! ヨハーン!!」
いや、ちょ、マジで休ませてくれない……?
おれの願いはどこにも届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます