17、あーん
くそおおおおおおお!!!
魔王のやつめ!!!
絶対に許さんからな!!!
病人だと思って優しくしてやったらつけあがりやがって!!
あんなやつ、あのまま熱出してぶっ倒れてればいいんだ!!
「……」
……いや、でも命に関わることだって言ってたしな。
死んだらさすがに寝覚めが悪いしな……。
いやいや!!
しっかりしろ、おれ!!
あんなやつに情けなんざ無用だ!!
おれの怒りはいま、完全に有頂天に達している!!
この怒りはしばらく収まることを知らない!!
あんなやつどうなろうが知ったことじゃない!!
……と、色々と思いながらおれはキッチンに顔を出した。
「……あの、母さま」
「どうしたの、シャノン?」
「いえ、それがエリカが少し体調が悪そうなんですが……何か消化の良さそうなものを作ってあげてくれませんか?」
「え、本当に? それは大変……分かったわ、すぐに何か作るわね」
「はい、お願いします」
……その後、おれは野菜スープを持って魔王の部屋に戻った。
違う。
これは決してあいつのことを気遣ったとか、そんなあれではない。
おれ自身が紳士として――〝シャノン〟としてやるべきことを
「……ん? どうした、やっぱり我慢できなくなって襲いに来たか?」
部屋に戻ると、魔王は横になったままうっすらと目を開けた。無理して小憎らしい顔を浮かべているが、やっぱりしんどそうだ。
おれは何も言わず、ベッド横のサイドテーブルにどんっ、とトレーを置いた。
魔王が怪訝そうな顔をした。
「……なんだ、それは?」
「病人食だ。ティナに作ってもらった。気が向いたら食え」
「……」
魔王がポカンとおれを見ていた。
まるで珍獣でも発見したかのような顔だ。
こいつのことだからてっきりまた馬鹿にしてくるかと思ったが、そんなことはなかった。
じっとおれの顔を見ている。
あまりにもじっと見てくるので、何だか居心地が悪かった。
「な、何だよ? 嫌いな野菜でも入ってたか?」
「……いや、何でもない。そうだな、お前はそういうやつだったな」
「は?」
「気にするな。こっちのことだ」
魔王が笑った。
それはこれまでのような、おれを馬鹿にしたものでもなければ、何かを企んでいるようなものでもなかった。
ただ純粋に、とても優しげに笑っていたのだ。
――ドキリ。
心臓が跳ねた。
なぜならその笑みを浮かべる魔王は、本当に可愛かったからだ。
さっきの挑発なんて目じゃないくらい、おれは本当にドキリとしてしまったのた。
「どうかしたか?」
魔王が小首を傾げていた。
すぐに我に返った。
「べ、別になんでもない」
待て待て待て。
何を魔王にドキリとしてるんだおれは……?
こいつは魔王だぞ?
今のは違う。笑われてむっとなっただけだ。別に魔王が可愛くてときめいたとかそんなのではない。絶対に違う。違うったら違う。
よいしょ、と魔王は身体を起こした。ちゃんと服は着ているようだった。
「どれ、許嫁殿がせっかく持ってきてくれたのだ。仕方ないから食べてやるとしようか――って、どうかしたか?」
「は? い、いや、別になんでもねえし。とにかく、用件はこれで済んだ。そんじゃあな」
おれはさっさと部屋を後にしようとした。
なぜか分からんが魔王の顔を直視できなかった。
……おかしい。おかしいぞ。なんかさっきと違う。さっきは何て言うか……こんな感じじゃなかった。確かに心臓は飛び跳ねたけど、でもこんなに胸は苦しくなかった。なんだ、おれはどうしたんだ……?
「おいおい、もう行ってしまうのか? つれないやつだのー。せっかくだから妾に食べさせてくれてもいいだろう?」
「……は?」
おれが振り返ると、魔王はすっかりあの小憎らしい笑みに戻っていた。
「た、食べさせるだと……? そ、それはもしかして……おれに〝あーん〟しろってことか!?」
あーん。
それは恋人同士がイチャイチャする時にやるあれだ。
今世でおれが書いた〝絶対にやりたいことリスト〟にも入っている恋人同士定番のあれである。
おれは心から冗談じゃないと思った。
「だ、誰がてめぇなんかにあーんしてやるもんか!! てめぇにあーんするくらいならもっかい死んだ方がマシだ!!」
「なんだ、随分と機嫌が悪いな。もしかしてさっき笑ったことを怒っておるのか?」
「怒ってねえし!」
「いやいや、悪かったよ。お前があまりにも童貞臭――いや、紳士的だったのでな。少し驚かされてしまっただけで悪気はなかったのだ。許せぶふ――ッ!」
「思い出し笑いしてんじゃねーかよ!? お前絶対に悪いとか思ってねえだろ!?」
「冗談だ、冗談。めんごめんご。ほれ、謝ったからはよ食べさせろ」
「絶対に嫌だ!! 断固として断る!!」
おれは部屋を出て行こうとした。
だが、魔王はなぜか急に「くくく」と笑いだしたので、思わず振り返ってしまった。
「な、なんだよ?」
「やれやれ……お前はまったくもって本当に自分の立場というやつが分かっておらんなぁ……」
「なんだと?」
「〝許嫁〟がこんなにも苦しんでおるというのに、それをほったらかしにしておいていいのか? 妾が熱を出して寝込んでいるのに、お前はこれから部屋でぐっすりお昼寝でもするのか? そんなお前を見たら、お前の家族はどう思うのだろうなぁ……」
「ぐぬう……!? て、てめぇ……おれを脅すつもりか!?」
「脅すだなんて、人聞きが悪いですわシャノン様。わたしはただ、あなたの立場を心配しているだけですわ」
魔王が〝エリカ〟になった。
完全におれのことをおちょくっている。
ぐ、ぐぬぬぬぬ……!!!!
こ、この野郎……!!!!!
心配なんてしてやるんじゃなかった!! こいつはやっぱり魔王だ!! 人間の皮を被った魔族だ!!
「わぁーったよ!! してやりゃあいいんだろ、してやりゃあ!!」
おれはベッド横に椅子を置いて乱暴に座った。
トロみのあるスープをスプーンで掬い、魔王の口元に運んだ。
「おらよ、これで満足か?」
「冷ましてくれんと熱くて食えん」
「はあ!? てめぇどこまで我が侭言うつもりだ!? じゃあ自分で食えや!?」
「親に言いつけるぞ」
「冷ますよ!! 冷ましますよ!!!」
ふーふーしてやった。
もう一度口元に運んだ。
魔王はぱくっ、とスプーンに食いついた。
「もぐもぐ……」
「こ、これで満足か?」
「何を言っておるのだ? まだこんなに残っているではないか」
「……は? お、お前まさか……食べ終わるまでやらせるつもりか!?」
「当たり前ではないか。ほら、さっさと食わせろ。妾は腹ぺこなのだ」
「こ、この野郎……!! 調子に乗るのもいい加減に――」
「親に言いつけるぞ」
「分かったよ!!!!! 分かりましたよ!!!!!」
……その後、おれは散々あーんをやらされる羽目になった。
結局、魔王がどうして急にあんなことをしたのかは分からなかったが……まぁこいつのことだから考えるだけ無駄だろう。
ただ一つだけ分かったことは、やはりこいつはおれの敵だということだけだった。
この日の屈辱をおれは二度と忘れないだろう。
例えもう一度生まれ変わってもな!!
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