第85話 今井 1

飲みにいくといつも思うけど、週末はともかく、平日は歩いてる人よりタクシーや代行の方が多い時がある。タクシーって儲けるのかねぇ?っと思う反面、これだけ多いってことは、それだけこの職に流れてくる人が多いんだろうなぁとも思ってしまう。需要と供給の面から見ても、明らかにバランスがおかしいと思うけど、まぁ見えてるだけが世界の全てではないからな。どこかしらでバランスは取れているんだろう。




ある日、今井というオッサンがウチに借りに来た。いつものように免許証を出してもらい、申込用紙を書いてもらってる最中にその免許証を裏に持っていき、店長が信用情報と他店に問い合わせをしていた。




結果が出るまで俺は今井の前に座り、聞きたいことなどを聞いて、赤ペンで申込用紙に書き込んでいった。今井は個人タクシーを営んでおり、それも20年以上営んでる大ベテラン。個人タクシーって、なるのが難しいんじゃなかったっけ?まぁ20年以上前になった当時の事情はよくわからんが、結構難しいと聞いたことがある。何年か無事故無違反でないといけないとか、自分がやろうとしてる地域でプロドライバー(勤めのタクシーやバス等)として、何年かやらなきゃいけないとか。都道府県によっては新規の受付はしてないっぽいから、営業権を譲渡してもらわなきゃいけないとか。結構ハードルが高いイメージだな。




タクシーの運転手という職業に偏見は持ってないが、世間的にはどうだろう?昔は雲助と言われてたらしいが、意味を知りたい人はぜひググってくれ。まぁ海外なんかのタクシーだとボッタクリ当たり前って感じなんだがな。




一通り申込用紙を仕上げた俺は、それを店長のとこに持って行った。なぜか店長は眉間にシワを寄せている。どうしました?と聞いてみると、




「この信用情報がな。グダグダなんだわ。支払い遅延に延滞に長期延滞、果ては弁護士介入とか調停、債務整理、ないのは破産だけだわ。直近の支払いをしてないな。この調子じゃ、債務整理で決まった分も払ってなさそうだな。」




見せてもらうとなかなかのグダりっぷり。本人は支払いなどで事故はないと言ってたがね。安全運転をするタクシー運転手が、お金の面では事故りまくりってまぁまぁ笑えるな。一応嫁と40手前の息子が同居してて、外に独身の娘がいるが、息子は話しぶりから引きこもりっぽいし、これだけやらかしてると家族、親族はほぼアテには出来ん。本人も貸してくれたらラッキーくらいに思ってるんだろうな。店長から事情を聞いてみろと言われて、俺は今井の前に戻った。




「今井さんね、嘘をついたらいかんすわ。だいぶやらかしてるやないの。いったい何があったの?」




今井はモジモジしながら話しだした。60過ぎたおっさんがモジモジするな。キモイわ。




「アチャー、ブラックリスト載ってましたか。道理でどこも貸してくれんはずやね。実はトバしたりいろいろやっちゃったのは、息子が車で事故しちゃいましてね。それの弁償やら治療費やら請求されて、サラ金でお金借りて払ってたんですけど、にっちもさっちもいかなくなって。それでいろいろやっちゃったんですわ。」




ふむ、このおっさん、呼吸をするように嘘を言うのぉ。嘘とわかったのは、信用情報に出てきてる借り入れた日がまちまちだったから。トバしてる日と弁護士介入や調停などの日付が違うこと。最近まで支払ってるところがあったこと。それに事故ったら普通保険使うやろ。仮に保険へ入ってなかったとしてもだ、息子の為に金構えたとしたら、こんなグダグダにはならんわな。なんとなくだが、ヨゴレのかほりがする・・・。俺は今井にちょっと待っててと伝え、裏にいる店長のとこに戻った。今井との話を伝えると、店長は怖い顔を更に強面にしながら、




「他所から何も出てこんのよ。これだけやってたら、どっかに引っかかりそうなんだけどな。日払い自体は初めてみたいだしな。」




悩みどころだのぉ。グダグダのヨゴレだったとしたら、目も当てれん状況になりそうなんだが、日払い初体験ってのにはグッとくる。まぁ調子のいいおっさんだから、すぐ他所へ借りに走るんだろうけど。申込金額は20万。俺なら普通に保証人が必要と断るんだけど、店長の判断はどっちに転ぶかな。




「とりあえず5万放っといて。」




ふむ。まぁまぁ妥当なとこか。断るにはもったいないという判断なんだろうな。早いうちに貸しとくと、他所が貸してる間に残高が減るってのもあるんだけど、何より個人タクシーって日銭が入ってくるからね。まぁ一日500円程度ならなんとかなるだろうという打算もあるんだろうけど。




今井に5万しか出せませんと言うと、




「あー全然いいです。ちゃんと払って行きますんで、実績出来たら金額も増やしてくださいね。」




この言葉で俺の今井に対する評価は、ヨゴレ認定することとなった。どの口が言うねん・・・。




今井はブラックリストに載っちゃったかと言ってたが、厳密に言えば、ブラックリストなる【リスト】は存在しない。あるとするなら、自社で作ってるブラックリストである。これは各々の会社が作ってるものであり、公に出ることはない。ウチが作っているものは、新聞の社会面に載ってて犯罪を犯したヤツとか、貸禁願いの出てる人とかかな。これは一つ一つ手書きで書き加えていく。これを積み重ねていき、将来役に立てるのである。全国版のブラックリストなんかは正直言って作れん。破産する人間だけでも毎年10万人を越え、長期延滞者はその何倍もいて、さらに犯罪者等を加えると、手間を考えたらとてもできるものではない。仮に出来たとしても、それを公に出すことはなかなか難しい。個人情報なんちゃら法に引っかかる可能性が出てくるからである。まぁそこまで厳しくはないけど、叩かれることだけは避けないとね。




今井は手続きを終わると、その週の分を払って、さっさと帰っていった。調子のいいオッサンだな。まぁしばらくは持つだろうし、仕事してないわけでもないからね。




それからの今井は1週間分、1週間分とコンスタントに支払いに来てた。まぁそんなに多額ではないものの、信用情報見る限り、これからも安心は出来んけどね。もっとも、ウチのお客さんで安心して貸してるなんてやつは皆無なんだけど。




それからしばらく経ったある日、仕事が終わって友人とお城下で会うことがあった。まぁこんな仕事をしてると、借金もつれの友人から結構相談事を持ち込まれることが多い。まぁお金を貸してくれから話は始まったのだが、パチンコ代の1万くらいなら貸しても、まとまって貸すことはほぼない。それを断ると、なんとか方法はないのか?と聞いてくる。現状を聞いてみると、もうすでに詰んでおる。まぁ友人にしてみたら、何か裏技チックなことを期待してたんだろうけど、そんなものは基本ない。それに似て非なる方法はあるんだが、それをやると法に触れる。まぁクサイ飯食いたかったら別にかまわんが、そうでなければオススメはしない。素直に破産しとけと言っといたが、ガックリ肩を落としていた。まぁどんな事情があるかは聞いてないが、事情を聞いても仕方がないので聞かない。その事情がホントかどうかもわからんしね。




俺は話を打ち切り、落ち込んでる友人に、




「頑張るのは自由だが、頑張ってもどうにもならんこともある。もう少し早く話をしてくれてたら、ちょっとは違う結果になったかもな。切羽詰まってくるほど取れる選択肢は少なくなるからな。」




そう言って、コーヒー代を置いて店を出た。俺は仕事終わってそのまま歩いてきてたので、会社の駐車場に向かって歩いて行った。




夜のお城下はネオンがキラキラ。そこに客待ちタクシーがズラリと並んでる。平日なんで、歩いてる人よりタクシーの方が多そうだな。そんな中、今井のタクシーを見つけた。後部座席をコンコンと叩き、どう?っと聞いてみた。




「おーヤマダのお兄ちゃん。まだ順番あるから、ちょっと乗って話相手になってよ。」




前を見ると、まだ10台分くらい待たなければならない。まぁいっかと、俺は今井の開けた後部ドアからタクシーへ乗り込んだ。まぁこれもアフターサービスの一環だわな。景気の話から、政治の話。そして今井は昔の古き良き時代の話をしだした。




「まだバブルが弾ける前はおもしろいくらい稼げたんだけどね。あの当時は片道1時間乗る客なんてザラにいて、3万くらい出してお釣りいいよって言う客も多かったのよ。メーターは1万もいってないのにね。気に入ってもらうと帰りもまた呼んでくれてね。その日はその客だけでいいって時もあったしね。最近はなかなかねぇ。値切ってくるお客さんがいるくらいだもん。こっちも生活掛かってるから、負けるわけにもいかんし。」




バブルの時の話は聞いたことがある。かなり景気が良かったみたいだな。




「まぁこんな時代でもいい事がないわけじゃないでしょ?」




そう問いかけると、今井はニヤリと笑いながら、




「そりゃね。今でもちょいちょいあるけどね。行き先言ってくれて、そこまで行くとサイフがないとか言い出す女の人がいてね。お金ないから、部屋に寄って行ってって言うのよ。まぁ寄った後はお察しの通り。美人局みたいなのもいて、部屋の中から男が出てきたこともあったけど、タクシー代取りに来ましたって言えばいいし、女が何を言っても警察呼んだら解決するしね。別にどうしてもシタいってわけでもないし、お金貰えたらそれでいいんだし。まぁ俺もそうだけど、世の中コスいやつが多くなってきてるねぇ。」




元気で神経の図太いオッサンだな。まぁそうでないと、借金トバすなんて出来んわな。お前が言うなって感じもするが。そんなことを話してると、順番待ちもだいぶ少なくなったので俺は今井に、




「まぁがんばりやー。」




と言って、俺は今井のタクシーを出た。まぁ今井の言ってた話はよく聞く話だ。バブルの時はよかったとみんな言う。まぁ時代の流れというものは、時として残酷なものである。




そんなこんなで今井と付き合い出して2ヶ月が過ぎたが、未だにどこからも問い合わせが来なくて、店長もどうしたもんかと考えていたが、そんな時今井は書き換えを言ってきた。断る理由もない為、素直に書き換えすることとなった。

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