14,〝エリカ〟のこと
「よし、来いシャノン」
「は、はい!」
……で、結局剣術の稽古をすることになった。。
剣術というのは貴族にとっては嗜みの一つだ。もちろん将来的に騎士になるのならば教養以上に大切な要素となるだろう。
ま、おれは騎士になるつもりはないけどな!!
前世では貴族の有する軍事力は〝騎士団〟といって、騎士こそが国家軍事の要だった。
貴族は魔力の多い人間たちが特権階級化した存在だ。そのため、生まれつき平民よりは圧倒的に魔力量が多い。
だから騎士は平民の兵士と違い、潤沢に魔術道具を使用することができた。
騎士は基本的な装備は全て魔術道具なので、戦闘単位としてはかなり強力だ。魔族と対等に戦おうと思ったら、まず騎士がいなければ話にならない。大戦時に大量徴兵された平民の歩兵など、所詮は騎士を守るために用意された肉壁&雑用係のようなものだ。
しばらく稽古用の木剣でダリルに打ち込み続けた。
ダリルに剣術を教わっている時、おれは一つだけ気をつけていることがある。
それは、前世で使っていた流派を使わないようにすることだった。
前世、兵士から平民上がりのいわゆる〝野良騎士〟になった時、おれは所属していた騎士団の団長から剣術を教わった。
剣術には色々と流派があるが、おれが前世で使っていた流派はダリルの使っている流派とは異なる。
なんせいまのおれは九歳の子供だ。
ダリル以外に剣術を教わっているわけがないのだから、他の流派の剣筋なんて見せたら明らかに不自然だろう。
……これがまぁ、けっこう気を使うのだ。
おれが思っている以上に、前世で培った技能というのは身体に染みついている。魔術の知識もそうだが、うっかりすると無意識に前世での剣術を使ってしまいそうになる時があるのだ。
と言っても大した腕前ではない。
おれはどちからと言えば圧倒的に頭脳派だ。剣術の腕前はクソザコナメクジで、所属騎士団では最弱の男だった。魔力量には恵まれていたが、むしろそのせいで周りからは宝の持ち腐れと言われていた。
騎士としてはあまりに弱いので次第に雑用をやらされるようになり、みんなの魔術武器などを修理したりしている内に騎士団専属魔術師ポジションになり、なんやかんやあって魔王討伐軍参謀本部の目にとまったのだ。大賢者と呼ばれるようになるのはそれからである。
……今思えば、下積み時代めちゃくちゃ長かったなぁ、おれ。
「よし、少し休憩だ」
おれの息が少し上がってきた頃、ダリルが休憩を入れた。
おれらは水筒の水を飲んで一息吐いた。
「シャノンはかなり剣術の筋がいいな。これならきっと立派な騎士になれるぞ」
ダリルは嬉しそうな顔でそう言った。
おれは少し照れたように頭を掻いた。
「いえ、そんなことないですよ」
「いや、父さんが同じ歳だった時のことを思い出すと、お前は少し筋が良すぎるくらいだ。何と言うのかな……剣術そのものは知らないが、生まれつき剣の扱い方を知っている――とでも言うべきかな。自分でもどう言っていいのかよく分からんが、そんな感じなんだよな」
「ドキ!?」
「ん? どうした!?」
「い、いえ、なんでもありません! ははは!」
とりあえず笑って誤魔化した。
……なるほど。ダリルはよく見ているな。
剣術を知らないふりはできても、おれの身体には剣の扱い方が染みついている。どうやらそれがダリルには何となく分かるようだ。
「それより、どうして父さまは騎士にならなかったんですか? こんなにもすごい剣の腕前なのに」
おれは話を逸らしたが、それはかねてからの疑問でもあった。
ダリルの剣術はかなりのものだ。これほどの腕前なら騎士として十分にやっていけるだろうし、戦場でも通用するだろう。
ダリルは立場上、ただの文官だ。
だが、その割に身体はしっかりと鍛えているし、剣術の稽古も怠らない。どうして騎士じゃないのか不思議なくらいだ。
「別にそうでもないさ。まぁおれにとって剣術はただの趣味だからな。騎士になれるほどのレベルじゃないってことさ」
ダリルはそう言って笑ったが、おれは腑に落ちなかった。
とても趣味レベルの腕前ではないと思うんだけどな……?
ダリルならこの領地の〝守備隊〟にいたっておかしくないと思うのだが。
守備隊、というのはこの時代で言う騎士団のことだ。
今は騎士団という呼称は使わないらしい。理由はよく分からない。
「ところでシャノン、実はエリカのことで一つ言っておかないとならんことがある」
ダリルは急に真面目な顔になった。
おれは首を傾げた。
「エリカのことで……? なんでしょう?」
「うむ。いや、実は言おうかどうか少し迷ったんだが……やはり黙っておくべきではないと思ってな。なので、ちゃんと言っておくことにした」
ダリルは続けた。
「エリカはな、おれの友人の一人娘なんだが……実は少し前に、そいつが死んじまったんだ」
「え……? 死んだ……?」
「ああ。病でな。長らく患っていたが、ついこの間ぽっくり逝っちまった。身体の頑丈さだけが取り柄みたいなやつだったが、どうにも病には勝てなかったようでな」
「……」
「それでな、実はエリカは幼い頃に母親も事故で亡くしてるんだ。だからあいつは自分の母親の顔は写真でしか知らない」
「……え?」
おれは少なからず言葉を失った。
父親が先日亡くなり、母親は子供の頃に既に他界している。
……つまり、あいつはこの年で既に両親と死別してしまったってことか?
「ええと、それじゃあエリカはもう身寄りがいないってことですか……?」
「まぁそういうことだ。おれがあいつからエリカのことを頼まれたのは1年ほど前だ。その時点で、あいつは自分がそう長くないってことを薄々分かっていたんだろうな。あいつは自分自身も病に冒されていたが、それ以上に娘の病のことばかり気にかけていた」
「……」
「エリカは前みたいに、幼い頃からよく熱を出して倒れていたらしい。死んでもおかしくないような発作も、幾度かあったそうだ」
……死んでもおかしくないような発作か。
おれは倒れた時の魔王のことを思い出した。
少なくとも、あれは演技には見えなかった。本当に熱を出して苦しんでいたんだろう。
かつて〝大いなる厄災〟とまで呼ばれた魔王が、今世では病弱な人間の女の子とはな。とんだ皮肉か何かだな、これは。
ま、あの性格だからな。きっとバチが当たったんだろう。
ははは。ざまーみろってんだ。
おれが内心でそんなことを考えているとも知らず、ダリルは真面目な様子で続けた。
「あいつはいま、周囲の環境が大きく変わって精神的に疲れているはずだ。そんな素振りはまったく見せないが……無理はしてるだろう。だから、お前にはあいつのことを支えてやって欲しいんだ。なんせ、お前はエリカの許嫁だからな!」
ばしばし! とダリルがおれの背中を叩いた。
けっこう強かったのでちょっと咽せた。
「ちょ、痛いですよ父さま!」
「ははは! これくらいで痛がってたら女の子に笑われるぞ!」
「いや痛いものは痛いですから!」
「よし、休憩は終わりだ! 稽古の続きをするぞ! 今日はみっちり行くからな!」
ダリルは威勢良く立ち上がった。
その様子は、もういつも通りのダリルだった。
その後、おれは稽古を続けたが……色んな事が気になりすぎて、あまり身が入らなかった。
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