4,備えよ、常に
「あー、やめやめ!! 考えるのやめ!!」
おれはモヤモヤを振り払った。
……くそ、ダメだ。やっぱブルーノのことを考えると息苦しくなる。
なに、どうせ前世のことだ。
一度死んで、おれは文字通り生まれ変わったんだ。
だから前世のことでクヨクヨ考えたって仕方ない。
別にブルーノが初代教皇だろうが、ブリュンヒルデが女神だろうが、全知教団とかいう連中がすごい権力で世界を支配していようが、今のおれには関係ない。
今世のおれの目標は可愛い彼女を作ってイチャコラすることだ。
もちろん親孝行だってする。
前世ではいまと同じぐらいの年齢の時に死に別れたから、親孝行なんてしたことがなかった。妹のことも可愛がってやれなかった。
前世で出来なかったことを、おれは今世で成し遂げる。
彼女作って、結婚して、子供が出来て、親に孫の顔を見せる。
この〝壮大〟な目標を成し遂げることこそ、今世のおれに課せられた使命なのだ。
「……よし、もう忘れた。おれは今を生きる。過去は振り返らない」
そう、過去は振り返らない。
――がしかし、過去に培った知識は大いに活用するつもりだ。
一つ幸運なことがあるとすれば、それはいまおれが生きているこの国――スクラヴィア王国はとても平和だということだ。
魔族との戦争もなく、他国とも戦争をしていない。
こればっかりは本当に幸運だと思う。もう戦争なんてこりごりだ。平和じゃなければ彼女だってできやしない。
だが、有事ってヤツはいつやってくるか分からない。
明日も平和だと思っていたら、ある日突然、何もかもを失うかもしれない。
実際、前世のおれがそうだった。
今日と同じ明日が来るんだと信じて疑っていなかった。生まれた村で生き、生まれた村で死ぬ人生を送るんだと思っていた。
それは全て、一夜にして燃えて灰になった。
みんなあっという間に死んだのだ。魔族に襲撃されて、何もかもなくなった。
あんな思いをするのは二度とゴメンだ。
そこら中から叫び声が聞こえる中、おれはずっと瓦礫の中で隠れていた。ブリュンヒルデがおれを見つけてくれるまで、ずっとガタガタ震えていた。
思えば、前世は最初から最後までずっと間違えっぱなしだった。
一つでも正しいことをしたと思えることなんて、いま思えば何も無いように思える。
……だからこそ、もう間違えない。
例え何が起こったとしても、おれは絶対に家族を守る。
〝備えよ、常に〟――というやつだ。
おれは部屋のクローゼットを開いた。
中にはおれが作ったオモチャがたくさん溢れていた。
両親はおれのことを工作好きな子供と思っているだろう。ハンナにもよくオモチャを作ってやっている。
だが、これは本当の目的を隠すためのカモフラージュのようなものだ。
おかげでおれの部屋に色んな工作道具が転がっていても、親が不審がることはないし、魔術道具が転がっていてもオモチャにしか思わない。
……現代では魔術道具はかなり高価な代物らしいからな。おれが魔術道具を自作してるなんて、うっかりバレないようにしないとな。
前世の時代であれば、貴族なら魔術道具は当たり前に保有していた。例え小貴族でも、身の回りには普通に魔術道具があったものだ。
でも、現代ではどうにもそうじゃないらしい。
おれの感覚からすれば、いまの生活水準はかつての平民とまるで変わらないレベルだ。魔術道具が何一つ、身の回りに存在しないからだ。それはもう不自然なほどに。
どうも、それにも全知教団という連中が影響しているようだ。
かつて貴族が魔術を独占していたように、現代ではこの全知教団って連中が魔術に関する知識を独占しているのではないかと推測している。
クローゼットの奥から大きめの木箱を引っ張り出した。
「〝明日は今日より、良い日でありますように〟」
手を当てて合い言葉を口にすると、木箱のロックが解除された。この木箱にはちょっとした魔術的な仕掛けが施してあるのだ。正しい手順で解錠しなければ絶対に開かないようになっている。
パカッ、と箱を開くと、中にはおれが密造――もとい、自作した魔術武器が納められていた。
色々入っているが、煙幕弾や手榴弾は補助武器みたいなものだ。
大本命はこいつ――
そう、
他にも魔剣や、騎兵であれば
こいつは魔力弾式魔術銃だ。
平民でも扱える実体弾式魔術銃はかつて火薬を使った銃火器が一般的だった頃のものとあんまり変わってない。火薬でやっていたことを魔力エネルギーで代用するだけだが、騎士が使う魔力弾式の魔術銃は魔力エネルギーそのものを攻撃に使う。もちろんそれだけ魔力消費は激しいが、実体弾式よりは威力も使い勝手も段違いだ。
「よいしょ――ちょっと試し打ちしとくか」
ハンナやティナに見つからないよう、コソコソと家を出た。
我が家の周囲は大自然という大いなる大地の母の恵に溢れている。
ようは一面のクソミドリだ。
マジで森しかない。
近くに村はあるけど、そう大きな村じゃないしな。
とまぁそういうワケなので、たまに森にやってきて
とりあえずこの辺でいいだろう。
……あの木を狙うか。
まずはボルトの位置を最小威力で、貫通弾のカートリッジを装着する。
パーン!
乾いた音と共に魔力弾が撃ち出される。
どれ、と自作の魔術望遠鏡で着弾点を確認した。
……ふむ。ちょっと穴が空いてるだけだ。これなら平民が使う実体弾式の
次はボルトの位置を最大威力にした。
パッカーン!!
ちょっと音が変わった。
わずかに反動も大きくなる。
さっきと同じ木を撃ったが、今度はその木に大穴が空いた。人間だったら胴体が丸ごと消し飛んでるくらいの大穴だ。
文字通り木の皮一枚繋がっていたが、それで自重を支えられるわけもないので木はあっさりと倒れた。
倒れたのは一つだけではない。
その後ろにあった木も何本か同じように倒れた。
……まぁこんなもんか。
次は炸裂弾のカートリッジに付け替えた。
これが実体弾式ならマガジンと思うかもしれないが、これは魔術回路の入ったカートリッジだ。
まずは最小威力。
ズンッ!
重く鈍い音がした。
着弾した炸裂弾が爆ぜ、木の表面を抉った。
人間に撃ったら普通に頭がパーンする威力だ。
次は最大威力。
ズドンッ!!!
これまでで一番反動が来た。でもまぁ、威力を考えたら大した反動ではない。おれでも片手で扱えるレベルだ。
着弾した木が派手に吹っ飛んだ。
木っ端微塵だ。爆風で近くにあった木もへし折れ、地面にも穴が空いてしまった。
……ふむ。
まぁこんなもんか。
こいつは自作だし見た目は不格好(いかにも手作り感満載)だが、前世でよく使っていた標準的な
普通の
だが、こいつは携行できる中型カノン砲レベルを目指して造ったものだ。
だから通常の
これは身の回りで手に入る材料だけで造ったものだ。
魔術道具は魔術の基本である魔術式さえ知っていればどうとでも造れる。極端な話、鉛筆で紙に書いた魔術式だって立派な〝魔術回路〟だ。魔力の通り道があって、それが四元素へのふるまいを指示しているのであれば、それで現象を発生させることはできる。
けれどさすがにそれでは魔力伝導率や魔力拡散率が多すぎるから実用的ではない。それらの数値が大きすぎると魔術式が完璧でも、不完全な魔術回路しかできない。
でもまぁ、初めからそれらの減退率を考慮に入れながら魔術式を考えれば、どんな材料でも〝完璧〟な魔術回路は造ることができる。ただちょっと計算がややこしくなって、魔術式が複雑化するだけのことだ。何もかも減退率がゼロの理想状態でしか魔術式を考えられないようなら、それは所詮二流の魔術師である。
現状では主に木の板を使って魔術回路を造っている。
木の板に魔術式を彫り込み、そこに
あとは魔石。
魔石というのは自然界に存在する鉱物の中で、魔力を蓄える性質があるものの総称だ。
一般的なのはスマラルダス、サピロス、ルベウス、アマダスだろう。一番性能の低いのはスマラルダスという緑色の魔石だが、こいつのクズ魔石は畑仕事の時によく地面から出てくる。こんな鉱脈とはまったく関係ないところで頻繁にとれるのは、まぁ恐らくは大戦時に使われた魔石の欠片なのだろうと思う。それを再利用して魔術回路に使っている。
……この
他にも補助武器として煙幕弾や手榴弾も用意している。
何かあった時は、おれが家族を守る。
備えよ、常に――だ。
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