8,万事休す?

「……おい、あの女寝てないか?」

「……ああ、ありゃ寝てるな」

「じゃあ、今の声は後ろにいるガキか……? 妙に迫力があったが……?」


 連中がざわつき始めた。

 や、やばい。リーゼが寝ているのがバレた。

 いや、でもここでビビったら負けだ。強気で行くしかねえ!!

 おれは前に出て声を張り上げた。


「おいてめぇら! 確かにこいつは寝てるが、近衛騎士なのは間違いねえんだ! 近衛騎士に手出したらお前らどうなるか分かってんのか!? フレンスベルクの守備隊だけじゃねえ、近衛守備隊まで敵に回すんだぞ!? そこんとこちゃんと理解してんだろうな!?」

「た、確かにガキの言うとおりだ。近衛騎士に手出すのはまずいんじゃないか?」

「どうします、おかしら?」


 盗賊共が判断を仰ぐように一人の男を振り返った。

 そいつは見るからに図体のデカい、筋肉ムキムキのツルッパゲ男だった。

 ……なるほど。あいつがこいつらのボスか。

 体格だけならテディにも引けを取らないだろう。

 いかにも凶悪そうな面構えだ。


 おかしらと呼ばれた男は、馬に乗ったままゆっくりと前に出てきた。

 しばらく険しい顔でこっちを見ていたが……急にニヤリと笑った。


「おい、テメェら。こりゃむしろじゃねえか」

「へ? チャンス? どういうことです、お頭?」

「ああ。どういう訳かは知らねえが……見たところ他に馬車はいねえ。ここにはこいつらしかいねえんだぞ? だったら、


 ボスがそう言うと、盗賊連中はハッとしたような顔をした。

 そいつはさらに続けた。


「しかも騎士の女も爆睡してやがる。他はガキが二人に男が一人だ。武装もしてねえ。確かに近衛騎士に手を出したら後が面倒かもしれねえが……ようはバレなきゃいいのよ。これはまたとないチャンスだぞ? 騎士の立派な装備に、貴族の女が手に入るんだ。この中で誰か一人でも、貴族の女をことがあるやつがいるか?」


 ボスの一言で、その場にいた全員の雰囲気が急に変わった。

 全員の眼が、おれたちを獲物を見るような眼に変わったのだ。

 ボスは下卑た笑みを浮かべた。


「へへ……貴族の女なんて一度も食ったことねえからな。一度は食ってみたいと思ってたのよ。魔術道具さえなかったらそいつもただの女だ。ひひ、こんなチャンス見逃すことはねえ……おい、テメェら! その女をとっ捕まえてひん剥け!! 女のガキも捕まえろ!! 男はどっちもいらねえから殺しちまえ!!」


 ヒャッハー!! と男たちが一斉に獲物を取りだした。

 ああ、くそ!? 結局こうなるのかよ!?

 もうこうなったらやるしかないが……相手が多すぎる。


 煙幕弾を使って、その隙に馬車に飛び乗って逃げるか?

 いや、一時的に混乱はするだろうが……すぐに追いつかれるだろう。


「ひいい!? も、もうだめだー!?」


 エルマーが脅えたようにその場にうずくまってしまった。

 おれもさすがに焦ったが……そこへ妙に落ち着いた声がした。


「おい、大賢者。さっきの魔術道具をいま持っているか?」


 気がつくと魔王がおれの横に立っていた。

 その顔には焦っている様子などまるでなかった。


「え? あ、ああ。もちろん懐に入れてある」

「なら、まず銃を持ってるやつをお前が無力化しろ。相手が剣だけなら問題ないが、飛び道具があると厄介だからな」

「いや、剣が相手でも十分に問題だと思うが……」

「妾が連中の気を引く。お前はその隙に銃を持っているヤツを全員何とかしろ。それから煙幕弾をそこら中にありったけバラ撒け」

「それは構わないが……でもそんなことしたらこっちも相手が見えなくなるぞ?」

「妾には〝視える〟から大丈夫だ。連中が混乱したらお前はエルマーと一緒にリーゼを馬車の中に運び込め。そっちは任す。後は妾が何とかしてやる」

「な、何とかって……相手が何人いると思ってんだよ? しかも武装してるんだぞ?」

「ああ、だから取りこぼすかもしれん。そいつらは任す。リーゼとエルマーはお前が守れ」

「……お、お前」


 おれは魔王の目を見て悟った。

 ……こいつ、負けるつもりが全然ない。

 しかも余裕すら感じる。


 一瞬、その姿がかつての記憶と重なった。

 ブリュンヒルデの姿が見えた。

 もちろんそれは幻覚だ。でも、おれには今の魔王がまるであいつのように見えた。

 おれの中にあった焦りみたいなのが見る見るうちに消え去っていった。


「……分かった。一か八かやってやろう」

「それでいい。どれ、久々に思いきり暴れられそうだ」


 魔王は拳をぼきぼき鳴らして、ニヤリと笑みを浮かべた。


「いいか。三つ数えたら妾が動く。連中の注意がこっちに向いたら、お前はさっき言ったように銃を持ったやつらを無力化しろ。さすがに銃で撃たれたら妾も死ぬからな」

「いや、剣で斬られても死ぬと思うぞ……?」

「行くぞ。3,2,1――」


 魔王は三つ数えると、本当に連中に向かって飛び出していった。

 躊躇などまったくなかった。

 盗賊たちはそれぞれ得物を構えて、じりじりとこっちに近寄ってくるところだったのだが……先頭にいたやつに向かって一気に襲いかかった。


 向こうはこっちを完全に舐めきっていた。肝心の騎士が寝てるから、もう脅威はないと判断していたのだろう。

 だから、いきなり動いた魔王の速さにはまったく対応ができなかった。


 ひゅん、と魔王の姿が消えた。

 そんなふうに見えただろう。

 魔王が飛び上がったのだ。その高さは大人の目線を軽く超えていた。


「――へ?」


 と、恐らく相手は間抜けな声を出したことだろう。

 相手は剣を構える暇もなく顔面に蹴りを入れられていた。

 しかもその蹴りがすごい威力で、男はまるで馬の蹴りでも食らったみたいに吹っ飛んでしまったのだ。


 すたっ、と魔王が地面に着地し――長い髪を軽くはらった。

 状況が分からず、ぽかんとしている盗賊たちに向かって魔王はニヤリと笑って構えた。


「さあ、死にたいヤツからかかってこい」


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