第四章
18,寂しさ
……今日はいつもより、とても賑やかだった。
というのもお客さんが来たからだ。
普段、うちにはあまりお客さんというものは来ない。
何だかパーティみたいで楽しかったけど……でも、ハンナは疑問に思っていた。
(お兄ちゃんがちゅうおうに行くとかって、なんの話だったんだろう……?)
もうすでに夕食は終わっている。食器はテーブルから片付けたが、もう暗いからちゃんと洗ったりするのは明日だ。
「ねえ、ママ」
「どうしたの、ハンナ?」
ハンナは後片付けをしているティナに話しかけた。
「お兄ちゃん、どこかお出かけするの?」
そう問いかけると、ティナはちょっと困ったような顔をした。
彼女は少しだけ手を止めて、しゃがみ込んでハンナに視線を合わせた。
「うーん、そうね……お出かけとはちょっと違うのよね」
「でもちゅうおうに行くんでしょ?」
「ええ、そうね」
「ちゅうおうってどこ?」
「ちょっと遠いところね」
「え……? 遠いの……? じゃあ、お兄ちゃんしばらくお出かけするの?」
「お出かけってわけじゃないんだけど……そうか、お兄ちゃんからは何も聞いてないのね」
ティナはさらに困った顔をした。
事情が分からないので、ハンナはなぜ母親がそんな顔をするのかますます首を傾げるばかりだった。
「ねえ、ハンナ。お兄ちゃんがいなかったらやっぱり寂しい?」
寂しいと答えようとしたが、ハンナはすぐに自分がシャノンと喧嘩中だったことを思い出した。まぁハンナ自身には喧嘩しているという自覚はないが、今は兄に対してへそを曲げている状態なのだ。
「……べつに。寂しくないもん」
「あら、そうなの?」
「そうだもん。お兄ちゃん、ハンナにいじわるなんだもん。だからべつに寂しくないもん」
「あらあら、そう言えばあなたたちは喧嘩中だったわね」
「ケンカなんてしてないもん。お兄ちゃんがハンナにいじわるなだけだもん」
「うんうん、そうよね。ハンナの気持ちはよく分かるわ」
「え? ママもお兄ちゃんにいじわるされたの?」
「そうよ。お兄ちゃん、ママとも一緒にお風呂入ってくれないんだから。とっても意地悪だわ」
「それはいじわるだ……」
「そう思うでしょ? まぁ、あなたもお兄ちゃんと一緒じゃないとイヤってわたしと入ってくれなかったんだけど……」
「??」
「ま、まぁそれはいいわ。でもね、ハンナ。わたしはお兄ちゃんが――シャノンがいなかったらやっぱり寂しいわね。ハンナだって本当は寂しいでしょ?」
「……」
そうだ。
本当は寂しい。
ついついキライなんていってしまったけど、本当はキライじゃない。お兄ちゃんはハンナにとって、世界でいちばん優しくてカッコイイお兄ちゃんだ。
……なのに、どうしてあんなこと言ってしまったのか。
本当のところは、ハンナも後悔していたのだ。
「……お兄ちゃん、どれくらいお出かけするの?」
「ハンナ。お兄ちゃんはね、お出かけするんじゃないの。しばらくお家から出て行くのよ」
「……え?」
……出て行く?
出て行くというのは……どういう意味だろう?
ハンナはティナの言っていることがよく分からなかったが、なぜかとてつもないほどの大きな不安を覚えた。
「お兄ちゃんはね、来年から学校に入るの。学校に入ると寮生活だから、普段はもうお家にいないの。それも行くのは中央の学校だから、すぐには帰って来られないわね……」
「……お兄ちゃん、お家からいなくなっちゃうの?」
「まぁ、そういうことになるわね。あ、でもちゃんと安息月には帰って来るはずよ? 別にもう会えなくなるってわけじゃないから、それは安心して――」
ティナが慌てたように捕捉していたが、すでにハンナの耳には入っていなかった。
……兄が家からいなくなる。
そのどうしようもない事実だけを、ハンナはしっかりと認識してしまったのだ。
ほんの少し、間違った形で。
μβψ
翌朝。
おれはいつもより少し早起きした。
この家でいちばん早起きしているのはダリルだ。
恐らくすでに庭で素振りをしているだろうと思って外に出ると、やっぱり素振りしていた。
時刻は日の出間際、というところだ。
「父さま」
おれが声をかけると、ダリルは少し驚いた顔をした。
「どうした? 今日は早いな」
「いえ、何となく眼が覚めたので」
「なるほど。つまりお前もついに感謝の素振りをしたくなったということだな?」
「いえ、ぼくはもう感謝でいっぱいなのでこれ以上の感謝は必要ないです」
「はは、なんだそりゃ」
ダリルは笑った。
ちなみにジョークで言ったつもりはない。
「……いや、それより驚いたよ。てっきり断ると思っていたが」
「まぁ、ぼくも最初はそのつもりだったんですけど……やっぱり気が変わりました」
「どういう心境の変化だ?」
「やっぱり魔術の勉強をしてみたくなったんです」
と、おれはとりあえずそう言っておいた。
「中央なら、魔術の勉強ができるんですよね?」
「ああ、そうだな。できるぞ」
「なら、父さんも魔術の勉強はしてたんですか?」
「基礎ぐらいはな。ただ、とにかく難しくてな……結局ほとんど意味が分からなくて、内容はぜんぜん頭に残ってない」
「母さまの方はどうなんでしょう?」
「あいつも魔術に関してはおれと似たり寄ったりだったよ」
ダリルは肩を竦めてから、おれに真面目な顔を向けた。
「……シャノン。本当にこれで良かったのか? やはりおれがお前に気を使わせたんじゃ……」
「それは違いますよ、父さま。これはぼくが決めたことです。なので、ここは親として子供の門出を祝って欲しいところですけどね」
おれがそう言うと、ダリルは少し笑って頭を掻いた。
「やれやれ、参ったな……分かった。ここは素直にそうさせてもらうとしよう。ほれ」
「え? うわっと!?」
ダリルがおれに稽古用の木剣を放り投げてきた。
慌てて受け取ると、ダリルはすぐにもう一本の木剣を持ってきた。
「……あの、父さま? これは……?」
「おれなりの祝い方だ。王都へ行くまでにまだ時間はある。それまでに、お前の剣術の腕前をもっと上達させてやろう。それがおれにできる、せめてもの餞別だ」
「あ、いえ、ぼくは魔術の勉強をしに行くだけなので別に剣術は上達しなくても……」
「おお、早いな二人とも!!」
その時、家の方からでかい声がした。
振り向くまでもない。声の主はテディだった。
ダリルはすぐに居住まいを正した。
「これはテディ様。おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「うむ。よう眠れたわ」
「それは良かった。ところでリーゼは?」
「あやつはまだ爆睡しておったわ。いつもならたたき起こしてやるところだが、まぁ今日ぐらいは大目に見てやろうと思ってな。それより、こんな時間から剣術の稽古とは見上げたものよ。どれ、せっかくだから見学させてもらおうか」
「え? け、見学? いや、ちょっと人に見られてるとやりにくいので――」
「どうぞ、いくらでもご覧ください。むしろテディ様には、シャノンの剣術の腕前を一度ご覧頂きたかったのです」
「え!? 父さま!?」
「ほう? そう言えば以前はそんな時間もなかったからな……お主がわざわざそう言うからには、シャノンの腕前はそれなりということか?」
「ええ、筋はとても良いと思います」
「なるほど、それは楽しみだ」
にやり、とテディがおれに向かって笑みを向けた。
いや、ちょっと待って!? 絶対そんなことないよ!? だって前世では『騎士としては役立たずのゴミ』って言われてたからね!?
「よし!! 行くぞシャノン!! 構えろ!!」
「え!? もうやるんですか!? ちょ、心の準備が――」
「せい!!」
「んぎゃー!?」
……朝からめちゃくちゃ稽古した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます