1-7

 日付が変わる頃、誕生会はようやくお開きとなった。みさをが酔いを覚ますため歩いて帰ろうとしていると、終電がなくなったから泊めてほしいと優希がついてきた。


「うーん、いつ見てもここからの眺めは最高!」


 部屋に入ると窓際に立ち、優希は感嘆の声を上げた。


 港区の一等地に立つタワーマンションの最上階なのだから、景色が良いのは当たり前だ。逆に悪かったらクレームになるだろう。みさをは部屋を褒められても他人事のようにしか思えなかった。というのも、ここは勝俣が個人で所有しているマンションで、みさをは家賃を一切払っていないのだ。


 勝俣から遊ばせている部屋があるから住んで欲しいと言われた時には、家賃が浮いてラッキーと思ったのだが、内見して驚いた。まさかこんな高級マンションだったとは。みさをはすぐに断ろうとしたが、押しの強い勝俣が一度言い出したことを引っ込めるはずもなかった。


 結局、住まわせてもらうことにしたものの、ごく普通のサラリーマン家庭に育ったみさをには、セレブしか住んでいないこのマンションは分不相応すぎて落ち着かず、未だに部屋にいても全然寛げないのだ。


 そんなみさをの気も知らず、優希は嬉しそうに「やっぱりソファは白にして正解だったね」と言って、リビングの皮のソファに腰を下ろした。


 ソファだけでなく、イタリア製のダイニングセットも、個性的なデザインのシャンデリアも、この部屋のインテリアは全部優希が見繕ったものなので、要するに自画自賛だ。


「この辺りにランプを置かない? アンティーク調のいいのが入荷したのよ」


 それでもまだ優希はこの部屋を飾り足りないようだ。職業柄こんなに広いスペースを見たら、あれこれ置いてみたくなる気持ちも分からなくはない。


 だが、ほとんど会社に泊っているみさをにとって、こんなモデルルームのような部屋は宝の持ち腐れなのだ。


「ランプねぇ。私あんまり部屋にいないからなぁ」


 みさをがやんわり断ると、優希は「そうだよね」とそれ以上無理には勧めず、すぐに話題を変えた。


「ね、さっきマナが言ってたあれ、見てみようよ」


 優希はテーブルの上にあったノートパソコンを勝手に開いた。


「何? あれって」


「レンタル彼氏ってやつ。なんだったっけ会社名?」


「セレンディピティでしょ」


 別に興味があったわけではないのだが、みさをは一度聞いた単語は忘れない性質なのだ。


 優希が「そうそう」と言って検索をかけた。


「優希も借りるの?」


「私じゃないわよ。みさをによ。考えてみたら、好きな時に来てもらえるんだから忙しいみさをにぴったりじゃない。婚活の前にまずは男と喋る練習でもしたら?」


「私はいいよ。そんな人をお金で買うみたいなことしたくないし」


「そんなに堅苦しく考える必要ないんじゃない?今時珍しくないよ。お金払って人に話聞いてもらうとか」


 みさをがもっともらしいことを言って拒んでも、優希はまともに取り合わなかった。


「あー、あったよ。セレンディピティ~あなたの願いなんでも叶えます~だって。うーわ、すっごいカワイイ子ばっか。ほら、みさをも見てみなよ」


 優希に腕を引っ張られて画面を覗くと、容姿端麗な二十歳はたち前後の男たちが笑顔でこっちを見ていて、写真だというのになんだか照れ臭くなった。


「私ならこの子かなー。いや、こっちの子もいいな。みさをはどの子がいい?」


「うーん、この中だったら……」


 優希に乗せられて、みさをも男たちを真剣に眺め始めた。人は選択肢を与えられると反射的に選んでしまうものなのだ。


 どんなに目鼻立ちが整っていても、いかにも軽薄そうで渋谷にたむろしているような若者は苦手だ。実際に会ったら宇宙人と話しているような気持ちになるに決まっている。


 悩んだ末に「この子かな」とキキという名前の男を指差した。理由は単純で、他の男が茶髪や金髪なのに比べ、黒髪で真面目そうに見えたからだ。


「でも、絶対に借りないからね」


 みさをは釘を刺すように強く言った。

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