第46話 永井 4

翌日眠い目をこすりながら出社した俺は、朝一の電話に出た。ボソボソ言ってちょっと聞き取りにくかったけど、永井の母親だった。どうしました?と聞くと、俺らが昨晩帰ったあとに来訪があったみたいだ。業者名を明かすこともなく個人名しか言わず、恰好もスーツではなく、いかにもって感じのやつだったと。あー例のヤミ金か。そう言うとどうしたらいいか?と聞いてきた。そっち方面だとあまり関わり合いになりたくはないけど仕方ない。




たぶん来た人ってのは違法の利息と取ってるとこだと思うんで、息子のやったことだと思い払うか、警察に言うかするしかないかな。警察言ったとこでどうなるかはわからんけど、息子さんたぶん県外に行ってると思うから、帰って来るまで待つっていうのも一つの方法。まぁこの先どれだけの数がそうやってくるかわからんしね。ハッキリするまで待ってみてもいいかも。あまりしつこいようなら警察呼べばその場は凌げるだろうし。それこそあの高橋のオッサンに相手させたらいいんちゃう?




母親はわかりました。とりあえずハッキリしたことを本人から聞くまでは、警察に言うようにします。そういうと電話を切った。




まぁどれだけのもんが出てくるかわからんからなぁ。俺と店長の情報だけでも結構あるけど、それは俺らがわかってる分だけだしね、それ以上出てくる可能性の方が高いし、全部払ってたらおそらく持たんやろな。まぁ警察に言って、永井が帰ってくるのを待った方がいいやろね。




その日はいつもの業務を捌きながらも、藤森はどうなったのかを知りたかった。店長に聞くと、まだ渡した業者から連絡がないと言う。うーん、日をまたいで連絡がないってのは、おそらく保証人はつかなかったんだろうな。どっちにしても待つしかないか。




その日の午後、やっと藤森から電話があった。詳細を聞きたいから会社来てと言ったんだが、昨晩渡した業者さんとまだ一緒にいるみたい。まぁ用事終わったら顔だしてって言ったんだけど、今日中にたどり着くんかね。




そんなこんなで17時になり、いつものように延滞者を捌いていく。永井の分どうします?と聞くと、彼女に電話かけてみてというのでかけてみた。誰かと一緒にいるみたいで話しにくそうにしてたけど、どこの業者といるの?と聞いてみたんだが、個人名しか教えてくれませんという返答だった。あーヤミか。まぁそれ終わったら俺の携帯に電話してと伝えて切った。店長からどうだった?と聞かれたが、




おそらくヤミ金に捕まってますね。一応終わったら携帯に電話貰うようにしてますけど、おそらくこのまま姿消すんじゃないかなって思っています。




店長もそうやろなぁと言ってたが、正直どうにもならんかな。




その日の日報を出してる最中に、藤森を渡した業者から店長に電話があった。本人は頑なに親のトコへ行くことを嫌がってるから、行ったら妙な事されそうでね。どうにもこうにもならんからもう放すとのこと。たぶん放っといても親が始末するだろうと、希望的観測に変わったらしいけど。店長は藤森に電話を代わってもらい、あとで会社に顔だしてもらうようにした。




それから一時間ほどして藤森が会社にきた。なかなか引っ張られたみたいで憔悴してたな。親にはやはり話しにくいみたいなんだけど、それならウチが他の業者の分面倒みようかって話したけど、藤森は妹もちょっとなぁと渋る。まぁウチはどっちでもかまわんけど、これだけ引っ張られると仕事の方も支障ないかね?そう言うと藤森は考え込みだした。しばらく考えた後、他所の分をウチで引き受けることにし、妹を保証人にすることになった。妹と会ったことのある店長が行く方が、警戒しなくていいかもってことで店長が行ってくれたが、俺は延滞者のメドがついたので集金に出かけた。




妹の方はあっさり話がついて、ウチで他所の分を引き受けることとなった。まぁ他の業者に恩を売るのも悪くないし、支払い自体もグっと抑えることも出来るんで、藤森にとってもいいと思う。俺が集金をしてる間に手続きを済ませて、お金を持って業者さんと落ち合ったみたいで、藤森の件はすっかり片付いた。業者からも藤森からも感謝されるってのも悪くない。昨晩は遅くまで仕事してたから、今晩は集金終わったら帰っていいぞという言葉を聞いて、さっさと仕事を終わらせて帰った。




翌日からは藤森が保証人に入ってない業者からの問い合わせ祭り。彼女の行き先を聞いてきてたが、ハッキリ言って知らん。その辺は包み隠さずに




昨日の時点でヤミ金に捕まってましたので、行き先はわかりません。おそらくこのまま姿消すと思いますけど・・・




と、正直に言っといた。電話口からもガックリした感じがしてくるんだけど、まぁ親の良心に期待するしかないかなぁ。




藤森が支払いに来た時に、なるべく親から回収するようにするからねと言っといたけど、まぁこればっかりは相手に動く気がなけりゃ、どうにもならん。永井の母親も俺には悪い印象を持ってないみたいだから、なんとかいけるんちゃうかなぁと結構楽観的に考えてるんだけどね。




彼女の方はというと、予想通りその日から連絡が取れなくなった。逃げたのか、はたまたさらわれたのか、その時にはわからなかった・・・・




騒動から一週間が過ぎた。俺はなんやかやと慌ただしい日常をこなしていきながら、藤森のケアに努めた。こいつがケツ割るとちょっとめんどい。ケツ割る=親登場になるからだ。最終的にはそうなると思うんだけど、あまり金額が多いままだと、弁護士が絡んできそうだからね。まぁ妹も参加してるから大丈夫とは思うけど、藤森本人がケツ割るのと前向きなのとでは、親の印象が違ってくる。その辺を考慮しながらお金が無いなら待ってあげて、仕事で支払い行けないと言うのなら、集金行ってあげてと、まぁ結構至れり尽くせりだったな。ちょっと遊ぶ金が欲しい時には、別口で融資したりと店長も気は使ってたなぁ。




彼女はというと、あれから連絡も取れないし、してくることもない。おそらくはと思っていたら、ちょっと顛末が違ってた。まぁ又聞きだけど、あれから母親にも見捨てられたらしくって、警察に保護を求めたみたい。ちょっとした騒動になったけど、それでも元本は返済しなきゃいけないからね。それも数百万あったみたいで、結局お風呂屋さんに沈んだみたい。そして勤めたとこがヤミ金の系列だったってオチで、しかもそこでくっついた男に騙されて、更なる借金を重ねたとか。俺も数か月経ってから何度か見かけたことあったけど、さすがにくたびれてたなぁ。可哀そうとは思ったけど、どうにもならんし、何かしてあげようとも思わん。貸した側からしたら、永井と同類だもんな。世間知らずと言っても、二十歳越えてたらそれは通じんだろし、自業自得としか言えんもんな。




永井の両親からは電話があり、一応捜索願は出したが、このケースでは探すことはないという返事だったらしい。このケースじゃなくても探さんだろが、と内心ツッコミを入れてみたが。母親はどうしても永井本人から話を聞いてからの一点張りなんだけど、その本人はというと県外に逃亡してるのは確実だからなぁ。帰ってくる気もないだろうし、帰ってきたら怖い目にあうだろうしな。本人が一番わかってると思う。




それから一ヶ月ほどの間、藤森の機嫌を取りながら、永井の両親と話し合いを重ねた。彼女のことや藤森のことをチラつかせながら、なんとかもうひと踏ん張りしてもらえないだろうかと。機嫌取るためにチーズケーキを持って行って、お金の話をせずに、世間話だけして帰ったこともあったな。地元が一緒だと話せることはまぁまぁあるしね。まぁホントはこんな苦労しなくても、藤森いるからどうにでもなるんだけど、やはり約束したことだからな。ギリギリまでは努力を重ねようと思っていってたんだけど、その甲斐あってやっと両親が折れた。ウチなどの免許を持った正規の業者の分を全部払うこととなった。それだけでも400万ほどあったみたいだけどね。あと藤森が立て替えて払った分や貸してた分。これも結構な額あったみたいで、当時のまぁまぁの国産車分くらい。藤森もやっと解放されたと喜んでいた。




まぁウチの分は終わったんだけど、度々永井の両親から電話がかかってきてどうしようと相談してくることが多かったので、田舎に帰ると永井の実家を訪ねるようになった。まぁ世間話で終わることもあれば、残ったヤミ金のことに話が及ぶこともあったが、基本的には本人出てきてからがいいんじゃないかなと言っといたんだけど。その本人も帰ってくる気ないからどうしようもないわな。




そうこうしてるうちに一年が経った。そこで両親はヤミ金に対して弁護士を挟み、元金だけ返すこととなった。まぁヤミ金にしてみたら、両親からも取れるんなら元金だけとはいえ、言うことなしよね。彼女からも取ってるわけだし。後々グダグダ言ってこられない為に、他に債務無しの書面も交わしてるみたいだったから、一応本人が帰ってきても大丈夫な体は出来たかな。もっとも本人もそこまでしなきゃ帰りたくても帰れないだろうけど。






それから3年ほど過ぎた。社長の知り合いのオネェが店やりだしたので、飲みに来てとの誘いに、社長と店長と俺三人で飲みに出かけた。まぁ狭い店だったけど、1人でするにはこんなもんかねぇという感じの店。席に案内され座って店内を見まわすと、一組のカップルがイチャイチャしてた。ナンボうす暗いとはいえ、こんなとこでイチャイチャすんなやと思いつつも、開店祝いがてら頼んだヘネシーを飲んで話してると、何かの拍子にそのカップルの方に目がいってしまった。ったくと思いながら男の顔を見ると、ギョっとした。なんと永井である。慌てて社長と店長にそのことを話すと、2人共気付かれないようにそっと目をやった。間違いない。永井である。まぁウチは終わってるから気付かれてもいいんだけど、あいつ帰ってきてたんだなぁなどと話してたが、社長が気分悪いから出ようかと言いだしたので、会計を済まして店を出た。やってることは何年経っても成長しねぇなと三人で話したものであった。もっとも店変えてヒャッハーしたのは言うまでもない。




それから数週間後、永井から会社に電話があった。また貸してくれと・・・・。遅れたけど、終わらせたからえぇやんと言う。こいつ底抜けのアホだわ。それにお前自身が終わらしたわけじゃあるまい。母親が保証人だったら100が200でも貸してあげるよと言うと、他に貸してくれるとこはナンボでもあるわ。貸してくれんならそっちに頼むわと捨て台詞を残して電話を切ってきた。お前に貸すとこなんて、お前のこと知らん業者だけだろ・・・。




それから一週間後に永井は司法書士に頼み、個人再生手続きに入ったらしいという知らせを受けた。トバす気満々で借りに来てたんかと思うと、ちょっと人間としていかがなもんかと思う。それでも貸した業者がいたことに驚かされたが。ちょっと調べてみると、当時なかった業者ばかりだったな。ひどいトコは、貸して1週間経ってなかったみたいだし。彼女がお風呂屋さんに沈んで、両親はなけなしの田畑を担保に金借りて始末したのに、こいつはまだこんなクズか。さすがに関わり合いたいとは思わんな・・・・




俺は単純に自分の興味だけで、永井の情報を集めた。




周辺の話としては、永井は携帯事業がそろそろ下火になっていることを悟り、いち早く会社を畳んだ。結構な額を残すことが出来て、次はどんな事業をしようかと思案してる最中に、神奈川の横浜でリフォーム関連の会社をやってる友人から請われ、それを手伝うために横浜へ引っ越した。そこで結婚をして、子供を2人もうけて幸せに過ごしてはいたんだが、不況のあおりを受けて会社が倒産。そこで仕方なく帰郷することを選んだが、奥さんが拒否。そして離婚して帰郷し、家業である農業を継いで、今は事業拡大目指して奮闘中。




っとまぁこんな話だった。話聞くたびに変な半笑いになってた俺に、知り合いたちは一様に、えっ?違うの?と聞く。まぁ本人がそう言ってるならそうなんじゃないのと煙に巻いておいたが。当然のように実際は違う。蛇の道は蛇。調べようと思えば調べられる。まぁ手段を問わなければの話だけど。




実際は借金から逃げるため、知り合いを頼って神奈川の横浜に行った。その知り合いのツテでリフォーム関連の仕事についたのだが、っとまぁここまでは周辺に語ってる話とそう変わらん。横浜で知り合った女性と結婚したのも事実だし、子供も2人もうけてる。ここからは全然違う話になるんだけど、そのリフォーム関連ってのが詐欺同然で、結局なとこ捕まってしまったんだね。そして弁当(執行猶予)付きの有罪判決を受け、めでたく離婚。そして裁判で情状酌量を求めるため、親が身元引受になったので帰郷するしかなかったのね。




よくもまぁペラペラと嘘を並べたてれたもんだと、感心すらしてしまう。もはや才能だね。もっともこのことを知ってるのは俺だけだから、地元で本人は俺すげぇだろ的に振舞ってるらしいけど。まぁ面倒なんで、その話を広めようとも思わん。が、やはり人の口に戸は立てられぬものである。俺が言わなくても誰か言うもんだね。まことしやかに噂は広まりだしたが。それでも永井本人は、自分より立場の強い人間にはせっせと媚びを売り、弱い人間には偉そうにオラついてるみたい。後輩が可愛そうだねぇ。先輩ってだけで偉そうにされたらたまらんわね。田舎ってそういうとこあるからなぁ。




永井は事業を潰したんじゃないと言ってるらしく、時代を読んで会社を畳んだと強弁してるらしい。まぁ少々笑える話だが、それを鵜呑みにして心酔すらしてる人もいるらしい。金を借りまくってたのも、事業資金ではなく、遊ぶお金だったと。しかもその金は業者がお願いだから借りてくれと言ってきた挙句であり、会社畳んだ時にそれは全部支払ったと。まぁここまでくると笑うしかないな。今本人は何をしてるかは知らんけど、ずっとこのまま嘘に嘘を重ねていくんかね?まぁ本人の人生だから、どうでもいいけどね。




以前にも書いたが、ウチみたいな底辺でお金を借りてる人は、一様にこんなになったのはお前らのせいと、業者に責任を押し付けてくる。俺にしてみたら、そういったとこで借りるしかなくなった自分には責任ないのか?と聞いてみたいんだけどね。永井や他のやつにしても、借りてくれと言われて借りたんだから、自分に責任はないという輩が多い。まぁ俺自身借りてくれなんて言ったことはないんだけどね。どこぞの銀行のノルマじゃあるまいし。




こういう輩が増えたのもいろいろ原因があるんだろうけど、利息制限法の改定も影響してるだろな。月払いが40.002%から29.2%へ。日払いが109.5%から54.75%へ。利息が低くなったのなら、債権者は楽になったのとちゃうの?と言うのは早計である。利息が下げられることによる影響は、その下げ幅に左右される。まぁウチは日払いだったんだけど、その利息がある日を境に半分になったのである。当然のように収益も半分になることを意味する。しかしかかる手間は変わらんのである。仕事は変わらず、明日から給料半分でよろしくと言われて、納得する人がどれだけいるだろう。もちろんそれなりの準備期間はあった。ある業者は家族経営にして雇ってた人を全て解雇し、ある業者は廃業を選び、またある業者は廃業してヤミ金になる道を選んだ。我々貸金業者にも守るべき従業員もいるし、養うべく家族もいる。もう少し一段階か二段階、刻んでいくことは出来なかったのかねぇと思ってしまう。それならまだ納得できる部分もあると思う。まぁ時代がそうさせたんだろうけど、ちょっと急激に制度を変えすぎた感はあるかな。まぁどんな結果が出たのかは言わずもがなである。




まぁ永井にしても時代に乗って大儲けをしたんだろうけど、これもまた時代と共に衰退していった。時代の流れが早くなってるんだろなぁ。とはいえ、どこまで行っても永井のやったことは理解出来んし、理解しようとも思わん。他人に迷惑かけたのも事実だし、両親の老後をメチャクチャにしたのも事実。まぁ少なくとも俺のこの先の人生には必要ない人種かな・・・

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