20,ごめんなさい

「おーい、ハンナー!」


 森の中でハンナの名前を呼んだ。

 ここは家のすぐ裏手にある森の中だ。


 いま、おれたちはみんなで手分けしてハンナを探しているところだった。

 

「ハンナちゃーん! いたら返事してー!」


 魔王もハンナの名前を呼んだ。

 しかし、どこからも返事はなかった。


「……いねえな、ハンナ」


 この辺りならおれにとっては庭みたいなものだ。

 ハンナと一緒に遊ぶこともよくある。

 ……普段はこの辺までしか来ないが、もう少し奥の方を探したほうがいいかもしれない。


「魔王、もう少し奥へ行ってみよう」

「……」

「魔王?」


 魔王は何やら目を瞑ってじっとしていた。

 何をしているのかと思っていると、急に目を開いてとある方向を振り返った。


「ほんの僅かだが、こっちから魔力の気配を感じる」

「……魔力の気配?」

「ああ、恐らくハンナのものだ。そう遠くない。お前は何か感じないか?」

「いや、そんなこと言われても……魔力の気配なんて普通は分かんねーだろ?」


 おれが首を傾げると、魔王も同じように首を傾げた。


「……なに? そうなのか? しかしお前は以前、妾のことを〝魔族〟だと見破っただろう? あれはどうやったんだ?」

「あれはなんつーか……自分でもよく分からねえけどさ、昔からってのは何となく感覚で分かるんだよ」

「何となく……?」

「ああ。まぁ本当に何となくなんだが……相手が魔族かどうかってことだけは、昔から判別できるんだよな。自分でも不思議なんだけどさ」

「……ふむ」


 魔王な少し考えるような顔をした。

 おれは再び首を傾げた。


「なにか気にかかるのか?」

「……いや、何でもない。とにかく、気配のする方へ行くぞ」

「分かった」


 おれは魔王の後に続いた。

 こいつの言うってやつは正直なところ半信半疑ではあったが、現状では他に手がかりもない。とにかく、今はついていくしかなかった。


 ハンナと一緒の時は、あまり森の奥へは踏み込まなかった。

 あいつは怖がりだ。

 だから、まず一人では森に入らないし、一緒にいる時でもあまり奥へ入っていこうとはしない。


 おれ一人だけなら騎銃カービンの試し打ちのためによく森の奥へ入ることはあったが……本当に、こんなところにハンナがいるのだろうか?


 そう思いながらしばらく歩いた時のことだった。


「……ん? なんか声が……?」


 最初は気のせいかと思った。それぐらいかすかな声だった。

 だが……少しずつ近づくに連れて、それは確信へ変わった。


 どこからか、すすり泣くような声が聞こえた。

 この声は……きっとハンナだ。


「ハンナ!」

「あ、おい!?」


 ハンナが近くにいると思った瞬間、おれは気がついたら走り出していた。

 魔王が制止するのにも気がつかず思わず飛び出していたが……突き抜けた藪の向こうはちょっとした段差になっていた。地面が低かったのだ。


「――へ? うお!?」


 おれは盛大に落っこちて、思いきりしりもちをついてしまった。


「い、いてて……」

「お、お兄ちゃん?」

「え?」


 すぐ傍で声がした。

 顔を上げると、半べそをかいているハンナがまん丸の目でおれを見ていた。


 ……ハンナだった。

 本当にいた。誰もいない静かな森の中で、ハンナはうずくまるように身を小さくしていた。


 その顔は明らかに泣いていた。

 おれは尻の痛みも忘れて思わず飛び上がっていた。なんでこんなところにいるのか、何てことはどうでもよかった。


「ハ、ハンナ!? ど、どうしたの!? どこか怪我でもした!?」

「お、お兄ちゃん……」

「よしよし、もう大丈夫だよ。とにかく、すぐに家に戻ろう。ね? みんな心配してるよ」


 近づいてハンナの頭を撫でた。

 しかし、なぜかハンナはおれを見上げるとますます泣きそうな顔になってしまった。

 目尻には涙が浮かび上がって、それがボロボロとこぼれ落ちた。


「う、うう~ッ!」

「え? ハンナ? ど、どうしたの? どこか痛いの?」

「ごめんなさい、ごめんなさいお兄ちゃん……ッ!」


 ハンナが飛びついてきた。

 

「ハ、ハンナ?」

「もう絶対にヒドイこと言ったりしないから! ハンナ、良い子にしてるから! だからおうちから出て行かないで!」

「ちょ、ちょっと待ってハンナ、いったい何の話?」

「びえー!!」


 ハンナはおれにしがみついたまま泣き始めてしまった。

 最初はてっきり迷子になってそれで泣いているのかと思ったが……どうにも様子がおかしい。

 困惑していると魔王が少し遅れてやって来た。


「……おい、大賢者。いったいどうしたんだ? なんでハンナはこんなに泣いてるんだ?」

「さ、さあ? それがおれにもさっぱり……?」


 おれたちは小声で囁きあい、お互いに首を捻ることしかできなかった。

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