エピローグ
通りすがりの魔術師
「ええい、いったい何がどうなっておるのだ!? げほっ、ごほ――ッ!!」
テディはようやく煙の中から這い出した。
やがてうっすらと煙が晴れてきたが、その時にはもう
誰かを追いかけているようだ。
だが、いったい誰を追いかけているというのだ?
恐らく、それはさっきの
あの煙幕も恐らくそいつの仕業だ。
(通りすがりの魔術師、とか言いおったか? 我が輩の部下ではないことは確かだったが……何者だ?)
気のせいでなかったら、相手の声は子供だったように思えるが……いや、そんなはずはないだろう。子供のやることではない。なら女だったのだろうか?
考えてもまったく分からない。一体何がなんだというのだろうか。もしかして、〝女神の加護〟でも授かったというのだろうか? そんなに信心深い方ではないのだが。
「何者か知らぬが、この我が輩に逃げろとは笑止である!! 我が輩は逃げぬ、媚びぬ、そして顧みぬのだ!! それがテディ・マギルであるぞ!!」
テディは空を飛ぶ
「ぬおおおおおおおおおおおお!!!!!」
魔術鎧は身体能力を強化させる効果がある。
だから常人よりはだいぶ速かったが、それでも機械馬に比べれば歩いているも同然の速度だ。もちろんドラゴンにだって追いつけるはずがない。
だが、それでも彼は走り続けた。
本当に体力が底を尽きるまで。
「ぜい、はぁ――ッ!! ぜい、はぁ――ッ!!」
で、テディは死にそうになっていた。
(ぐう、この程度でへばるとは……我が輩も老いたものだ……!!)
年齢を考えればありえない体力だし、そもそも何カ所か骨折しているのだから普通なら動くことすらできないはずなのだが、それでもテディは自分の身体が思うようにならないことに歯噛みしていた。
到底追いつけない。
すでに
どうやら地上に降りたようだ。
何者かは分からないが、通りすがりの魔術師とやらは自分のことを助けたのだ。
それは明らかだった。
この身を助けるために、ドラゴンを引きつけたのだろう。
それは例え騎士であっても難しいことだ。
それほどのことができる騎士が、いまのこの国にどれだけいるだろうか?
いま、この国の騎士のレベルは落ちる一方だ。
近衛騎士ですら腐敗と汚職が進んでいる。
だからこそテディはつねに我が身を以て騎士の何たるかを示さねばならぬ、という強い思いに駆られていた。
だからこそ、通りすがりの魔術師の行動には深い感銘を受けていた。
まるで歴戦の騎士のような振る舞いだ。
騎士とはかくあるべき――そう、まさにそのものだ。
だが――このままでは通りすがりの魔術師は死ぬだろう。
なにせ
大型種ともなれば、さすがに国の守備隊では手に負えない。
教団に応援を要請し、〝聖騎士団〟を派遣してもらう必要があるだろう。
(ここで死ぬべきは我が輩のほうだ。我が輩よりも若くて勇気のある若者が死ぬ道理などない。我が輩が囮になって、何とか時間を稼ぐのだ)
テディは歯を食いしばって、再び走りだそうとした。
その時だった。
まるで空を切り裂くような光が駆け抜けていった。
「な、なんだいまのは……?」
カノン砲による砲撃かと思ったが、どうにも違った。
雷球。
そんな感じだった。
恐らく何かしらの魔術兵器だろう。
ああいう魔術砲弾は、かつて一度だけ見たことがある。
聖騎士団の使う兵器にあんなものがあったような気がする。
恐らくは〝禁忌指定〟の兵器だ。
〝使徒階級〟以外にはその存在すら開示されていないものではないだろうか。
「いったいなにが――」
困惑している時だった。
空が目も眩むような光に覆われた。
最初は、本当に
ただの閃光、というにはあまりにも暴力的だった。
さきほど駆け抜けていった光はいわば雷球だったが、今度のは違った。
剛雷だった。
あまりの眩しさにテディは顔を覆った。
少しして、背後で巨大な爆発が起こった。
剛雷の直撃した山肌が、ごっそり消し飛んでいたのだ。
それは
「んな――」
顎が外れそうになった。
凄まじい威力だ。
……あれでは〝禁忌指定〟どころではない。
あれではまるで――そう、〝
「……あっちのほうから飛んできたのか」
テディは光の放たれた方を目指した。
μβψ
……身体を引きずるように何とかそこまでやってきたテディが見たのは――首のなくなった
「……」
しばし、呆然とその光景を見ていた。
それも首がごっそり消えて無くなっている。
だというのに……いったいどうやればこんなことができるというのだろう?
通りすがりの魔術師というのは、実は教団の〝聖魔術師〟だったのだろうか?
であれば、この光景にも納得はできようと言うものだが――
「テディ様!? ご無事でしたか!?」
そこへ騎兵が一騎現れた。
女騎士だ。テディが王都から一緒に連れてきた配下の一人だ。
彼女の名はリーゼ・ドーソンといった。銀髪の若い女騎士だ。
まだ年齢は20歳と若いが、かなり実力のある騎士である。とある欠点さえ除けば、実に将来有望な若手騎士だ。
リーゼは機械馬から下り、慌てた様子でテディへ駆け寄ってきた。
「お怪我はありませんか!?」
「リーゼ!? 貴様、なぜ戻ってきた!?」
「テディ様がいつまでも撤退してこないので、心配で見に来たんですよ」
「他の者はどうした?」
「無事に撤退しています。現地の守備隊も無事です。死者はいません」
「そうか、それは何よりだ……」
テディはほっと一息を吐いた。
「それで、あの、テディ様……この
リーゼもまた、信じられないような目で
そりゃそうだろう。これを見てすぐに現実と受け入れられるような人間はいない。
「いいや、違う。我が輩ではない」
「え? 違うんですか?」
テディが頭を振ると、リーゼは驚いた顔をした。
「で、では誰が……?」
「恐らくは〝通りすがりの魔術師〟とやらの仕業だろうな」
「へ? 誰ですか、それ?」
「我が輩にも分からん」
「???????」
リーゼの頭の上にハテナがいっぱい浮かんでいた。
テディは臭いに顔を顰めながらも、
「……ふむ。どうやら、すでにオパリオスは回収された後のようだな」
「うう、とんでもない臭いですね……」
リーゼも少し嫌そうな顔をしながら、マギルの傍に立った。
「でも、現地の守備隊の報告もいい加減ですよね。まさかワイバーンと
「まぁ誰もこんなところに
「そんなまさか。わたしもそこまでうっかりじゃないですよ」
ははは、とリーゼは他人事のように笑った。
リーゼは騎士としての実力は申し分ない。
だが、とにかくうっかりでドジだ。その自覚が本人にないのがもっとも
「……にしても、これをいったいどのように〝陛下〟へ報告すればいいのだ……?」
テディは困り果てた顔で思わずそう呟いていたが……すぐに顔を上げた。
「リーゼ、周辺を捜索するぞ」
「え? すぐに隊と合流したほうがよくないですか? テディ様、怪我してますよね?」
「骨が何本か折れとるだけだ。大したことない」
「それ大したことあるやつですよね!? なんでケロッとしてるんですか!?」
二人は周辺を捜索した。
〝何者か〟の痕跡が残っていないか調べるためだ。
「テディ様!」
しばらくして、リーゼが声を上げた。
テディはすぐに彼女のところへ向かった。
「何か見つけたか?」
「はい、何か残骸のようなものがあるんですが……これなんか変じゃないですか?」
リーゼが見つけたのは、恐らく機械馬の残骸と思われるものだったが、確かに何か変だった。
ただの残骸ではない。何か変わった形に組み替えられているのだ。
「……なんだこれは」
テディは近づいてよく検分したが、それが何なのか皆目見当もつかなかった。
(さっきの〝光〟は、まさかこれか……?)
自分は魔術には詳しくないが、それでとこれがとんでもない何かだという予感はあった。
(おそらく残骸で何か組み上げたのだろうが……こんなことできるのは教団の聖魔術師だけのはず。だが、なぜ聖魔術師がこんなところに? 事前に
考えれば考えるほど分からなかった。テディは思わず頭を抱えた。
(もういっそ、本当に女神の加護を授かった、とでも報告するか……?)
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