9,魔王無双
「……な、な!?」
全員が魔王を振り返っていた。
盗賊の下っ端たちも、ハゲ頭のボスも、地面にうずくまっていたエルマーも。
ほんの一瞬、その場に静寂が訪れたが――すぐに盗賊共が騒ぎ出した。
「な、なんだこのガキ!? 動きが人間じゃねえぞ!?」
「まずい、あのガキも魔術道具を持ってやがるんだ!! まずあいつを狙え!!」
おれもそこでハッと我に返った。
って、おれまで魔王のこと見てる場合じゃなかった!!
懐から拳銃を二つとも取りだした。二丁拳銃スタイルだ。
馬に乗った男たちがすでに
やばい!?
もう構えてやがる!?
慌てて魔力弾を発射した。多少手元がブレたが、ちゃんと魔力弾は命中した。
相手は悲鳴を上げて馬の上から落っこちた。
続けてもう一人を撃った。同じように悲鳴を上げて馬から落っこちた。
「他に銃を持ったヤツは――」
おれは視線を素早く巡らせた。
――いた! まだもう一人いる!
すぐに撃とうとしたが、そいつは他のヤツと違ってちゃんと防具を身につけていた。
盗賊のほとんどは粗末な革鎧なのに、そいつだけどこで拾ったのか錆び付いた鉄の鎧をつけていたのだ。と言っても胴体だけだが……ちっ、あの鎧邪魔だな。
頭は的にするには小さすぎるし――しゃあねえ。
おれは手に持った二丁の
二つとも最大威力で撃てば何とかなるだろ――ッ!!
ドドンッ!! と両手に反動がきた。
発射された魔力弾が男に二つとも命中した。
「ぐわああああああああああ!!!!」
魔力弾が命中した男はまるで雷の直撃でも受けたかのようになってしまった。
馬から落っこちて、白目を剥いて口から煙を吐いていた。
「うわ!? なんだ!? こいつどうしたんだ!?」
「雷か!?」
近くにいた連中が騒いでいた。
……いや、うん。まぁ死んではいないだろ。
「って、そんなこと気にしてる場合じゃなかったか……ッ!」
おれは煙幕弾を全て取り出すと、それを四方に思いきりバラ撒いた。
数秒して、煙幕弾が炸裂した。
「うわ、なんだ!? 煙幕か!?」
「くそ、こいつら……ッ!? あの男のガキも魔術道具を持ってやがるぞ!?」
「何も見えねえぞ!? どうなってんだ!?」
盗賊たちが混乱している隙に、おれはエルマーに近寄った。
「エルマーさん! リーゼさんを馬車に運び入れます! 手伝ってください!」
「え? は、はい! 分かりました!」
エルマーと一緒にリーゼを運んだ。
リーゼは爆睡していて、まったく起きる気配がなかった。
「うーん……もう飲めませんよ……むにゃ……」
しかもなんか寝言を言っていた。
こいついざって時にまったく役に立たねえな!?
「このクソガキ!! ぶっ殺してやる!!」
リーゼを馬車に運び入れてほっとしていたら、盗賊の一人がこっちに襲いかかってきた。
おれは振り向きざまに魔力弾をブチ込んでやった。
「あぎゃー!?」
男は悲鳴を上げて倒れた。
びくびくと痙攣している。
エルマーはそれを見て眼を白黒させていた。
「シャノン様、それはいったい……?」
「これは護身用の
「な、なるほど……お貴族様はみなそうやって護身用の武器を持っていらっしゃるのですね」
「ええ、まぁそんな感じです」
適当に頷いておいた。
すると、エルマーが急に悲鳴を上げた。
「ああ、シャノン様!? 後ろからまた盗賊が!?」
「このクソガキ!! ぶっ殺してやらぁ!!」
「うるせえ!! てめぇが死ね!!」
「あぎゃー!?」
もう一度振り向きざまに魔力弾をブチ込んだ。
男は倒れたが、今度は気絶しなかった。
ちょっと威力が足りなかったようだ。
「ぐっ、こ、この野郎……ガキだからって容赦しねえぞ……!」
「うるせえ!! 死ね!!」
バンバンバンバン!!!!
「あぎゃー!? うぎゃー!? うひぃー!? おほぉー!?」
ぱたり。
男はぴくりとも動かなくなった。
「……」
あ、やべ。撃ちすぎた。
ついエキサイティンしてしまった。
「……」
エルマーが何か言いたそうにおれを見ていたので、先んじてシャノンスマイルを浮かべた。
「大丈夫です。殺してはいませんから」
……多分な。
すると、再び煙幕の向こうから人影が近づいてきた。
敵かと思ったが、シルエットが小さかったのでおや? と思った。
「撃つな、妾だ」
現れたのは魔王だった。
怪我をしている様子はない。多少、服に汚れがついている程度だ。だが、それもほんのちょっとした汚れでしかなかった。
「な、なんだお前か……大丈夫か? 怪我してないか?」
「大丈夫だ。まったく問題ない」
「……ん? あれ? 盗賊の連中はどうなったんだ? 妙に静かだが……?」
ふと気がついた。
さっきまでわーわー言っていた盗賊の連中が大人しくなっていたのだ。
おれが訝っていると、魔王は事もなげに言った。
「終わった」
「……へ? 終わったって……?」
そう言っている間に、煙幕が風に流されて段々と薄くなっていった。
すると――盗賊どもが全員、地面に倒れていたのだ。
「……」
……え?
もうこんなに倒したの……?
「てめぇ……!! いったい何をしやがった……!?」
怒声が響いた。
盗賊のボスだ。ハゲ頭に血管が浮かび、怒りの形相を浮かべていた。
振り返った魔王は「ほう」と感心したような声を出した。
「貴様は他の連中に比べれば多少は頑丈なようだな。一撃では仕留められなかったか」
「ぐう……まさかこんなガキまで魔術道具を持ってやがるとは……油断したぜ!! だが、このオレ様はそう簡単には倒れねえぞ!! こうなったら全員、皆殺しにしてやる!!」
ハゲ頭は剣を構えた。かなり大きな剣だ。
相当頭に血が昇っているのか、眼がヤバイことになっていた。あれは絶対にお前を殺すマンの眼だ。怒りで完全に我を忘れている。
や、やべえ……あいつ何か強そうだな。しかもめっちゃ怒ってるぞ……?
多少ビビっていると、魔王がスッとおれたちを守るように立ちはだかった。
「ま、魔王……?」
「どれ、あいつは少し骨がありそうだ。遊び相手になってやろう」
「ヤロウブッコロシタラアアアアアアアア!!!!!!」
ハゲ頭が襲いかかってきた。
おれはとっさに
魔王は素手だ。剣なんて持ってない。
だが、以前熊をぶっ倒してしまった時のように、軽やかな動きで相手の剣戟を全て躱してしまった。
「ハッ!!」
魔王が拳を男の腹にたたき込んだ。
ただのパンチではない。よく分からないが、何かしら武術の型を放ったように見えた。
すると、魔王の数倍はある巨体があっさりと吹っ飛んでしまった。
「――かはっ!」
食らった時点で男は白目になっていた。それほどすごい衝撃だったのだろう。魔王の拳を食らった瞬間、男の意識はすでに失われていたのだ。
ものすごく吹っ飛んで地面をごろごろ転がってから、男の巨体はようやく止まった。
「ふん、まぁこんなものか」
ぱんぱん、と魔王は自分の手を払った。
……つ、強い。
いや、ちょっと強すぎないですか……?
おれはちら、とエルマーの方を振り返った。
「んな――」
エルマーの顎が完全に外れていた。
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