第84話 坂本 3

坂本の車に載っていた雑誌はいわゆるエロ本であった。えぇ歳こいたオッサンが車の中で何やってんねん。一緒に行くベテランさんとパラパラっと見てみたが、お股にあるモザイクが妙におかしい。この歳でエロ本をガン見するのもちょっとアレなんだが、よくよく見てみると突起物らしき物がある。上半身は女性そのものなんだが、下半身はある・・・。つまりニューハーフ専門誌である。俺とベテランさんはお互いが変に笑ってしまった。




「こういうのに興味あったりするの?」




「えぇ、まぁ・・・。そういった風俗によく行ってました・・・。」




お、おぅ・・・。まぁ性癖は人それぞれだから、それに関してとやかく言うつもりはないが・・・。それにしてもねぇ。しかも車の中に載せとくっていかがなもんだろうか。誰かに見られたらどうするんだろうと、ちょっと心配してしまうわ。




とりあえず、俺は坂本のちょっと酢えた匂いのする車に乗って、坂本の自宅に向かった。こんな時鼻が利くって不便よねぇ。窓全開で行ったわ。




向かってる道中、俺は興味本位に坂本へいろいろ聞いてみた。




「こういった(ニューハーフ)ことに興味があるって言ってたけど、そもそもそんな風俗って存在するの?県内にはあるって聞いた事無いんだけど。それにそういった風俗と言っても、することはやっぱ普通の風俗と一緒だよね?」




「県内にはそういったとこはないですね。僕は関西まで行ってました。関西だとそれなりにあるんで・・・。」




へぇ~っと思ったが、関西まで行くにしても交通費は結構掛かりそうなもんだけどな。なかなかの執念を感じるな。




「普通の風俗とはまた一風違ったもので・・・。あとはオプション次第ですが・・・。」




「おぷしょん?」




「はい、まぁ、いろいろとあります。自分が好きなのは、”ドキューン”を”ピー”に入れて貰いながら”ヒャッハー”してもらうオプションですね。ただ、ちょっとだけ高いですけど・・・。」




※不適切な言葉の為、擬音を入れております・・・。




あ、ハイ・・・。人間とは自分の事になると、なぜか饒舌になる生き物なり・・・。話を聞いてる最中、あまりにも具体的なので少々引いてしまったが、まぁ自分の知らない世界があるということがわかっただけでも良しとしよう。俺の引き出しが一つ増えた、今日この頃である。関西まで行ってるっていうのには驚いたが。関西までの往復を車で行ってるって事だから、ガソリン代だけでも結構なもんだな。高速を使わずに行くってのが、また執念を感じさせる。それにプレイ代。聞いただけで想像するしかないんだが、おそらく普通の風俗に行くよりはお高目なんだろう。そりゃ金掛かるわ。




そうこうしてる内に坂本の自宅に着いた。ベテランさんに車中での話を伝えたが、少々呆れていたな。まぁそういうのは人それぞれなんで、放っとこうかね。




坂本の自宅は俗に言う市営住宅。家には灯りが点いていたし、嫁の車も駐車場にあったので帰宅してるのは間違いない。自宅が近づくにつれて、顔色が悪くなってる坂本。飲食店に勤めてるのに、やせ細ってつまようじみたいになってるんだが。家でメシ食わせて貰えんのか、それともお金の事で精神的に参っているのか。まぁとりあえずは嫁に話を聞いて貰おうかね。




自宅の玄関を開けると、靴が乱雑に置いてある。これを見ただけでも、ある程度は嫁さんの性格がわかる。坂本が先に入って行き、嫁と話をしてみるのだが、部屋の奥から嫁さんらしき人の野太い声が聞こえてきた。




「知らん知らん!お前がやった事だから、お前が始末しろ!」




いやぁ・・・、なかなか剛の嫁さんだのぉ。俺とベテランさんは顔を見合わし苦笑した。ベテランさんがまずは声を掛けてみた。




「奥さん、お休みの所を申し訳ありません。坂本さんの話じゃ要領を得ないとこもあると思うんで、とりあえずお話だけでも聞いて貰えませんか?」




「勝手にどうぞ!」




うーん、機嫌が超絶悪そうだなぁ。まぁ借金の話聞いたら、大体の身内は機嫌悪くなるわなぁ。さてどう攻めて行くかね。俺とベテランさんの2人は失礼しますと断りを入れて、部屋に上がらせて貰った。




そこには片膝立てて、ビールを片手に坂本へ説教食らわせていた嫁。体型が7つの玉を集めると願い事が叶う某マンガに出てくる魔人ブ〇であり、首から上はカカ〇ットの兄であるラディ〇ツそっくりであった。俺はちょっとだけ怖いと思ってしまった。坂本の体型はガリガリである。嫁さんの体重はおそらく三桁はありそうだ。これで介護士をしてるらしいのだが、まぁ力はあるのだろう。戦闘力は高そうだが・・・。




まずはベテランさんが口火を切った。




「お疲れの所を申し訳ありません。私共は坂本さんにお金を貸してる業者です。本日の支払いが出来ないという事なんで、坂本さんには当初の契約にあった通り、一括で返済して頂く事になりました。奥さんはどうお考えですか?」




「さっきの話聞いてたんじゃないの?知らんもんは知らん!こいつが勝手にやった事だし、私には関係無い!」




なかなかの嫁さんだなぁ。さすがに見た目通りの反応だわ。ちょっと周囲を見渡してみると、キッチンがチラっと見えたのだが、ビールの空き缶が適当に置いてある。まぁいろいろあってこんな反応なんだろうけど、それにしてもなぁ。




「では差し押さえ等させて貰いますけど、よろしいでしょうか?」




「ハッ!したきゃ勝手にどうぞ。こいつに貯金なんてあるわけないし。」




ベテランさんの揺さ振りも華麗にスルーするとは、なかなかやりおるのぉ・・・。




ベテランさんは食い下がった。




「差し押さえと言ってもいろいろやり方はあります。給料の差し押さえをされてもいいと言うのなら、それはそれで仕方ありません。しかしそうなると、仕事場に借金があるということが知れてしまいます。当然のようにお金のトラブルを抱えてる人を経営者の方はそのままにしておくでしょうか?長年働いてきたとこで、そういう目を向けられるというのは、なかなか厳しいものです。それに奥さんにしても、ここの電気代などの光熱費、果てはその手に持たれてるビール代に至るまで、その恩恵を受けているハズです。それを無関係と言い切る事は出来ないハズですが・・・。」




さすが理詰めだと経験の差が出てくるなぁ。こんなに流れるようには言えんわ。しかし、嫁はヘラヘラしながら、




「好きにしたらいい。ここの家賃から光熱費、食費やビール代まで私が自分で払っている!」




その言葉を聞き、俺とベテランさんは顔を見合わせてニヤっと笑った。んじゃ次は俺の番だな。




「奥さん、それは通りません。んと、坂本さんは奥さんに給料袋を全部渡してると仰ってました。振り込みではなく、現金支給で貰ってるのをそのままです。奥さんはおそらくですが、それを一旦自分の口座に入れてると思いますけど。そこから家賃などの引き落としや生活費を引き出してると考えられます。つまり、いくら奥さんの口座だからと言っても、それは夫婦共有の口座ということに他なりません。」




「でも、私もお金入れてるから、私のお金から出してることには変わりないでしょ!こいつのお金から出してるやつは1円も無い!」




あらあら。坂本の給料を入れてるのを認めてくれたのね。




「2人が入れた口座のお金は2人のお金です。あくまで共有です。しかも奥さんと坂本さんの給料の差は歴然としてるでしょう。口座の出入金を手繰れば、それはすぐにわかります。つまり、奥さんが払っているのはあくまで一部です。まぁそれでも2人で払ってる事には変わりありません。例をあげますと、コップにオレンジジュースを半分入れたとしましょう。。その残り半分にコーラを入れました。。コップは一杯になります。奥さんの理屈は、その一杯になってるコップから、後で注いだコーラだけを取り出してますって言ってるようなものです。そんな事は不可能ですね。プールした時点でそんな事は出来ません。」




嫁はビックリしたように目を見開いた。借金に関しては、嫁さんに支払い義務はない。しかし坂本の給料を自分の口座に入れといて、後知りませんなんて事がまかり通ったら、みんなやるわいな。ベテランさんが嫁に問いただした。




「さて、どうします?ウチはどちらでもかまいませんけど。差し押さえしてもいいんですが、それでは坂本さんが今の職場に居づらくなると思うのですが・・・。そうしない為にも奥さんの協力をお願いしたいのです。とりあえず間に入って頂ければ、一旦は落ち着きますので、お願いできませんか?」




嫁は震えながら、ビールの空き缶を坂本に向かって投げつけた。




「役立たんクソ亭主が!いらん事ばかりするな!死んでしまえ!」




いやいやいや、奥さんそれはなかろう。まぁ坂本にも非はあるんだろうが、こんな嫁さんなら逃げたくもなるわい。まぁそこまでは言うつもりもないが、さすがにこの嫁はキツいわ。世が世ならDVと言われても仕方ないレベルだわな。




「どうしたらいいの!さっさと済ませて!」




嫁は喚きながらも一応は協力してくれるみたいだな。俺のカンだが、この嫁、相当貯めこんでると見た。まぁウチらは貸してるお金回収出来ればいいだけだし。さっさと保証人になる書類を書いて貰い、ありがとうございましたと家を出た。こんな嫁と話してたら、何が飛んでくるかわからんからね。




坂本が見送りに来たが、まぁこれからキツイ折檻が待ってるんだろうなぁ。まぁ今の坂本なら、キツイ嫁の折檻もきっと喜びに変えてくれるだろう。そんな思いがしてならなかった。




「明日会社に顔出して。金無くてもいいから。これからの事を話し合わんといかんし。それとな、しばらく風俗はやめとけ。これ以上、あの嫁を怒らすな。ちっと我慢してりゃ、また行けるようになると思うから。」




ベテランさんの言葉が優しく心に響いた。泣かせるねぇ・・・、なのか?




俺とベテランさんは、俺の車を停めてるとこまで行き、そこで解散した。帰りながら店長に報告も入れた。とりあえずこの件はなんとかなるだろう。




翌日、坂本は出てきた。が、お金は持ってない。お金無くてもとは言ったんだけどさ、少しくらいは持ってこいや。Tシャツを着てたのだが、腕には何ヶ所かアザが見受けられる。まぁ折檻されたんだろうな。しかし、坂本にはそれを喜びに変える力があるハズだから放っとこう。話し合いの結果、近日中に終わらす事になったのだが・・・。




そして2週間ほど経ったある日・・・、坂本は破産した。急いで嫁に連絡を取った。嫁が言うには、




「あの野郎、来てもらってたお宅ともう1件の分を払ってこいと金を持たしたんだけど、使い込みやがった。全部支払いに回してるというのならまだ話はわかるが、一部風俗に使ったみたいで。腹立つからもう2度と借りれんように破産させた。アンタらの分は私が払うから、今晩にでも取りに来て。」




わかりましたと俺は電話を切った。その後、そのまま店長に報告。




「アホか・・・。そうまでしてニューハーフとやらに抱かれたいのか・・・。ヤツの性欲は底なしだな・・・。まぁ今晩取りに行って終わろうか。ベテランさんとこにも今晩行くって連絡しとくわ。」




俺はその日の晩、坂本の自宅へ向かった。着くと、そこにはベテランさんがすでに待っていた。一緒に坂本宅に向かい、呼び鈴を鳴らすと、




「開いてるから入って来て。」




と中から声が聞こえた。お邪魔しますと言って入って行くと、そこには魔人ブ・・・もとい、竹刀を持った坂本の嫁が仁王立ちしていた。脇を見ると、正座させられ、上半身裸になり、鼻血を若干垂らしている坂本。




「机の上にお金入れた封筒あるから、取って行って。」




俺もベテランさんもこの状況に口を挟む事もなく、淡々と封筒の中にあるお金を数えて、領収書に嫁のサインを貰い、書類を全てテーブルの上に並べた。




「これでウチらの分は全て終わりましたので・・・。」




「用が済んだのなら、さっさと帰って。」




「あ、ハイ。では失礼します。本日はありがとうございました。坂本さんも元気(?)でねー。」




そう言い残して、俺とベテランさんは逃げるように家を出た。トバっちりはごめんだ。車を置いてる所まで来ると、俺ら2人は顔を見合わし、




「怖い女がいたもんだ・・・。」




「鬼ぢゃあ。鬼嫁ぢゃあ・・・。」




そして2人はそこで解散して、各々の家路についた・・・。

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