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 仕事中毒ワーカーホリックといっても過言ではないみさをにも、年に一度だけ定時で仕事を切り上げる日があった。


 今年もその日がやってきて、今朝は珍しく女性らしいシルエットの薄紫色のワンピースに袖を通した。早春に着るには生地が薄いが、最近買ったまともな服はこれしかないので、寒さを我慢することにしたのだ。


 会社を出る時、「もしかしてデートですか?」などと部下にからかわれた。


 こうして精一杯のお洒落をしているのは、もちろんデートのため……ではなく、今日はみさをの誕生日なのだ。


 ここ数年、誕生日の夜は学生時代の友人たちと食事をするのが恒例となっている。幹事は世話好きの優希ゆうき、インテリア関係の会社に勤めていて、昔からあまり社交的でないみさをを人の輪に入れてくれる、同い年だが姉のような存在だ。


 一時雑誌のモデルをやっていたほど美形のマナは、有閑主婦でアルコールに目がないので、飲み会の誘いは絶対に断らない。


 唯一の男性メンバーである新藤しんどうは外資の保険屋。個人営業なので時間は融通が利くはずだが、決まって少し遅れてやって来る。


「みさを、誕生日おめでとう!!」


 優希とマナが笑顔で声を揃えた。


 日が暮れ、会社近くの地下にあるスペインバルに集合したみさをたちは、顔が隠れそうなくらい大きなワイングラスを掲げた。もちろん新藤はまだ来ていない。


「ありがとう!」


 みさをはいつになく高揚した気分で、ワインに口をつけた。


「で、いくつになったんだっけ?」と優希が聞く。


「三十一……って、みんな一緒でしょ」


「そうそう、去年大台に乗ったって大騒ぎしていたのに、一年ってあっという間だね」


「ほんと早いよねー」


 やや年寄りじみた会話をして、みんなで頷き合う。


「どうなの、最近は?」


 優希はいたずらっ子のような目をして、みさをの顔を覗き込んだ。


「全然何も変わらないよ」


 前回の誕生日から今日まで、みさをは持てる時間のほとんどを仕事に費やしてきた。仕事の苦労話なら山ほどあるが、優希が求めているのははそんな答えではない。誰かいい人が出来たかと聞いているのだ。鈍いみさをにもそれくらいのことは分かる。


 みさをだって、恋愛や結婚に全く興味がないわけではない。いつか王子が迎えに来てくれると信じているような夢見る少女ではなかったが、子供の頃は大人になれば自然とそういう相手が現れ、家庭を持つのだろうと漠然と思っていた。


 しかし、甘酸っぱい青春も身を焦がすような恋も経験せずに年を取り、同級生たちが結婚、出産の報告をしてくるようになっても、みさをの恋愛履歴は白紙のままだった。


 二十代後半になり、ようやく待っているだけでは何事も起こらないのだと気づいた。だが、気づいたところで急に生活スタイルを変えられるわけではなかった。


 成長の早い犬の一年が人間の七年に相当するという例えから“ドッグイヤー”と言われるほど進化の早いIT業界では、常に新しい技術を学んでいないと置いていかれてしまうので、プライベートに割ける時間はほんのわずかしかない。


 それでも人に紹介してもらい何人かの男性には会ってはみたのだが、その場で無難な話をしただけで、付き合いに発展することはなかった。


 いよいよ三十代に突入し、出産や子育てのことを考えたら悠長に構えてはいられないと焦りは感じているだが、何も出来ず今に至っている。


「婚活頑張るって言ってなかったっけ?」優希は不満気な顔をした。


「うーん、婚活どころか、寝る暇も風呂入る暇もなくて」


「嘘……」


 優希とマナが風呂に入っていないという発言に敏感に反応し、汚いものでも見るような目で後ずさりし始めたので、


「大丈夫、今日はちゃんとシャワー浴びてきたから」とみさをは慌てて釈明した。

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