23,お仕置き
「ヨハン様は普段、家でどんなことしてるんですか?」
「ボクは毎日勉強とか剣術の稽古だよ。朝から晩まで全部やること決まってるんだ。何時から何時までは勉強、何時から何時までは剣術の稽古――ってさ。剣術の稽古は好きなんだけど、勉強は嫌いなんだよね。でも、最近は学校に入る前の予習だって言って勉強ばっかさせられるんだ。もうイヤになっちゃうよ……」
「いいじゃないですか、勉強。楽しいじゃないですか」
「……勉強が楽しい? どこが?」
「え? 楽しくないですか?」
知らないことを知る。読んだことのない本を読む――これほど楽しいことが他にあるだろうか?
おれは勉強というものは全般的に好きだ。特に魔術や数学に関しては食うのも忘れるくらいに没頭してしまうことがある。気がつくと三日も何も口にしてなくて、空腹と脱水でぶっ倒れたというのは前世でも何度かあったものだ。
だが、ヨハンにはすごく変な目で見られてしまった。
「……シャノン、君ってすごく変わってるね」
「別にそうでもないと思いますけど……でも、ちゃんと勉強しないと将来苦労するじゃないですか」
「別にボクは勉強なんてできなくてもいいんだよ。だって将来騎士になるんだから」
「騎士に?」
「そうだよ。だってマギル家は代々、ずっと騎士の家系だもの。騎士なんて腕っ節さえあればいいでしょ? なんで勉強なんてしなきゃいけないの?」
「確かに腕っ節も大事ですけど、でも教養は必要だと思いますよ。大勢の部下を率いるような立場なら尚更です」
「そんなの腕っ節さえあればどうにでもなるよ。ボスってのは強くなけりゃ誰もついてこないんだ。細かいことなんて他の人間にやらせてればいいんだよ」
と、ヨハンは気楽そうな感じで言った。
それから大きく溜め息を吐いた。
「でもさぁ、姉様はとにかくボクには勉強しろってうるさいんだ」
「……姉? ヨハン様にはお姉様がいらっしゃるんですか?」
「うん、ケイティ姉様だよ。次の春から王立学校の最高学年になるんだ」
「ということは、15歳くらいってことですか」
ヨハンの姉ってことは、さぞ美人なんだろうな。
ヨハンはかなりの美少年だ。その姉が美少女じゃないわけがない。
「どんなお姉様なんですか?」
「そりゃもう口うるさいったらないさ。魔族みたいっていうか、もうありゃ魔族だね。今日はたまたま出かけてて家にいないけど、いたらメイドと一緒にボクのこと追いかけ回してるよ。そりゃもうすごい形相でね。こんなだよ、こんな」
と、ヨハンはわざとらしく怖い顔をしてみせた。どうやらケイティの真似をしているようだ。
「はは、それは怖いですね――」
と、相づちを打った時のことだ。
おれはふと気がついた。
人がいたのだ。
いつからそこに立っていたのか分からないが……本当に気がついたらそこに立っていたとしか言いようがなかった。
女の子だった。それもかなりの美少女である。
ヨハンと同じ金色の髪をしている。それを後ろでまとめていて、それがまるで馬の尻尾のように揺れていた。
年の頃は本当にちょうど15歳、と言ったところに見えた。おれたちのように子供ではないが、しかしリーゼのように大人でもない。そういう年代の少女だ。
「――」
寒気がした。
少女は笑顔だったが、その笑顔がなぜか――とても恐ろしかったのだ。
おれはほぼ直感的に理解した。
この少女がケイティだ、と。
だが、ヨハンは彼女の存在には気がついていなかった。
「姉様は本当におっかないんだ。剣術の腕もとにかくすごいんだけど……とにかく喧嘩っ早いっていうか、まぁ言っちゃえばすげーガサツなんだよね。剣を使うより素手の方が強いくらいだしさ。あれじゃ結婚できないね。男がみんな逃げちゃうよ。ははは」
「……あ、あの、ヨハン様」
「ん? どうかした?」
「う、後ろに……」
「後ろ?」
ヨハンがおれの視線を追って後ろを振り向いた。
すると、ビシリと石のようになった。
身体が一瞬にして強張り、顔が真っ青になっていた。
「……ね、姉様? い、いつからそこに……?」
「いやなに、つい先ほどだ。ウラがお前のことを探し回っていたのでな。もしかしてここにいるんじゃないかと思って来たんだ」
少女――ケイティはとてもにこやかに答えた。
笑顔だ。ものすごい笑顔だ。
だが、笑顔であればあるほどになぜか恐ろしく見えた。
「えっと、今日は用事で夜まで帰らないんじゃあ……?」
「予定が変わったんだ。だから早く帰ってきた。それより――わたしがどうしたって?」(ゴゴゴゴゴゴ)
「い、いえ!? なんでもないです!? 何も言ってません!?」
「ほう、そうか? すごいガサツで男が逃げるから結婚できないとか言われているように聞こえたが……わたしの聞き間違いだったのだろうか?」
「――」
ヨハンが完全に硬直した。
ケイティは笑顔で両手をぼきぼき鳴らしながら近寄ってきた。
「――ヨハン。あれほどちゃんと大人しく勉強しろと言っておいたはずだが……またみなに迷惑をかけているようだな。もちろんお仕置きされる覚悟はできているんだろうな?」
「ま、待ってください! これには深い理由が――」
「問答無用!! お仕置きだ!!」
「うぎゃー!?」
……その後、何があったのかはおれの口からはとてもではないが語れない。
とにかく恐ろしいことが起こった、とだけ言っておこう。
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