第83話 坂本 2

坂本は支払いに来ると、事務員さんを舐め回すように見て行く。事務員さんもその視線に気付いたのか、




「アイツ、支払い来る度にイヤらしい目で見ていくんだけど、気持ち悪い。」




確かに後ろから見てる俺でもわかるくらいだからなぁ。




「それはキミが魅力的に見えたからじゃないかな?実際指摘したとこで、こんな目だから仕方ないと言われれば、それまでの話やで。まぁその分彼氏で発散しなせぇ。」




彼氏との事をいつも赤裸々に語る事務員さんが何を言ってんねんと思うが、まぁそれはそれだ。今んとこは一週間に一回だからいいが、毎日来るようになるとちょっとなぁ・・・。




それからはしばらく平穏な日々が続いたが、他所からの問い合わせがちょいちょい来るようになった。店長も隠すことなく、正直に現況を伝えているが、借り入れが増えていくスピードが明らかに早過ぎるのである。支払い詰まるのも時間の問題かなぁと思ってしまうのである。




坂本の借り入れはこちらが把握してるだけでも7件ある。支払い自体は一日に2万程度だが、さすがにこれは小遣いだけで賄えるはずがない。そこで支払いに来た時、ちょっと気になることを聞いてみた。




「坂本さん、ちょっと聞きたいんだけど、何かの仕入れとか在庫管理とか任されてる?」




「一応、魚と野菜は任されてるよ。肉は良し悪しがまだわからんから、花板さんがやってるけど。それが何か?」




「いやいや、ちょっと気になっただけ。まぁ仕事頑張ってね。」




そう言うと、坂本は怪訝な顔をしながら帰って行った。その後、以前勤めてた会社の知り合いに電話を掛け、どこの仲卸が坂本の店に野菜を卸してるのかを聞き出した。




「確かあそこは【高橋】じゃなかったっけ。」




わかったといい、俺は電話を切った。そしてその高橋という青果店の知り合いに電話を掛け、ある情報を聞き出した。




「久しぶりだね。〇〇って店だけど、お宅が行っとるやろ?ナンボ渡してる?あと魚はどこが行ってるのか、教えてくれんかな?」




「いきなりの電話で何言ってんねん。まぁ別にえぇけど。ウチは5ってとこかな。魚は確か【山名】が行ってたハズ。」




「そっか。その【山名】ってナンボ渡してるかわかる?」




「注文の額にもよると思うけど、前に聞いた時は10~15って言ってたな。そんなこと聞いてなんかあるん?」




「いやいや。別に妙なことではない。今度メシでも奢るよ。ありがとう。」




そう言って俺は電話を切った。そしてその話を店長に報告した。




これは公然の秘密だが、店の仕入れ担当の人には袖の下を渡す慣習が昔からある。俺が勤めていた時も何回かお金の入った封筒を届けた事がある。坂本が受け取ってるのは間違いない。まぁこれも長年勤めてきたヤツの役得というやつだな。大体売り上げの3~5%と聞いたことあるが、これを渡していると品質はそれなりにうるさく言われるが、値段的なものはほぼノーチェックで通る。卸す側にもメリットがあるのである。仮に5%渡したとしても、10%上乗せしていけばいいだけの話だからね。まぁ昔からの慣習と言えば聞こえはいいが、こういうのはあまり好きじゃないねぇ。最終的にはお客さんにツケが回ってくるからなぁ。




「なるほど。坂本は自由になるお金がそれなりにあるってことか。これなら給料を全部嫁に取られても、支払う金があるわな。まぁ支払いが回ってるってのはなんとなくわかったが、アイツ、何に金使ってるんやろ?」




店長の疑問はもっともだ。これだけ金を借りてるのなら、使っている先があるはずである。まぁ男が身を崩す時は大体飲む、打つ、買うが相場としたもんだが、坂本はどれなんだろう?




なんやかやと時は流れていき、坂本は書き換えを言ってきた。うーんと悩む店長だが、おもむろに電話を取り、いくつかの業者に問い合わせをしだした。それが一通り終わり、またうーんと悩みだす。こんな時は大体際どいとこにあるのだろう。坂本が貰っている袖の下の事を考えても、ちょっと分が悪いんかね。せっかく減ってきているのだからこのままって考えも過るだろう。俺なら引っ張るけど、店長は行きそうだなぁ。




店長の出した答えはやはり書き換えをするだった。日払いの借り入れが10件になっていても貸す事にしたのは、なにかしら勝算があるんだろうけど、まぁ嫁しかないわなぁ。嫁にソッポ向かれたら終わるようにも思うんだけど。もう一回整理があると睨んでるんだろうな。そのもう一回がなかなか難しいんだが。まぁこれも一種の博打である。博打故に引き際が難しい。ウチでこれは危ないと思い、数年前に切った客がいるが、他所ではまだバリバリに付き合ってるとこもあったりする。まぁ読み違いもあるが、ここは店長のカンを信じよう。




それからしばらく経つと、坂本は一週間分を支払うことが出来なくなってきた。2日分、3日分と刻むようになったのである。これは良ろしくない前兆である。もっともお金はあっても刻むことはあるんだけど。大体の人はスカンピンになることを嫌う。幾ばくかの現金は持っておきたいものである。払わなければいけないお金なんだけど、なぜか持っておきたいものである。払っておけば次の支払い日まで大丈夫という安心感より、お金が手元にあるという安心感を優先する。まぁこの辺は個人差もあると思うが、ウチの客に至ってはほぼ100%当てはまる。




それからの坂本は見るからに憔悴していくのであった・・・。




坂本は支払い日にキッチリ払いに来るには来るんだけど、疲れてるというか、やつれて行った。板前さんだからメシ食ってないってことはないんだろうけど。その気になればつまみ食いなんか出来そうだし。家庭でなんかあったんかねぇ?




そして支払いを毎日刻みだした。これはまぁまぁマズイ傾向である。一度刻みだすとなかなか復活しない。それはお金が入ってきても復活しない。手元にお金を置いときたいから。こうなると、歯車が一つ狂うとアウトな状況である。自転車操業の典型的な行く末だな。ここからはどこまで持つかの勝負になってくる。まぁ本人が逃げるとは思っていない。なんらかの手を打ってくるとは思うんだけど。まぁ弁護士介入が有力かなぁ・・・。




そしてついにその日を迎えた。坂本から今日の支払いは待ってくれと電話があった。まぁ待つ事はしないんだけど。とりあえず落ち合って話を聞くことにしたのである。今日仕事は休みということなんで待ち合わせ場所を決めて、そこで落ち合うようにした。




待ち合わせ場所に向かってる最中、店長から電話があった。




「じょにー、一件どうしても一緒に行かせてくれってトコがあって、そこが一緒に行くようになったから。金額もちょっと多めの50万出してたらしくってな。一度キッチリ形を作っときたいみたいだ。ってことでよろしくー。」




うーむ、まぁいつもの事だから驚きもしないけど、こっちが少ない金額なのはどうしてか?ってことを考えて貰いたいものだ。取りやすくする為でしょうに。後で乗っかって来られると、話しにくくなるんだけどなぁ。まぁ上司の命令は絶対だからな。それに来る業者さんもよく一緒に行くとこだし、いつものベテランさんとなら気も合うし、まぁいいだろうと自分を納得させた。




待ち合わせ場所で坂本と落ち合い、話を聞いてみると、




「お金が回らんなりました。3~4日したら入ってくるお金があるんだけど・・・。」




坂本の言ってる入ってくるお金は、おそらく取引業者から貰える袖の下だろう。給料ではないと確信が持てる。給料が入ってくるのなら給料が入ると言うハズだからね。まぁ大体の事情はわかった。そんな時、例の一緒に行く業者さんから電話があった。




「じょにーくん、ごめんで。またおんぶに抱っこになっちゃって。今どこで話してる?」




俺は居場所を伝えて、来るまでの時間稼ぎをするようにした。




「坂本さんさ、結構な額を取引業者から貰ってるやろ?こっちが把握してるだけでも、月に15万くらいは貰ってると思うけど。一体何に使ってんの?仕事柄遅い時間まで仕事してるだろうから、飲み代って訳でもないだろうし。ひょっとしてパチンコとかの博打?」




「いや、ちょっと言いにくいのですが・・・。」




やれやれ。言いにくい事ってだけで大体わかるわ。まぁ言ってみなと促すと、ボツボツと話し始めた。




「実は風俗なんです・・・。数年前からハマっちゃって・・・。」




あ、うん、そうだろうね。聞かなくてもわかっちゃったわ。




「嫁さんとはどうなん?仲が悪いんけ?」




「借金がバレた時に何に使ったのかを問い詰められまして・・・。怒らないから正直に話してと詰められまして・・・。正直に話すと激怒されました・・・。それからはそういった事をすることもなく・・・。給料を持って帰るだけになりました・・・。」




そこは嘘をついてもいいと思うんだが・・・。まぁ坂本は人一倍性欲が強いんだろう。それを発散することが出来ない苦しみは、同じ男としてよくわかる。が、同情は出来んな。さてこれからどうしようかと思案してみたものの、嫁のトコに行くしかないもんなぁ。




「とりあえず、支払い遅れたって事だから、一括で全部払ってくれるかな。それが出来ないなら、誰か保証人付けてくれる?そうしないとこっちとして収まりつかんからね。」




そんな話をしてると、いつものベテランさんが到着した。現状を話して、ベテランさんにも話へ加わってもらった。




「誰か保証人なってくれる人いる?いないなら、もう家行くしかないんだけど。」




坂本はちょっと怯えながら、




「嫁に知られると殺されます・・・。」




「大丈夫。そう言ったヤツで本当に殺されたヤツを俺は知らんから。それにお前みたいなヤツ殺して、懲役行くなんて馬鹿な考え持つと思う?」




坂本はションボリしているが、まぁその存在価値は嫁が決めるもんだから。嫁にもなんらかのメリットがあるから、借金が何回かバレても一緒にいるのだろう。おそらくそれはお金だろうけど。




「まぁここでウダウダしてても始まらんじゃろ。時間が勿体ないから、さっさと家行こうや。」




動きたがらない坂本をベテランさんが促した。




「悪いようにするつもりはないから。嫁さんにも事分けてしっかり説明してあげるし、今後も今まで通りにして貰えるよう、俺らからも頼んであげるから。」




そう言うと、やっと坂本は頷いた。やっと動く気になったか。さて、次は移動方法だが、坂本がボロっちぃ軽のバンを乗って来てるので、俺の車をそこに置いて坂本の車に乗って行って、ベテランさんが後ろからついてくるようにした。




坂本の乗ってきた軽バンを覗き込んでみると、なぜか布団が載っていた。




「お前、車の中で寝泊まりしてんの?」




「ハイ・・・。たまに・・・。嫁に家追い出された時だけですけど・・・。」




追い出された時だけって言ってるが、それだけでもまぁまぁの事態だと思うんだが。布団の横に雑誌が数点。なんだろうと思い手に取ると、俺とベテランさんはエッ?っと驚いてしまうと同時に、身体中の力が抜けて行くのであった・・・。

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