風のフェンサー

水無 月

第1ピリオド

 本物の騎士ナイトがいた。

 くうを切るように、るように、真っ白な服に身をつつんだ彼らは、剣をあやつる。

 まじわるかわいた金属音、対峙たいじしながら伸びる腕と足。

 いつかの物語で読んだ、いさましく凛々りりしい英雄えいゆうみたいだった……。


「先輩たち、すごかったね」

 ソフトクリームみたいな大きな雲が広がる青空の下。

 制服が肌にりつくような暑さにおおわれたインターハイ会場の外階段、澤野さわのみやびは満足げに長い睫毛まつげしばたいた。

 雅の見上げた視線の先には、同級生の村内むらうち響弥きょうや。目に掛かる前髪からのぞく、彼の切長きれながの瞳がうるんでいる。

「ああ。そうだな」

 いつもは寡黙かもくな響弥も、雅と同じくらいにほほを赤らめていた。

 雅たちの先輩の三人の二年生は、今大会のサーブル団体戦を『優勝』でかざる。

 創部二年目となるフェンシング部の三銃士さんじゅうしがもたらした快挙かいきょは、観客のみならず、一年生同士の雅と響弥の心を一瞬で熱くした。


 * * *


 校門の桜の木が花びらを散らした頃、高校一年生になって二週間の雅は、溜め息がくせになっていた。

 引きこもりがちで白い肌、さいわい手足は長いけれど小柄で筋力は少ない。二重ふたえの大きな瞳とカールした睫毛にくわえて、『雅』という名のおかげで、いまだ女子と間違まちがえられる。

 そんなこともあって、雅は「男らしさ」に昔からあこがれていた。

 高身長に、切長の流し目。こぶがある二の腕。板チョコみたく綺麗きれいに割れている腹筋と、瞬発力しゅんぱつりょくかたまりのようなふくらはぎ。

 分かりやすいぐらい「スポーツしてます」という、自分にはないものがある人たちに、雅は羨望せんぼう眼差まなざしを向け続けている。


 ある日の講堂、舞台上では一年生に向けた部活動紹介がおこなわれていた。

 自分の欲しいものをたずさえた運動部の同年代が、次々とその身体能力を披露ひろうする。

 雅にとっては、熱望ねつぼうして運動系の部に所属ができたとしても、経験もないし適性もないと分かっているから、自分が願う「選手」には程遠ほどとおい。

 だから、雅は文化系の部に入るつもり。

「必ず部に入らなければならない」という、学校の方針ほうしんがあるから。

 憂鬱ゆううつが、雅の前を行ったり来たり。

(早く終わらないかなぁ……)


 けれど突然、その瞬間はおとずれた。


 仮面を着けた、白い姿の三人。

 向かい合いながら、剣をかまえる。


 無駄むだのない動きは、迫力はくりょくがあるのに優美ゆうび

 それでいて、交えるきっさき俊敏しゅんびん


 まるで中世ちゅうせいの伝記の一部を見ているみたいだった。


 雅の思い描いた空想の映像を、彼らが体現たいげんしている。

(何これ……。かっこいい……!)

 語彙ごいりょく皆無かいむの素直な気持ちがあふれて、彼らは雅の全てを鷲掴わしづかんだ。

『今年創部二年目のフェンシング部です』

 彼らは色々と部活動の話をしていたけれど、

雅の耳に残ったのはその言葉だけ。

 興奮こうふんめやらぬまま、雅は教室へと戻るとすぐ、フェンシング部への入部届を書いた。


 今年の新入部員は、雅と響弥だけ。

 初心者の雅とは違って、響弥は経験者。

 彼はフェンシング界では有名人らしく、『天才フェンサー』だと、先輩たちが教えてくれた。

 けれど、響弥はというと、試合に出る意思はなく、あくまで一部員として在籍ざいせきすることをのぞんでいる。


 先輩たちは昨年さくねん、三人でフェンシング部を立ち上げると、創部一年目から「フルーレ」の団体でインターハイ優勝。

 今年は「サーブル」で見事みごと、大会王者に。

 来年、彼らは「エペ」で挑戦。

 フェンシング三種目のインターハイ制覇せいはねらっている。

 いつからか『三銃士』と呼ばれる、二年生の三人の先輩たち。

 けれど、フェンシング専門の指導者がいないことや、歴史の浅い部ということもあってか、競技経験のある今年一年生になった子たちは皆、名門校や伝統ある高校へ流れたらしい。


 実力者ぞろいの三銃士だけれど、彼らは素人しろうとの雅にも優しく、何事も一から教えてくれる。

 それでも、二年生は練習や試合でいそがしいので、雅には同じ一年生でもある「エリートの響弥」が直接手取り足取り、基礎きその基礎からまなべるようにと、教育係として付いている。


 そんな初心者の雅も、フェンシングの試合に出ることがかなった。

 生まれて初めて『地区大会』というものに参加した雅は、「フルーレ個人」に出場。

 響弥の指導とビギナーズラックが奇跡きせきてきかさなり、二回戦まで進むことができた。

 部活というか運動に縁遠えんどおかった雅にとっては、優しい先輩たちが三人もいて、同級生も頼もしい、最高の場所ばしょ

 それでもここは、同年代のフェンサーからしてみれば、「めぐまれた環境」とは言えないのかもしれない。

 それは、響弥にとっても……。


 響弥は、先輩たちの出場した「サーブル」だけでなく、「フルーレ」「エペ」と三種目全てにおいて、個人では何度も全国優勝したほどの逸材いつざいだった。

 けれど彼は今、フェンシング競技とは距離を置いている。

 響弥は口数は少なくとも、フェンシングを教えてくれる時は熱心ねっしん。だけど、自身が一人で剣を持つ時は、どこか冷めたような素振そぶりを見せる。

 先輩たちも、気づいていた。

 それでも雅を始め、先輩たちも、彼に直接聞くようなことはしない。

 皆、彼が自分から話してくれるのを待っているから。

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