死んだ彼女と二度目の恋

仮名

第1話 出会いは帰り道

 それは夕立のあとの、ほんのりと涼しさ香る午後六時のこと。クラスメイトと下校していた僕は、黄昏時の謎に出会った。


「おい、もう夏だぜ。むなしくないか」

「うるせえ、アイス食ってんだから黙ってろよ」

 彼女がいないからといってなんなんだ。せっかく食べているアイスがまずくなる。あと、男友達のほうが絶対に気楽だと思った。

「ほら、アイスなんて可愛い彼女と一緒に食ってみろよ。とぶぜ」

 隣を歩く村田がこんなしがない話題をしたわけは前を歩くカップルなのだろうということは軽く想像できた。こんなに暑いにもかかわらず、手を握ってる。彼らにとってこの瞬間が人生で一番の宝物にでもなるのだろうか。

「夏祭り、彼女と一緒に行ってみてえよな」

 今度は、アーケード街の上からたいそうにつるしてある花火の絵が描かれている宣伝を見ていったのだろう。そこに描かれるきれいな一輪の花は彼女がいるかどうかで、価値が変わるのだろうか。だとしたらいないほうがきれいに見えると僕は思った。

「花火なんかより、アイスのほうが絶対いいだろ。わざわざ暑い中、人の多い中で、うるさい花火を見るより」

「まさき、その考え方は大いに間違ってる。まず、彼女とみるだけで暑さなんて忘れてる。それは人の多さもだ。次に、花火のかすかな光の中で彼女の笑ってる顔を横目に見てみろ。絶対可愛いに決まってるだろ」

 急に早口になった。女の子からしてみれば気持ち悪がられるかもしれない。

 村田の持っているアイスが今にも垂れてしまいそうだ。アイスも恋には甘くなるのだろうか。そんなはずないな、と思った矢先に彼の今朝自慢していた真っ白のスニーカーに落ちる。視線に気づいたのだろうか、自分の一張羅にできた水玉模様に慌てふためく。

「これだから、アイスなんかより彼女のほうがいいって言ってんだよ」

 一気にアイスを食べきってしまう。そして、予想通り頭を痛めたらしい。手のひらでおでこを軽くたたいている。彼が女の子だったら、この行動すら愛おしいと思うのだろうか、多分ないな。

 気づけば、目の前に歩いていた同じ制服を着て歩いていたカップルもどこかへ行ってしまっていた。残ったのはその先にあったきれいな夕焼け。


「なんで俺、サッカー部に入ってるのに彼女出来ないんだよ」

 そう言われてみればそうだ。彼は、一応サッカー部のスタメンだったはずだ。僕より少し身長も高く、喧嘩したら負けるだろうなと思うほど体格がよかった。

「GKだからじゃないの。応援しようがないじゃん」

「お前、キーパーっていうのはなあ――」

 失点すれば自分のせい、そして得点するチャンスなんて訪れることはほとんどない。そんな理不尽なポジションをこなす彼は、やっぱり凄いのだろう。

「村田は、キーパー好きなの」

「当たり前だろ。俺が全員の背中を守ってやるんだよ。この前の試合じゃ二点も決められちまったけどな」

「ザコじゃねえか」

 なんだか、サッカーについて話している時の彼は幾分楽しそうに見えた。それに、常に他人に優しい。彼に彼女ができないのは、意外と女子の目が疎いからだといえるかもしれない。

 六時を知らせる時報が流れる。

「え、もうこんな時間かよ。じゃあ行くわ」

「じゃあな、また明日」

 たしか、月曜日は塾があるといっていた気がする。成績も負けたとなると、彼に僕は何か勝てる要素があるのだろうか。親しくなってから一年と少し。負けを認めるのが悔しいくらいには親しくなった。

 そのサッカー部を守る大きな背中を見つめる。一つ勝っているとするならば、過去に彼女がいたことくらいだろうか。

 村田と仲良くなる少し前の、肌寒い二月のある日、そのきれいな僕の彼女は交通事故で亡くなってしまったのだけれど。今でも思い出すのには、心を苦しめる。

 会いたい。本当なら今頃、彼女と花火大会について話し合っていたかもしれない。彼女が僕に残した、甘酸っぱい思い出とこの心の痣を、僕は一生抱いて生きていくことになるのだろうか。


 口の中に苦さが広がる。これはアイスの棒のせいなのか、思い出のせいなのか。ポケットからスマホを取り出す。たいして面白くないとわかっていても、淡々と道を歩くよりましだ。

 埼玉県では最高気温の記録が更新されました。川では外来魚が日本の生態系を荒らしています。芸能人のスキャンダル。アイドルの最近の習慣。――おおよそ、知らなくてもいい。いや、知ってつまらないという少しの不快感を覚えてしまった、くだらない内容ばかりだ。こんなものばかりをわざわざ見ている最近の学生というもので、立派な記事がいくらでもかけてしまいそうだ。

 そんなもの、面白くないでしょ。

 彼女がいたころは、常にメールを待ちわびていたっけ。

 最近はメール送ってないよ。

 立ち止まってしまう。地面にうずくまってしまいそうなほどに、その甘い過去は僕にを殺すための刃物に十分なりえた。

 どうして泣いてるの。

 そんなことわからない。君がいたことが僕を傷つけるんだ。

「ねえ」

「すみません」

 自転車が通るには十分に迷惑になりえたはずだ。高校生が歩道の真ん中でうずくまっているんだから。

「ねえ、まさき。なんでそんなに私のこと無視するの」


 ――目を上げた先に現れたのは、


 死んだはずの彼女だった。

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