1-2

 人のざわめきが鳥の鳴き声のように聞こえる。


 ああ、もう朝になったのか。


「ううーん」


 みさをは両手をあげて思い切り伸びをした。段ボールの上で寝た体はガチガチに固まってしまっている。


「萩野さん!」


 ふいに名前を呼ばれて驚いて体を起こすと、足元に黒いスーツ姿の男が立っていた。


「またこんなところで寝て」


 眉を寄せ渋い顔をしているのは、同僚の弓削ゆげ魁斗かいとだ。


「すいません」


 上司でも先輩でもない弓削に文句を言われる筋合いはないのだが、なんとなく流れで謝ってしまう。


 倉庫から出ると、たっぷり陽の光が差し込んだオフィスは、大勢の社員たちで埋め尽くされていて、昨夜とはまるで別の場所のように活気に満ちていた。


 みさをが自分の席に戻ると弓削も後をついてくる。


 社長付の弓削の席はこのフロアではないのに、朝っぱらから何の用だろう?


「あの、何かありました?」


「萩野さんのことが心配で見に来たんですよ。そしたら案の定……」


 弓削は深いため息をついた。なんだか芝居がかっているようにも見える。


「今日の午後、例のプロジェクトの顔合わせがあるんですよ。覚えてます?」


「もちろん。十三時にロイヤルスカイホテルですよね。ちゃんと資料も揃えてありますよ。ご心配なく」


「そうじゃなくって……。その身だしなみのことですよ。髪はボサボサだし、目の下のクマもひどいもんだ。だからゾンビ女なんてあだ名つけられるんですよ」


 容赦ない弓削のダメ出しに、周囲からクスクスと笑い声が起きる。みんな顔を上げずに聞き耳をたてていたのだろう。


 みさをは恥ずかしさと怒りで、自分の頬が紅潮していくのが分かった。


 だが人に注意するだけあって、弓削の肌は磁器のように白く艶やかで、黒目がちな大きな目は生気に満ちている。スマートに着こなした細身のスーツは新品のように皺一つなく、良い香りが漂ってきそうだ。


 そんな清潔感の塊のような弓削に言い返す言葉はみつからず、結局みさをの口から出たのは「すいません」の一言だった。

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