第六章
32,大賢者、看病される
「はい、シャノン様。あーん」
「……」
「あら、どうされたんですか?」
魔王が可愛らしく小首を傾げていた。
可愛い。
だが魔王だ。
おれはふん、とそっぽ向いた。
ありのまま起こっていることを話そう。
おれはいま、全身包帯だらけでベッドに寝かされている。
そして、魔王に看病されている。
……疑似魔法核を造った後、おれはぶっ倒れた。
疲労と風邪のダブルパンチだ。
しかも全身傷だらけの痣だらけだ。
三日三晩寝込んで、今日ようやくそれなりに容態がマシになったところだった。
「お前に看病される筋合いはない。自分で食うからさっさと出てけ」
「ひ、ひどいですわシャノン様。せっかく看病してあげようとおもいましたのに……」
「お前はいつまでその口調でいるつもりだ……?」
「ったく、せっかく人が気を使って可愛くしてやっておるというのに……つれんやつだな」
化けの皮が剥がれた。
可愛い美少女はいなくなり、なんだか一気にやさぐれた感が出てきた。
「うるせえ。本性知ってるのに上辺だけ可愛くされても意味ねえんだよ。おれは身も心も、全てが可愛い美少女と結婚したいんだ」
「ほう? 許嫁の前で堂々と他の女の話をするとは良い度胸だ。この不貞は親にさっそく報告を――」
「やめて!!」
立ち上がろうとした魔王の服の
魔王はすぐに座り直した。
「冗談だ、冗談。妾はそこまで狭量ではない。愛人の一人や二人くらいなら認めてやる」
けらけら、と魔王は笑った。
その様子は数日前まで死にかけていたとは思えないほど普通で、むしろ元気なくらいだった。
胸元にはおれが造った魔術道具が首から下げられていた。
それはペンダント風におれが仕上げた疑似魔法核だ。
これは同期型の魔術道具で、本人の血を認識することで使用者を識別し、魔力パイパスによって同期するタイプの魔術道具だ。
おれの魔術式通りに作動しているのなら、こいつの保有しているあり得ない量の魔力は、一度この疑似魔法核に格納されているはずだ。まぁこいつの様子を見る限りでは、ちゃんとおれの思った通りに作動しているようだ。
「それにしても、よもやこんな物を造るとはな……さすがは大賢者と言ったところか」
「ふん、まぁそれほどでもねえ。おれにとっては朝飯前どころか昨日の晩ご飯だ」
「すまん、ちょっと何言ってるか分からん」
「とにかく、これで貸し借りは無しだからな?」
「何のことだ?」
「何のことって……お前、魔法を使っておれを助けただろう? おかげでおれは熊に襲われずに済んだ。そのことだよ」
「ああ、あのことか」
魔王はすっとぼける感じでもなく、そう言えばそんなこともあったな、みたいな軽い感じだった。
おれは少し、じろりと睨めつけてしまった。
「……で、お前、なんであんなことしやがった? 魔法を使ったら死ぬって分かってたんだろう?」
「ああ、分かっていた。むしろ、だからこそだよ」
「……は? どういうことだ?」
「妾は死んでしまいたかったのだよ。生きていても周りを不幸にするだけだからな」
「……」
おれはすぐに何と言っていいのか分からず、思わず黙ってしまった。
魔王は少し自虐的な笑みを浮かべた。
「いきなり何を言い出すんだこいつは、と思っているような顔だな。なら、一つ話をしてやろう。妾の今世での父親はな、本当に不憫なやつだった。妾が何者なのかも知らず、自分の娘だと思って本当に可愛がってくれたのだ。それはもう本当に、溺愛するほどな」
「……」
「妾はこの身体で生まれてから、頻繁に熱を出して倒れていた。原因は前も言ったように膨大な魔力のせいだ。どれだけ気をつけて均衡を保っていても、この身体ではどうしてもうまく制御できん時があった。妾は物心ついた頃にはすでに前世のことを思い出していたから、自分の熱の原因を把握していたんだよ。父親が色んな医者のところへ妾を連れていったが、まぁ治るわけがなかった。わたしの熱は病気じゃなかったんだからな」
と、魔王は肩を竦めた。
「それがまぁ何と言うか……見ていると本当に不憫でな。あいつは妾のことを大事な娘だと思っておるのだ。中身が何者なのかも知らずにな。だからな、さすがに言ってやろうと思ったんだ。妾が何者で、なぜ熱を出すのか。その全てを、洗いざらいな」
「……それで、どうなったんだ?」
「それがな、結局言えなかったのだ」
「……なに?」
くくく、と魔王は笑った。
それはどこまでも自虐的なものだった。
「おかしな話だと自分でも思う。だが、言えなかったのだ。何度も言ってやろうとしたが、その度に口が動かなくなった。どうやら妾は、父親に嫌われたくなかったらしい。真実を言ってしまったら、もうあいつは妾の父親ではなくなるかもしれない。そう思うと、怖くて言えなかった」
「……」
「おかしな話だろう? 魔王ともあろうものが、そんな小娘のようなことを思うなどとな。そして、しばらくしてから妾は知った。父親が病魔に蝕まれていたということをな」
「……」
「あいつは自分の口では決してそのことは言わなかった。知ってしまったのは偶然だ。医者と話しているところを聞いたのだ。あいつは自分がいつ死ぬと分からない中で、それでも妾の病気を治そうと、あるだけ金を使った。最後は家財道具まで売り払った。妾はさすがにもう――それに耐えられなくなった。見ていることができなくなった。だから、一度自分で死のうとした」
「……え?」
おれは思わず魔王の顔を見ていた。
死のうとした。
魔王の口調は、なぜか妙に淡々としていた。
「でもな、残念ながら死に損なった。なるべく高いところから飛び降りたつもりだったが、なぜか生きていた。まったく、亜人の身体というのは脆弱なのか頑丈なのか分からんな。でもな、妾はその時初めて、父親に怒られた。なんて馬鹿なことしたんだって。本当に怒られてしまった」
「……」
「それがもう、ぼろぼろ泣きながら怒るんだ。はは、あれは本当に参ったよ……おかげで死ぬ気が失せてしまった。で、結局妾は最後の最後まで、父親に真実を話すことができなかった。妾のせいで、あの男は死ぬまで不幸だった。妾が娘なんかでなければ、もう少し違った人生を送れたのかもしれんのにな」
魔王はおもむろに立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「あ、おい」
おれは思わず呼び止めてしまった。
だが、呼び止めてからふと疑問に思った。
何でおれは魔王を呼び止めたんだろう、と。
魔王はドアの前で足を止めた。こっちを振り返ることはなかった。
「妾はずっと死ぬ場所と理由を探していた。命を粗末にするような死に方では、あの男に申し訳が立たんからな。だから、お前に借りを返して死ねるのであれば――それでいいと思ったのだ。どうせこのまま生きていても、周りを不幸にするだけだろうからな」
「借りって、何の話だよ? お前、おれのこと恨んでるんだろ? 前世で殺したのを根に持ってるんだろ? 借りってのはそういう意味なんじゃなかったのかよ?」
「妾はお前を恨んだことなど一度もない」
魔王が振り返った。
その顔は何と言うのか、ちょっと困った感じに笑っていた。
「妾は、お前には感謝しかしていないよ」
魔王はそれだけ言い残して、部屋を後にした。
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