第43話 永井 1

すごく頭がいいんだろなという人はたまにいる。ホリエモンなんかがその典型なんだと思うけど。事業にしても何にしても、先の先まで考えたりするんだろうし、常に新しいことを模索してるんだと思う。しかし、なまじ頭がいいだけで、妙な方向に走ったり、自分がやったことがたまたまうまくいったが、そこで胡坐をかいてしまい、時代に取り残される人もたまにいる。




俺が街金に入社して一週間くらい経った時に永井は客としてきた。永井とは同郷だったが、学生時代に接点はなく、申込用紙を書いてもらって初めて知ったのである。一応店長に、原則知り合いには貸さないんだけど、お前知ってるか?と聞かれたんだけど、年代違うし、全然知らないんで大丈夫すよと返答した。まぁそこからの付き合いなんだけど。




俺も店長も基本知り合いには金を貸さない。なぜか?貸し手にも借り手にも甘えが生じるからである。だからお金を貸す時は、その人が極限まで追い込まれて、首を吊ろうとしてる時に、半笑いでそれを眺めていることが出来るかを基準にする。つまり、その人をとことん追い込めるかどうかって感じかな。知り合いだと妙に情が出てしまう時があるからね。まぁなかなか理解出来んという人は多いだろうけど、自分がやられてみると、案外わかるもんですよ。




永井は携帯のショップをしていた。その頃の携帯はちょうどアナログからデジタルに変わるタイミングで、知ってる人も多いとは思うが、カメラ付き携帯なるものが出てきたのもこの頃である。新しい機種が次から次へと出てきて競争も苛烈だったんだけど、携帯ショップは何故か増えていく一方だった。あとで知ったのだが、あの頃は誰がやっても儲かったらしい。まさにバブルみたいな様相だったとか。写メとかいう言葉もこの頃に出来たと思う。




永井に貸付することとなり、地元で噂を集めてみたんだけど、あまりいい噂は出てこなかったな。事業癖があり、親の財産を食い潰しているとか、タチの悪いのと付き合ってるとか、まぁその類だけど貸さなきゃこっちも商売にならんからねぇ。




最初は20万だったんだが、一年くらいが経ち、永井の貸付金額は50万まで膨れた。ヨソの情報も合わせて考えてみると、どう低く見積もっても一日の支払い金額が6万ほどになってる。大丈夫かなぁと考えてはいるが、支払いの遅れはなかったな。




ある日永井は完済したいと申し出てきた。まぁ総貸付残高が減るのは痛いが、おそらく親がお金出しての整理だろうなぁと推察。とりあえず店長は完済させた。あれだけ儲けてるのに、なんでこれだけ金必要なんだろうと、また地元で情報を集めてみたが、案の定飲み代であった。地元情報ではなかなかの女好きらしくって、それが原因ですでに離婚しており(申し込み用紙には結婚して2人子供もいる。しかし離婚の申告はない)、養育費も払ってないらしい。夜な夜な飲みに行くために自分の携帯ショップのレジを開けて、そのまま金を握りしめて出ていくらしい。従業員はそれをみて呆れてるっつー話だ。店長にその話を伝えると、




なるほどねー。街で見かけた時、妙に遊び慣れてる感があったからなぁ。この類の人間はすぐ借りにくるから、次は保証人取った方いいかもなぁ。




そういうと店長は缶コーヒーを一気に飲み干した。




店長の予想通り、1ヶ月後にはまた貸してくれと電話があった。とりあえずエサ撒いとくかってことで20万貸した。それを皮切りに借り入れ業者が10社を超えるのに、そこまで時間はかからなかった。




だいたい貸してくれるとこは借りにいったみたいで、そろそろ増額を言って来るハズなんだが、と店長はタイミングを待っていた。そう保証人を付けるタイミングである。前回整理した時点で永井の商品価値は落ちてる。だからヨソも前回より抑えめの金額でしか貸していない。そうこうしてると予想通りに50万へ増額してくれと電話があった。店長に代わるとこれ以上は保証人が必要だ。でも保証人つれてきたら50万と言わず100万までいいよ。まぁ保証人にもよるけどね。そう伝えると静かに受話器を置いた。これでウチと関係あるとこは全部保証人を付けにかかるハズ。




3日ほど経って永井は保証人を言ってきた。藤森という同業者なんだが、親の職業が医者というやつでそこそこ若いやつだった。申し込み用紙を書いてもらい、いつものように補足事項を聞いて書き込んでいった。それを店長のところに持って行くと、しばらく申込用紙とにらめっこをし、永井に50万しかダメって言って。その代わり藤森にも50万貸してあげるからと。あーなるほどねと俺も納得して、それをそのまま永井に伝えた。しばらく藤森と相談してたが、こちらの要求を全面的に飲む形になった。




いつぞやに名義貸しは推奨しないと書いた記憶があるが、それも時と場合によりけりである。この場合100%名義貸しであるが、永井に100万貸して藤森を保証人にするのと、永井と藤森に50万ずつ貸して相保証にするのとでは意味合いが違ってくる。永井がダメになる時は親の援助が受けられなくなった時である。その場合、藤森から回収しなきゃならないんだけど、藤森自身にそこまでの財力はない。では誰をアテにしてるのかというと、藤森の親である。要は藤森の親への話の持って行き方である。お宅の息子さんが100万の保証人になってるって方と、お宅の息子さんが50万借りるために知り合いの50万の保証人になってる方とどっちが話を持って行きやすいかだね。経験上、後者である。親は息子に非が無ければ金を出したくないもんである。しかし息子が借りる為に相保証となったとなれば話は別である。名義貸しだのなんだのと言ったとこで、自分の名義で借りてるのは間違いないからね。




とりあえず50万ずつの計100万になったんだが、おそらく藤森連れて借りに走るだろうなぁってのは予想出来る。また次の手考えなくっちゃなぁ。まぁ借りた金で飲みに行って、その金で見栄切らなきゃならん男に何の魅力があるのか、ワイにはわからんけどね。




予想通り、永井は藤森を連れて走りだした・・・




永井は大方の予想を裏切らず、藤森を連れて順調に借入額を増やしていった。直近の整理までは一日6万払っていたのだから、そこまでは楽勝だろうと思ってのことだろう。しかし、以前は払えてたのに、今はなぜか払えないってことが往々にしてある。まぁ簡単に言えば気持ちの問題、必死さの問題である。人間は過去を美化しすぎる傾向にある。経験したことない一日6万の支払いと一回経験した6万の支払いでは気持ちに違いが出てくる。当然未知なる支払いだと人間必死にお金を構える。が、一度経験すると免疫が出来、まだ一日4万だし、以前6万を支払ってたから俺にはまだ余力があると勘違いするのである。




永井は案の定アップアップしだした。最初こそ勢いがあったが、今は藤森を連れていっても額面は微増か現状維持になっていた。さてこれからどうするだろうなぁと思ってたが、支払いだけは意地でも遅れなかった。まぁ方々の知り合いに、金貸してくれと走り回ってることは聞いているが、一回目の整理の時にそいつらにも一度全部返金したので、次貸してくれるかどうかは言われた人間次第である。俺なら貸さないけどね。事実、地元の知り合いは貸さないことを選択した人の方が多かった。なぜ二度目は貸さなかったのか?それは一度目貸した後のことになる。一度目貸して、当然そのお金を支払いに回すわけだけど、あれだけ支払い多いと知り合いへの返金は後回しになる。業者は支払い滞るとそれなりのペナルティー、全額返済や保証人を付けるなどがあるが、知り合いは頭下げときゃ、だいたい待ってくれる。それを親が金出して返金したとなれば、次こいつに貸すだろうか?借りた方は遅れながらでも全部返したと思うかもしれないが、貸した方はそうはならない。こいつは約束を守らんやつと思うからである。




永井の借り入れは増え続け、一日5万がキツくなってきたみたいだ。もうすぐ力尽きるかなぁと待ってはいたんだがね。まぁフィニッシュがないに越したことはない。それでも永井は、以前6万払ってたという過去の栄光にすがるように、貸してくれと言って来る。まぁ額面100万あるとこに増額してくれって言う方が間違っとるとは思うけど。額面低いとこに言えよ。




藤森を連れまわし出して3カ月ほど経ったある日…永井は親戚を伴って整理に来た。まぁそうするしかないよなぁって思ってたけどね。俺と永井の地元はすごく保守的で、世間体を気にしすぎだろって思うほど気にする。永井の親も例外ではなく、なんか行動に移すより、息子が迷惑かけたら世間体が悪いと考える方だろう。まして今回は藤森という赤の他人まで引っ張り込んでいる。だからもう一回は整理してくると思ったのよね。もちろんその情報は店長にも伝えてて、店長も俺の案に乗ったからこそ100万という額面を与えたんだけどね。永井と一緒に来た親戚は二度と貸さないでくれと言い放った。しかし店長は




それはこちらの義務ではありません。こちらもビジネスをしてる以上、それに従うことはお断りします。が、貸禁願いを出していただければ、出した時点から向こう5年間貸せなくなります。やってみてはいかがでしょうか?




その話に親戚は乗ってきた。どうしたらいいか?と。ちょっとここで貸禁願いなるものについて、少々説明しとこう。




各都道府県には貸金業協会というものがある。まぁ社団法人なんで、簡単に言えば貸金業をまとめながらの世話係みたいなもんかな。ここに貸禁願いを申請するのである。申請して許可が下りるには条件がある。信用情報上の借り入れを一旦きれいに返済しなければならない。これが済み次第許可が下りるのだが、下りた場合、全ての加盟業者に通達がある。貸禁願いをしたやつの名前住所生年月日、申請が下りた日など。この日から5年間は有効になるのだが、法律上の罰則はなくあくまで自主規制という枠組みにとどまる。もし貸した場合は貸金業協会を除名になる。除名になると、後々申請等の代行をやってくれなくなるんで、結構面倒になってくる。だからみんな結構守ってるのよね。




永井の親戚はわかった!早速やってみる!と言い残し、永井と去って行った。店長も俺も無理だろなぁ、出来んだろうなぁとは思ってるけどね。なぜか?永井はウチに借りに来た時、信用情報で調べたんだけど、月掛けを3件ほどトバしてる。すでに4年ほど経っていたから、それもキレイにしなければならない。当時の月掛けの利息は40.004%。それを4年放っておいたら利息は?まぁお察しくだせぇ・・・。信用情報に載るのは日掛けだけではない。月掛けも載る。だから全部整理するとなると、今回の分にプラスしてもう1000万くらい必要になってくるんじゃないかなと推察する。そんな力はもう親にないこともわかっているしな。




永井は事業癖があるという話を前述したが、どんな事業をしてきたんだろと地元で調べたことがあった。最初は飲み屋やって潰して数百万の負債を親に整理してもらったっぽいな。それからアパレル関係、飲食店、デリヘル、まぁ胡散臭いリフォーム関係もやってたみたいだな。それで現在の携帯ショップにたどり着くわけなんだけど。各々の事業が失敗するたびに親から数百万から一千万ほど引っ張って整理していったみたいだねぇ。だからすでに数千万、親の財産を食い潰している。地元で父親は真面目にネギ農家を営んでて世話役みたいなこともしてるし、母親はそれを手伝いながら地元の婦人会の代表を務めてるくらいだし、結構名家として名高いのよねぇ。田畑も結構広く、東京ドームと同じくらい持ってたらしいけど、今や1/10にまで激減してるみたいだし。売って売って売りまくってのなれの果てってとこか。




話は戻って、俺も店長も永井はすぐに帰ってくるとは思うけど、次は慎重にせないかんなと思った次第である。次の整理は無いと思ってるが、こいつは絶対に懲りねぇだろうなぁ・・・・


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