18,考え事
「……うーむ」
おれは部屋で唸っていた。
考えているのは魔王についてのことだ。
あいつは昔からよく熱を出す体質だったらしい。
その上、死んでもおかしくないような発作も起こしていたという。
だが、それらの原因はあいつの膨大過ぎる魔力が原因だという話だ。
確かに、魔族は基本的に人間より魔力量が多い。
しかしながら、その身体的な特徴はほぼ人間と大差がない。
ならば魔族と人間で何が違うのか。
それは脳の一部構造と、あいつが言っていた〝魔法核〟の有無だ。
もし仮に人間の身体に魔族並みの魔力が宿っているんだとすれば……それはかなり危険な状態だと言える。風船に空気を入れすぎたら破裂するのと同じようなものだ。
「――あいつの身体には膨大な魔力が宿っているが、それを制御するのに必要な魔力核が存在しない。つまり、人工的に魔法核に変わる魔術道具を用意すれば、魔力を制御できるようになるんじゃないか……?」
あれこれ考えた結果、おれはそういう推測にたどり着いた。
魔力が制御できるようになれば、あいつの謎の病とやらも治るんじゃないだろうか。逆に言えば、それしか方法がないようにも思える。いくら薬を使って治療しようとしたところで魔力を制御できるようになるわけがないのだから、あいつの体質が改善されるワケがない。
「もし〝オパリオス〟がどこかで手に入れば、それを魔術道具に加工して、あいつと同期させることができれば、それを疑似魔法核としてあるいは――」
ぶつぶつ言いながら部屋の中を歩き回った。
自分ではほぼ無意識なのだが、おれは考え事をしている時に独り言を言いながらうろうろする癖がある。前世からの癖だ。
オパリオスというのは連中が言う魔法核のことだ。
魔族や魔獣の体内には魔法核と呼ばれる魔石のような体内器官が存在しており、人間社会ではそれをオパリオスと呼んでいた。
そもそも魔石とは自然界に存在する鉱物の中で、魔力を保持する性質を持つ物の総称だ。自然界の魔石で最も優れているのはアマダスと呼ばれる魔石だが、オパリオスは魔石として見ればその性能を遙かに上回っている。
話は単純だ。
魔王が本来人間の身体では制御できない魔力を保有しているのなら、それを制御できるようになる擬似的な魔法核を魔術道具として用意すればいいわけだ。
それを造るにはまず魔石がいるが、選択肢はオパリオスしかない。
他の魔石でも工夫すれば代用はできるかもしれないが……やはりオパリオスが一番望ましいだろう。元々魔法核だったものを使った方がより実際の魔法核に近いものが造れるはずだ。
「……って、何でおれはこんなこと一生懸命考えてるんだ?」
ふと我に返った。
手に持っていたノートには、オパリオスを使った魔術道具を作るために必要な魔術式の基礎となる数式が書き殴るように羅列されていた。
ほぼ無意識に書いていたものだが、改めて中身を見直して確信を得た。
オパリオスさえあれば、それを擬似的にあいつの魔法核とすることは理論上可能だ。
「って、そんなもの手に入るわけがねー」
おれはノートを机の上に放り出し、ベッドの上に寝っ転がった。
……おれの財力でどうやってそんなものを手に入れられるっていうんだ?
魔族レベルの魔力量となると、それに見合ったオパリオスが必要だ。ザコの魔獣を倒して手に入れられるような、ショボいオパリオスではダメだ。まぁそれでもかなり高価なのだが……おれがいま必要としているレベルの代物となると、この家と土地を売り払ったところで到底足りないだろう。大貴族並みの財力がないと無理だ。
「……あー、やめやめ。考えるだけ無駄だ」
おれは目を瞑った。
いっそこのままお昼寝でもしてしまおう。
しばらくそのまま目を閉じてじっとしていたが、気がつくと再び色んな数式が頭に浮かんできた。
……造ろうと思えば造れる。
そして、もしそれを造ることができれば――あいつの〝謎の病〟を治すことは恐らく可能だ。
ぱちり、と目が開いた。
「……そうだな。仮に造るとなれば、まずはあいつがどれだけの魔力量を保持しているのかを把握しておく必要があるな。それでどの程度のオパリオスが必要なのかも変わってくるわけだし……」
おれはベッドから起き上がると、クローゼットの中にしまってあった玩具の一つを取りだした。
「ででん! 自作魔力測定器『測定しちゃうぞ君』!!」
勢いよく掲げるように取りだした。
特に意味は無い。
こいつはその名の通り、おれがそこらへんにある適当なもので自作した魔力測定器である。
見た目は何だか不細工な箱の玩具だが、この機械式のメーターが魔力の数値を表すようになっている。
触覚のように飛び出した二本の針金の部分は一種の指向性アンテナで、こいつを対象に向けてスイッチをポンすれば相手の魔力量を計測することができるという代物だ。
「どれ、まずは自分で試しておくか。スイッチをポン――ふむ、まぁだいたい2ペタバイトくらいか」
ひとまず自分で試してみたが、その数値は以前計ったものと同じだった。
魔力の単位には〝
ペタは接頭語で、下から順にメガ、ギガ、テラ、ペタ、エクサ、ゼタ、ヨタ――というふうになる。
一般的な貴族の魔力量は100テラバイトほどである。おれが知っているかつての貴族社会で生活するならこれくらいで十分だ。身の回りにある日用品的な魔術道具を動かすだけなら困ることはない。
それで言えば、おれの2ペタバイトという魔力量は恵まれているほうだと言えるだろう。ペタバイト・クラス、というのが実はすでにちょっと人に自慢していいレベルだ。ちなみにこれは偶然なのか、前世でもほぼ同じくらいだった。
ちなみに測定しちゃうぞ君は2パターンの魔力計測ができる。
潜在魔力量と現在魔力量だ。
潜在魔力量というのは、その生命体が持つ総魔力量で、言わばタンクそのものの大きさを表す数値である。
で、現在魔力量がいま現在どれだけの魔力量が残っているかというものだ。タンクの中にどれだけ水が残ってるか、ということである。
「さて、そいじゃ魔王の潜在魔力量を計測しにいくか」
よいしょ、と立ち上がった。
部屋を出ようとして、ふと足が止まった。
……はて????
おれは何のためにそんなことをしようとしてるんだ????
さっき思いついた擬似魔法核を造るには、確かにあいつの魔力を正確に知る必要がある。
で、なんでおれはちょっと真面目にそれを造ろうなどと思っているんだ……?
「……いや、違う。違うぞ。別にあいつのためとかそんな理由じゃない。これはただの知的好奇心というやつだ。うん、それだそれ」
って、おれは誰に言い訳してるんだ……?
あー、もうやめやめ! 深く考えるのやめ!
どうせオパリオスがなけりゃ造れやしないんだしな。これはただの実験のようなものだ。
とりあえずおれは測定しちゃうぞ君を持ち出し、魔王の姿を探した。
まず部屋に向かったが、中には誰もいなかった。
……いないな。一階にいるのか?
そう思って魔王の部屋を後にしたが……ふとハンナの部屋の方から楽しげな声が聞こえてきた。
ハンナの部屋はおれと魔王の部屋の間だ。うちは貧乏貴族だが家だけはそこそこ広い。まぁ使っていない部屋が多いので掃除が大変なだけなのだが。
おれはこっそりとハンナの部屋のドアに耳を当てた。
……魔王の声が聞こえるな。
おれはさらにこっそりと部屋のドアを開けた。
一つ言っておくが、これは決して覗きではない。ただちょっと中の様子を確認しているだけだ。
「はい、今度はエリカお姉ちゃんがこの人形ね」
「うん、分かったわ」
ハンナと魔王が仲良くお人形遊びをしていた。
どうやらお人形でおままごとのようなことをしているようだ。
おれは歯噛みしながらその様子を眺めた。
く、くそう……魔王のやつめ。すっかりハンナと仲良くなっていやがる。
これまでハンナの遊び相手と言えばおれだったのだ。
ハンナと遊ぶ時間はおれにとって至福の一時だった。心のオアシスだったのだ。それを横からかっ攫いやがって……魔王絶対に許すまじ!!
「――ん?」
魔王がふとこちらを振り返った。
おれは慌てて身を隠した。
「どうかした? エリカお姉ちゃん?」
「ううん、何でもないわよハンナちゃん」
魔王は再びハンナと遊び始めた。
……鋭いヤツだな。さすがは魔王といったところか。
おれは再び隙間からこっそり様子を窺いながら、アンテナの向きを魔王に定めた。多少の遮蔽物なら影響はない。アンテナの有効距離はだいたい30プランクほどだが、指向性なのでちゃんと対象に向けないと計測ができないのだ。
よし。
スイッチをポン。
その瞬間だ。
メーターがものすごい勢いで回転を始めた。
……お、おお?
すごい勢いだった。
あっという間におれの魔力量など抜かれてしまった。
……え? い、いや、ちょっと待って……? どこまで上がるんだ……?
カタカタカタカタカタッ!!!!
チーン!!!
「……う、嘘だろ」
半ば呆然とその数値を眺めていた。
これはギガバイト・クラスから計測できる仕様だ。そして、上限はエクサバイト・クラスである。
魔王から計測された魔力量は――およそ500エクサバイトだった。
……いや、いやいやいやいや。
〝人間〟でこの数値はおかしいだろ……?
確かに、前世の〝魔王〟と比べれば半分以下だが……それでも魔族で言えば幹部級だし、ドラゴンなら大型種並みの魔力量だ。
これは文字通り人間の領域ではない。
おれたち人間の限界は、何をどうしても理論上ペタバイト・クラスまでだ。エクサバイト・クラスには絶対にならない。
例えば人類史上最強と言われたブリュンヒルデですら900ペタバイトだった。これでも超人どころか〝人外〟と言っていいレベルだ。人間の肉体では、普通ならどうやってもエクサバイト・クラスの魔力は保持できないのだ。
仮にこれが1エクサバイトだとしてもおかしいレベルなのに、あいつは500エクサバイトだ。次元が違いすぎる。
……マジでこれまで死ななかったのが奇跡的なレベルだ。
本当にギリギリのところで魔力を制御してるってことか……?
本来人間にはそんなことできないはずだが……いや、待てよ?
そう言えば、あいつは『魔法を使えないことはない』みたいなこと言ってたな。
前世の記憶が脳の成長に影響を与えたのか……? その影響があってかろうじで魔力制御が出来ている――ということだろうか。
だが、どちらにせよ危ない状態であることには変わりない。
これでは毎日、薄氷の上を歩いて生活をしているようなものだ。
おれはいったん、部屋に戻った。
自分でもよく分からなかったが、なぜか妙に焦燥感を覚えていた。
「……あいつ、マジで生きるか死ぬかの瀬戸際じゃねえか」
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