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――マンモグラフィ 再検査
と検索窓に入力した後、怖さもあり一瞬ためらったが、とにかく何でもいいから情報が欲しいという思いには勝てずリターンキーを押した。
瞬時に何十万という検索結果が表示される。乳がんの基礎知識から個人の体験談まで、気になるタイトルを片っ端からクリックしていった。
読めば読むほど不安は増す一方だった。ネットで得た情報がそのまま自分にあてはまるわけではないと分かってはいるのに、検索を止めることは出来ない。
何時間そうしていただろう。目も心も疲れきってようやくパソコンの前から離れた時には、すっかり自分は乳がん患者だと思い込んでしまっていた。
検査に行ったら、そのまま入院なんてことになるかもしれない。そのための支度や家の整理整頓なんかもしたほうがいいだろうか。もしそうなったら仕事の引継ぎはどうしよう。
うろうろ部屋を歩き回りながら、色々な方向に考えを巡らせていると、あることに気がついた。
みさをは洗面所に行き、鏡の前で自分の胸をまじまじと観察した。大きくはないが形は悪くない、乳首もキレイなピンク色をしている。
もしステージが進んでいたら、やっぱり乳房を切ることになるのかな。
そうなると、この胸は子供に乳をあげるという本来の役割を果たせないのか。いや、授乳どころか男性経験のないみさをは、まだ人に裸を見せたこともない。誰にも見られることも触れられることもなく、切って捨てられてしまうなんて、自分の胸がひどく不憫に思えてきた。
こんなことなら誰でもいいから、一回くらい付き合っておけば良かった。
思い返せばチャンスが一度もなかったわけではない。あれは大学一年の時だったか、突然同級生に告白されたことがあった。顔見知り程度でよく知らない子だったし、ピンとくるものもなかったので丁重にお断りしたが、あの時すぐに決断せず友達から始めてもよかったんじゃないか。
感傷的になるあまり、そんな昔の反省までし始めた時……。
ピンポーン、ピンポーン。
インターホンの呼び出し音が鳴った。モニターを見ると一階のエントランスに知らない男が立っている。
どうせ何かの勧誘だろう。
無視していると、二度三度と呼び出し音が繰り返し響いた。
「しつこいなぁ、こっちは今それどころじゃないのよ」
みさをは苛々しながら応答ボタンを押し、「はい、今ちょっと取り込んでいるので」と追い返そうとした。
しかしその男はひるむどころか、明るく元気な声で、「セレンディピティから来ましたキキです。えーと萩野みさをさんですよね?」と言った。
「えっ!?」
ちょっと待って。セレンディピティって例のレンタル彼氏を派遣する会社じゃないか。そしてよく見るとモニターに映っているのは、昨晩みさをが選んだ男だ。
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